この話は全て虚であり事実に基づく情報は一つもありません

弓長さよ李

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 これから話すお話は全部真っ赤な嘘なんですけれども、僕は南の島の出身でしてねぇ。

 はい、南の島です。それはもうトロピカルな、綺麗な綺麗な島ですよ。海岸にゴミだなんてとんでもない。海はコバルトブルー、空は群青、木々が生い茂りとりどりの花や果物が実る理想郷──ん?いや、嘘の話ですよ?はい。嘘です。まぁとにかくね、理想郷というと少し盛りすぎですけれど、とても良いところでした。


 果物は美味しいし、島民はみんな時間におおらかで、それこそカメハメハ大王の世界でしたね。台風が来た日なんかみんなで家に篭ってウノとかやって……過ぎ去ったあとの畑の整備とかもみんなでやって……とにかくみんな仲がいい島でねぇ。ですからね東京にきた時は人の距離感のギャップに驚かされましたよ。最初は東京の人はなんて冷たいんだろうなって思ったもんです。

 

 ん?いやだから嘘ですよ。僕は生まれも育ちも東京です。母は静岡だし父は千葉ですからねぇ。はい。この歳になるまで本州を出たことはないなぁ。田舎の距離感も僕は好きじゃないですしねぇ。東京のほどほどな感じがいいですよ、地域社会とかげろげろですね〜。なんて、こんな言い方は良くないか。


 ええ。アスファルトの上を駆け回ってジャンプの新刊とか遊戯王のカードパックをドキドキしながら買うタイプの幼少期でした。木々が生い茂るって……なにそれ?みたいなね。コバルトブルーの海って美味しいんですか?ですよ。いや、まぁ千葉の綺麗な海は知ってますからそれは言い過ぎですけれど。とにかくそんな自然豊かな島で育った人間ではないですねぇ。コンクリートジャングル育ちで、クラスのみんなでちょっと自転車で遠出するのが冒険気分でねぇ。ま、それは良いんですよ。

 

 で、嘘に戻りますけれど、その島──便宜上名前をつけましょうかね。

 それじゃぁ……トロピカルアイランドで。

 適当ですか?良いじゃぁないですか別に。こういうのはパッと聞いてわかるのが大事ですよ。それにほら、今Twitterだと流行ってるんですよ?トロピカル因習アイランド。もともとは南国トロピカル因習アイランドだったらしいんですけどねぇ、南国は取れちゃったみたいでね。

 

 ん〜〜、ところでさっきから聞こえるこの音楽、着信音とかじゃないです?じゃぁ外の人かなぁ、こんな深夜に迷惑だなぁ……ま、いいでしょう。

 

 はい、それでそのトロピカルアイランドには、今思うと不思議な決まり事のようなものがいくつかあったんです。はいはいそうですね。

 

──因習ってやつです。

 

 そうそう、ホラー漫画や小説でよく見る、どこそこの森には入ったら行かんとか、正月に髪を剃って神様に供えるとか、そういうやつ。ああいうのって、ジャンルとして強いですよね〜。僕は民俗学はさっぱりなんですけど、それでも何っか好きなんですよね昔っから。あー、うちの地元にも因習ないかなぁ〜!触っちゃいけない祠とかないかな〜!ってずっと思ってましたもん。こう、不可解で薄暗いのがいい。田舎の社会は嫌ですけどねぇ……僕ホラー系好きなんで、怪談的に美味しいところだけは都合良く摂取して消費したいですねぇ。いや、下品なことを言いました。ごめんなさい。


 ま、不可解とは言いましてもやっぱりああいうのってやんちゃな子どもが怪我をしないようにっていう側面があるんじゃないかなって思うんですけどね。あと文化資産の保護だったり、お祭り系は神様への感謝なんでしょうけれど。ま、昔の人の知恵の形ですよね。そうやって生き延びてきたわけでしょう。


 ん?あー、確かにねぇ。まぁあなたのおっしゃることもわかります。現代基準での合理性を昔から風習に仮託して評価するのは今を生きる僕らの傲慢ですよね。生活の知恵とか、そういうのに帰結するばっかりじゃつまんないってのもよくわかります。まぁ、でもこの辺は主題じゃないですからいいんですよ。


 そうそう、トロピカルアイランドに因習があったって話です。まぁないんですけどね、アイランド自体そもそも。また音楽……好きな曲ですけどこう途切れ途切れだと不愉快ですね。僕たちもなんか音楽つけますかねぇ?ま、いいか。えーっとですね、それでまぁ、大抵の因習ってのは破ると実際に、霊的なものじゃないリアルな被害があるわけじゃないですか?その辺までは話しましたよね?うん、そうですそうです。

 

 ほら、これ見てくださいよ。入るなって言われた森に入って、木の裂け目に腕引っ掛けた傷。……ん?いや嘘話なんだから本当なわけないでしょ。これはバイク事故の傷です。あれは痛かったですね〜。法定速度破っちゃダメってことがよくわかりましたよあれで。あはは、昔はやんちゃしてたんです、僕も。

 話戻すと他には……夜海行くなー、とかね。まぁ、色々ありましたよ。あれはシンプルに海難対策なんでしょうねぇ。僕の叔父さんもね、海南で亡くなったそうです。いや、嘘ですけどね。叔父さん、沼袋で本屋やってますよ。嫌な男でねぇ……ってそれはいいんです。

 

 冠婚葬祭系でいうとね、結構そういう背景がわからない……まぁ、祭祀性の強い因習が結構ありました。アイランドの信仰を紐解いていけばもう少し理由もわかるんでしょうけど、大人も割と適当でしたからねぇ。年末年始の祭りはそれこそまぁ豊穣祈願とかわかりやすいんですけども、これが結婚とか葬式とかになると途端にわからない、邪宗めいてくる。


 はい、結構意味不明ですよ本当。いや嘘ですけど。結婚式の日には夫がねぇ〜、妻の股の下を潜ったりしますし……なんなんですかねあれ、どういうプレイ?って感じですけども。まぁ日本人はそういうエロいやつ好きですからねぇ。

 成人式では打ちこわしって言って、新成人たちが棍棒持ってアイランドの家々を破壊して回ったりね。もちろんですよ?こう、振り回してね。それで勢い余って本当に傷つけちゃうこともありましたけど。僕もうっかり教師の家の柱へこませちゃったなぁ。いや、してませんけどね。棍棒自体持ったことないですよ。まぁそれはいいんです。

 

 あとね〜、特に変なのでいうと、葬式です。これが本当に変だった。当時は普通だと思ってましたけどもね。今思うと異常でしたよ。

 亡くなった人のご遺体にねぇ、その伴侶がココナッツミルクを飲ませるんです。口を手で開けさせて、首を軌道確保の形に傾けてトクトクとね。

 いやいや冗談じゃないですよ。冗談じゃなくて作り話なんですから。ええ、お神酒ならまだしもそんなふざけた……って言ったら作ってる人に失礼ですけどそんなハイカラなもの飲ませたりしませんよ。常識的に考えて。

 

 まぁ、そういう風習があるって体で聞いてくださいよ。そこは。

 

 それで──ココナッツミルクを飲ませた後にね、ご遺体の周りでみんなで踊るんですよ。はい、踊ります。EDMをガンガンにかき鳴らしてね、ヒップホップダンスですよ。はい、そうです。伝統的な踊りとかじゃないくて、バリバリのヒップホップ。お尻振って、腰曲げてクールにキメるやつですよ。

 ま、嘘です嘘。そんなのあるわけないでしょ。

 

 で、それが一通り済んだら。死者の兄弟がご遺体とラップバトルをします。三小節四本勝負で、いうて形式上ですけどね。遺体がアンサーできるわけもないので。でも、アンサーされてることにするわけです。要するに嘘ですね。それで、きっちり決別するための嘘。家族が前を向くためのね。

 いや、まぁ言ったらこの話自体全部嘘なんですけど。そんなんで家族の気持ちが晴れる訳ないですしね。

 ま、とにかくご遺体とラップバトルするんですよ。それでいきましょうよそれで。にしてもまだ外がうるさいですね。ったく、今何時だと思ってるんだろう。

 

 でね、どこの地域にもかかりつけ医ならぬかかりつけDJがいまして人が死んだらすっ飛んでくるんですよ。それでこうキュキュキュっとね。死者を悼むビートを流して、それに合わせて会場もフィーバーフィーバーです。いや、いるでしょアイランドの集落にはDJが。なに当たり前のこと聞いてるんですか。そもそもDJの語源は『荼枳尼ダキニ天神テンジンさん』ですからね。死者の心臓を食べる神様が転じて死者の魂を送り届ける神として信仰されていたんですよトロピカルアイランドでは。死者が出たら魂を送り届けてねってDJのビートとラップで呼び出すんです。だから『荼枳尼の天神さんを呼ぶ人』ってのがそのまま『荼枳尼の天神さん』と呼ばれるようになって、黒船来航語は英語でDJになったんですね。いや、嘘に決まってるじゃないですかこんなの。

 

 馬鹿馬鹿しいなんて言われなくてもわかってんですよ。いやいやいや、こういうのをつらつら並べていくのが楽しんじゃないですか。ええ、僕は東京育ちですし、身内が死んだこともないですからねぇ。葬式なんて小学生の頃に遠い親戚のに行ったきりですよ。はい。ですから実は東京の葬式さえ雰囲気でしか知らなかったりするんですけど……。

 

 まぁ、嘘に戻りますとね、バトルは基本的に死者側が負けということになります。で、荼枳尼の天神さんに倣って、勝った側がこう……負けた死者の内臓を一個一個特別なナイフで切り出すんです。もう畳の上が血でバシャバシャですよね。その畳は当然燃やしてしまいます。血の汚れが残りますからね。この畳を燃やすのは葬式の後夜祭みたいな時に行われて、血濡れの畳と薪とマリファナを一箇所に集めてキャンプファイヤーですよ。いや、嘘ですよ?

 

 ま、そんで切り出した内臓を果物と一緒に麻袋に入れて、親族が庭にある穴の中に捨てに行くんですね。ええ、どこの家にもありましたねぇ、内臓を捨てるための穴が。テンジンケツって言われててねぇ。かなり深くて子どもが落ちて死ぬ事故も多かったですよ。あとは蛇が住み着いて、近くを通った家人が噛まれて亡くなったりねぇ。

 

 ええ、それでなんでそんなリスクのあるテンジンケツをわざわざ掘ってそこに内臓なんか捨てるかっていうとですね、魂を迎えに来た荼枳尼の天神さんが親族の心臓も欲しがるんですよ。七つ、七つ欲しがるとされてます。いや、死者を送り届ける神としては扱われてますけれどもね、それはそれとして凶暴な側面もちゃんと伝わってるんですよ。だから死者の他の内臓を親族心臓に見せかけるわけですね。

 

 これをテンジンダマシといいました。テンジンダマシをするのは親だったり兄弟だったりですけれど……あ、これに関して配偶者はダメでね。血の繋がった家族以外ダメなんですよ。そういう決まりなんです。まぁ酷い話ですよね。ココナッツミルクを飲ませるのは配偶者なのに、肝心のテンジンダマシは奥さんにやらせないなんて……前時代的ですよ本当に……そういう風習も変わっていかなくちゃ……ってあはは、熱くなっちゃいましたね。嘘話なのに。まぁそれにむしろ。配偶者だからこそ切り刻んだ内臓を軒下に捨てさせるなんて酷なことはできなかったのかもしれませんけど。

 

 ん?いや嘘に決まってるじゃないですか。あなた確か若い頃民俗学の勉強してたって言ってませんでしたっけ?だったらこんなたわけた風習ないってわかるでしょう。いや、まぁまぁそれは良いんです。

 

 それでね……まぁ問題なのが……死者に息子がいる場合は息子──長男が絶対その、テンジンダマシをやらなきゃいけないんですよ。

 

 まぁこれに関しても前時代的ってことですよね。次の当主になるもんが〜、ってことですよ。まぁ馬鹿馬鹿しいんですけどねぇ、最悪なことに父が早くに……まぁ南の島ですからねぇ……蚊に刺されたか蛭にやられたか、とにかく熱病で死んでしまったんですね。

 それでまだ10歳だった僕にそのテンジンダマシの役が回ってきたんですよ。ああ、いや嘘ですよ?僕次男だし、父は今もぴんぴんしてます。はい、普通に元気に……いや最近ちょっとばかし陰謀論にハマっていて怖いんですけれども、まぁ元気ですよ。さっき言ったじゃないですか、僕親族死んだことないですよ。

 

 まぁそんなことはどうだってよろしい。

 

 で……そのあれですよね、それも儀式の一環なんでしょうけど、麻袋だし血抜きもしないで入れますから……ポタポタ血が落ちるわけじゃないですか、それが嫌でねぇ。ちょっと距離感間違えると足にかかるでしょ、でもかかんないように前の方に突き出しておくと腕がプルプルする。おっかなびっくりなんてもんじゃないですよ。そうでもなくても大好きなお父さんを亡くした10才の子どもですよ?しかも病死だから感染のリスクもある。ありえないですよね。

 

 いや、嘘だから怒ることではないんですけどまぁ腹が立ちますよ。

 

 で、さっきも言いましたけど荼枳尼の天神さんは心臓を七つ欲しがるとされますから七つの内臓を切り出して、七回かけてテンジンケツと屋内を行き来します。怖いのが、麻袋を紐で締めることはしないんですよ何故か。代わりに運ぶ人が手で口を閉じるんですね。それで、テンジンケツに落とすまでは絶対に中を見たり中のものを出してはいけない。うっかり落としたり好奇心で覗くなよってことですね。入れるところを見てるわけですから好奇心もへったくれもないんですけど、なんか気になっちゃう心理的なアレはアレでありますからね。チラチラ覗く不敬な奴がいたのかもしれません。いないですけどね。嘘のアイランドに歴史もクソもないですから。

 

 ま、最初は僕もガクガクしながらだったんですけれど、ちゃんとテンジンダマシをしないとお前の心臓も持ってかれるぞって言われまして……ええ、それで怖がりながらもなんとか六週目まではきちんと内臓の入った袋をテンジンケツに捨てて行ったんですけど……七週目でね、気が緩んだのか盛大にすっ転んじゃいまして……中の……胃だったかなぁ……をぶちまけちゃったんですよ。血と肉塊と果物が弾けて、なんだか花火みたいで……それがかえってゾッとしましたねぇ。

 

 それで僕はもう怖くて怖くて……荼枳尼の天神さんも怖かったですけどね……一番怖いのは大人ですよ。絶対怒られますもん。そう、因習アイランドですからね。そういうしきたりには厳しいんでしょうきっと。嘘だから知らんけど。


 とにかく、いつもは穏和なじいちゃんや優しいお母さん、無口な祖母もこの時ばっかりは絶対に怒るだろう、そうでなくても親戚や友人の誰かが怒るだろう……大事な大事な、亡くなった人を送る大切な儀式を台無しにしてしまった……しかも家には天神さまの災いが来る……ああ、きっとみんな僕を生贄に捧げるんだ……そう思いながら僕は恐る恐る後ろを振り向いたんですが……これが意外なことに、特に怒られませんでした。母親は僕のこと心配してましたし、親戚や友人の……参列者一同もみんなあちゃー、みたいな感じで、そこまで深刻な感じではありませんでした。


 じいちゃんなんかね、爆笑してましたからね。

 

「わははははは!お前マジか!?」って……。

 

 腹を抱えて涙流すくらい爆笑してましたよあの人。もうね、すごい元気のいい笑い声でした。

 息子亡くした直後のジジイの反応ですかね、そういうの。いや、そんなエピソードそもそもないんですけれど。

 

 で、そのあと「気にすんな!実は俺も昔やらかしたことがあるけどよ、なんも起こってねぇ!」って肩をバンバン叩かれてねぇ。いや、やったことあるんかい、天神さま、来ないじゃん、ってねぇ。

 

 まぁなんていうか……きっとみんな漫然とやっていたところがあったんでしょうねぇ。その風習。昔からやってるから、みたいな……いや、漫然とそんな血生臭い風習をやるなって話ですけれど。

 

 結局袋に内臓を入れ直しましてね、テンジンケツに落として終いですよ。拍子抜けしちゃいました。

 

 まぁ、その時は……ですけど。

 

 ええ、この話には続きがあって……じいちゃんがね、すぐに亡くなったんですよ。ああいや、本物のじいちゃんはピンピンしてますよ?父方も母方も。

 それに父方のじいちゃんは厳しい人ですから、そんなミスをしたら怒るでしょうしねぇ。母方のじいちゃんはおっとりしてておばあちゃんみたいな人でして……声を上げて笑ったりはしませんよ。

 

 だから死んだのは、嘘のじいちゃんです。


 酷い亡くなり方でしたよ。深夜にね、家族全員寝室が一緒なんですけど……そこでカリ……カリ……って変な引っ掻くような音がしたあと、突然睡蓮歌の俺俺俺!!のところが聞こえたと思ったらじいちゃんがギャーーーー!って声を上げて、そのまま。

 え?いや睡蓮歌の俺俺俺!いきなり流れ変わってちょっと怖くないですか?激怖シチュだと思ったんですけどねぇ……すいません。


 それにしてもあの時のじいちゃん、すごい顔だったなぁ……。

 目の周りにびっしり血管がしきっていて、白髪混じりの髪の毛は全部抜けていました。いや、ですから嘘ですって。大体どんな思いしても一気に髪の毛が抜けるとか聞いたことありませんよ、お話の中でしか。これは嘘のじいちゃんの嘘の死に様ですよ。

 

 で、その嘘のじいちゃんもまぁ、同じようにラップバトルをして腹を開けるわけなんですけど……、そのために服を脱がせたら……心臓がなかったんです。抉り取られてたんですね。

 

 すっぽり抜けたような綺麗な感じじゃぁないですよ。ギザギザです。胸骨もところどころ折れていて……獣が食い荒らしてもああはなりませんよ。

 それで僕は……荼枳尼の天神さんに食べられたんだと思いました。僕の身代わりにじいちゃんが……テンジンダマシを失敗したツケを払わされたんだって……それで僕、罪悪感でしばらく熱を出して寝込んじゃいましたね。その時のテンジンダマシは祖父の弟がやったそうです。

 祖父の弟……オジサン?何に当たるのかなぁ族柄は。オジイサンって僕は呼んでましたけど……へぇ、大叔父?大叔父って言うんだぁ〜。

 大叔父は笑ってね、僕のことを慰めてくれました。


「あいつも40の時にテンジンダマシミスってるけどよ、べっつに誰も死んでねぇぜ?島のもっと悪いもんに持ってかれたんだよ、お前のせいじゃねぇよ」って。


 それで、こう続けました。

 

「まぁ荼枳尼の天神さんはのんびり屋だって言うしなぁ……もしかしたら前に失敗したのが今になって……いや、よくねぇやこんなこと。それよりもう10歳だろ?酒飲むか?」


 遅れて、来るのかと思いました。20数年越しに、来るのかって。

 

 それから数年後、島を出てこっちの大学に入学しました。本土のしめやかな葬式の文化とのギャップには驚きましたねぇ。大学で各地の葬儀について研究しているのも、それが理由なのかもしれません。

 

 え?ああはい。僕の専攻は近代アート史ですけど。いやだから、嘘ですもん。

 

 でも本当に、嘘だから本当も何もないんですけど……あの時のじいちゃんの呻き声は怖かったなぁ……今でも夜中にフラッシュバックします。そのせいで最近なんか不眠気味で……。もう……だいたい二十数年経ちますからねぇ。

 だから嘘ですよ。僕は11時にはグースカピーなの、前言ったじゃないですか。

 

 ええ、嘘。全部嘘です。だから僕は悪くない……いや、違うな、とにかくこの話は嘘なんです。


 それにしても……外の連中はいつまで……え?ああ、ベランダにいるです?

 ああ、荼枳尼の天神さんと……あとじいちゃん、かなぁ。なんなんでしょうねあの表情、怨んでるんだか見守ってるんだかわかりゃしない。僕はあんなに申し訳なかったのに、あんな呆けたツラされたらなぁ……。


 いや、ですからねそんな邪教じみた祭祀のあるアイランドに住んだことはないですよ。ていうか、南の島で荼枳尼天ってそもそもおかしいでしょ、あれ関東以北にあるイメージですよ?神社とか。

 お稲荷さんと習合してるんでしたっけ?僕詳しくないんですよ、幼少期に児童書で読んだっきりなので。でも、お稲荷さんなら狐でしょ?あれ、狐じゃないじゃないですか。あんな大口の狐がいますかね。


 ん?ああ、そうですね。なんだかカリカリ聞こえますね。上の家の子がねぇ、やんちゃな盛りなんですよ。迷惑ですけど子どものすることですし。

 いやいや天神さんじゃないですよ。いるわけないでしょそんなもん。この世に神様はいるとしてもね、僕が今話したような荼枳尼天信仰なんてのはこの国のどこにもないですよ。ええ、確かにあそこにいるのは荼枳尼の天神さんですけど、荼枳尼の天神さんなんていないんですよ。


 あんな風に……うわ……あの表情なんだろ……汚いですねぇ。それになんか、果物の匂いがしませんか?します?するわけねぇだろ。嘘なんですから。この家に果物なんてねぇよ。あの天神さんの口の中ですかねぇ?グチャグチャ腐って汚ならしいことこの上ないですよ。窓引っ掻いて、あんな爪ばっかり長い手で、何やってるんですかね?いや、だからいませんよ荼枳尼の天神さんなんて.作り話って言ってるでしょ?


 気持ちはわかりますよ。深夜に聞くとどんな話でもなんか背中の方がうそうそしてきますよね?ん?うそうそしますねって言ったんですよ。いや、古語じゃないですよ。それは確かうろうろって意味でしょ?そうじゃなくて、背中がうそうそしてきますよねって。方言?違いますよ。いや、怖がりすぎですって……。


 あははっ。湘南乃風流しましょっか?いい曲ですよ睡蓮歌とか実際。あ、さっきの話みたいに……俺俺俺!ギャーーー!とか言ってみますぅ?こう、バタン……って倒れて。あはは。

 ん?だからさっきまで話したトロピカルアイランドの話は全部嘘。作り話ですって。


 ええ、そうですよ。え?はい。だからあそこにいるのは荼枳尼の天神さんとじいちゃんですって。

 ええ、嘘の天神さんと、嘘のじいちゃんです。全部嘘ですよ。あそこにいるのは天神さんとじいちゃんで、僕の話は全部嘘です。嘘……だったんだけどなぁ……。うん……いや、そうですね。嘘ですよ。大嘘です。


 ………。


 困ったなぁ、沈黙は苦手なんですけれど……茶々入れてくれないとなに話したらいいかわからなくなっちゃいますよ。どうしたもんかなぁ……。


 あー、っとぉ……ひとつだけ本当のことを言うと、荼枳尼の天神さんって言うのはDJの冗談を言うためで……本当は全然違う名前なんですよ。

 いや、嘘に『本当は』も何もないんですけどね。


 も〜、だからそんなに怯えないでくださいってば〜。あんなの気にしなけりゃいいんですよ。

 

──どうせ何も、出来やしないんだから。

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