第2話
「ちょっと、創造主さん。
ツナマヨ、陳列したの?」
バイトリーダーの吉塚さんが、口を酸っぱくしてそう叫ぶのは、本日3回目のことだった。
「あ、すいません、まだ――」
「創造主さん!ネギマヨはっ?!」
覆いかぶせるようにレジの後側で、山川さんがそう叫ぶ。
「あ、すいません、ただ今――」
ネギマヨとツナマヨを陳列するデュークを見ながら、背後で吉塚さんが話す。
「ていうか、創造主って変な名前。噛んじゃうわ
あんた、絶対学生時代いじめとかあってたでしょ」
またその話題か、と内心舌打ちするデューク。
初日に地球創造主なんで。って言って、凄まじい空気になったからな。まさか、伝え方が悪かったのか?
「や、いじめなんて、そんなもんじゃなくて。
地球を生み出したのが、俺って感じで。」
「は?」
「すいません」
「こら、無駄話する暇があったら手を動かしなさい!」
気まずい雰囲気を見越したかのように、隣で飲料水を陳列していた山川さんが口を開いた。
「すいませんっした…っ!」
「疲れたぁぁあーッッ!!」
およそ一日のバイトが終わった後、真っ暗な夜空の中、デュークはよろよろと家の近所の公園のベンチに座り込んだ。
「人間めっっ!特に山川さんと吉塚さんっっ!!
あの二人にすいませんを、俺は今日で何回言った?それだけじゃない!昨日も一昨日もだ――!
なんて環境だ…!生きるってこんなにも大変なのか?!こんなんじゃ、人類滅亡どころじゃねえよっ!」
ベンチ上で蹲って震えているデュークに、先ほどまで隣のベンチにいたカップルが汚物でも見るかのような目で、公園を去っていく。
「……おかしいな?
俺が地球見た時は、まだ木で殴り合ってなかったか?いや、あれはかなり前か――。思い出せ、俺。今ここはあれから何年経ってる?」
そう言いながら、デュークは心の中で思う。
いや、分かるわけないんだ。
アルカディアにいる時は、人間なんてそんなに気にかけたことなかったからな。
ちくしょうっ、もっと見てれば――
「あ、生きてましたか」
聞き慣れた声がして、顔を上げる。
「……ギルバート」
「あ、失礼しました。ご無事でしたか、デューク様。――かなりおやつれになられました?」
「お前……、絶対、超難を選んだよな?」
「何の話でしょう」
ギルバートはそれ以上言うつもりがないらしく、流れるように話を逸らす。
「それで、どうですか。
人間たちを、滅亡できそうですか?」
「…っふっ。出来るわけないだろ、毎日生活費を稼ぐのに精一杯だってのに」
デュークが珍しく弱音を吐き、そっぽを向いた。
ギルバートは心の中で思う。
まあ、地球に来てはや五日。現実の厳しさがようやく身に染みたんでしょうね。
三日坊主のデューク様にしては、よくやった方――
ギルバートはありったけの優しさを絞り出して、語りかける。
「デューク様――上に戻りますか?」
その瞬間、ピクリとデュークの肩が波打つ。
頑固者のデューク様にはもう一押しか。
「実は私、先程のデューク様のご様子、見ていたんです。あんなにたくさんの人間たちに囲まれながらも、最後まで働き抜くデューク様の姿は、敬意に値するものでした。」
「……」
一応チラッとデュークの様子を見てから、さらに続けるギルバート。
「デューク様のために、周囲の人間たちの素性をお伝えしましょうか。
まずはバイト歴20年の吉塚さんと山川さん。」
「……あの口うるせえ二人がなんだよ。」
「吉塚さんは御歳59歳で、バイトリーダーを全うし、寝たきりの夫を約十年間、看病しています。」
「――え」ここでようやくデュークがこちらを振り返る。
「それだけじゃないです。彼女は数年前から片目が見えていません。長年一人で家を支えてきた無理が祟ったんでしょうね」
「――。 そんなそぶり、一度も――」
「あと山川さんは、数年前に病弱だった夫と息子が他界し、今は独り身なんです。それで、彼女はこれまでに何度も自殺を試みています。」
「――――」
とうとう黙ってしまったデュークに、ギルバートはまた続ける。
「どうです?素性を知った今、彼女たちのことも軽々しく見れないでしょう?」
「……」
「三日坊主で、横暴ですぐ調子乗るデューク様がここまでやってこれたのは全て彼女たちの力なんです。
普段デューク様に言いたかったことは、全部彼女たちが言ってくれて。もし戻れるなら1ヶ月前、デューク様が私のプリンを横取りしたあの時、彼女たちに居て欲しかった。
てか、こんなに弱々しくなるなら、もう少し地球に居てほしいくらいですけど。
あ、で、戻ります? どうします??」
「戻れるかっ!
つか、お前が俺アンチなのはよぉくわかった。」
デュークが先程の弱々しさとは打って変わって、またいつもの威勢のいい態度に戻る。
「そもそも!創造主って名前なんだっ?
絶対わざとだろ!あれのせいで、めちゃくちゃ揶揄われるんだからな!」
「ああ、創造 主ですか?
いや、だってデューク様、元々名前ないから。
デューク(侯爵)ってあだ名つけたの、かっこいいから、でしたよね?
日本語だと、やっぱ創造主かなって――」
「なってたまるか!どこの国に創造主なんて名前つけるんだよ!
ったく、これだから元人間はセンスがない!」
「あ!言いましたね?!
さっきまで、その人間にコテンパンにやられてたくせに!」
「ぐっ」デュークが思わず黙る。
「お前の気持ちは、よぉくわかった!このままみっともないザマで、神界なんかに戻るもんか!
ぜってえ、こんな世界滅亡させてやる!そして、石で殴り合ってた時代に逆戻りさせてやるっ!見てろよ
あの日照り女にもそう伝えとけぇっ!」
デュークが意気揚々と歩き出す。
その背中を見ながら、ギルバートは心の中でつぶやいた。
石で殴り合ってた時代って、それはまだ滅亡できていないのでは――?
「お、お待ちください、創造主さま――」
「その名で呼ぶなっつってんだろ!!」
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