第11話 犯人がつけているんですよ


 聖水を求める旅も二日目。そろそろ一般人が立ち入ることのできない領域に入る頃だ。


「――やはり妙ですね」


 昼を過ぎ、急に襲いかかってきた小鳥の群れをあっさりと魔法で退けたウラノスがつぶやく。


「妙って?」


 事態が落ち着いたのを確認すると、アリスはポケットからひょっこりと顔を出す。小鳥が執拗しつように狙ってくるので、ウラノスから隠れているよう命じられていたのだ。


「君と出逢ってから不運続きです」


 なかなか馬に乗らないのを不思議そうに見つめているアリスに、ウラノスはそっけなく答える。


「あたしのせいみたいな言い方しないでよ!」

「そう聞こえたということは、自覚があるんですね」


 ほおふくらませてムスッとするも、確かにアリスも違和感を覚えていた。大した出来事ではないが、これまでの道のりで起きた異常事態はかなり多い。


「そうじゃないけど……昨日の暴走馬車からはじまり、馬の前を不意に犬が飛び出してくるし、夕食に立ち寄った店では猫に跳びかかられて料理をひっくり返され、今朝は狼に追われたと思ったら鳥の群れ――先生はそーとー動物に嫌われていらっしゃるようですね」


 そう言ってやるも、これほど重なれば作為的なものを感じざるを得ない。嫌われているのではなく、仕向けられているかのような不気味さ。


「それこそ、呪いをかけられているがごとく、ですね」


 誰が何に呪われているかは問題ではない、誰が呪っているのかが問題なのだ――ウラノスはそう説明するかのような口振りで告げる。


「それって……」

「動物たちの中には魔法をかけられた形跡があるものもいました。この小鳥たちもそうですね。魔法の系統がどれも近いので、使い手はおそらく一人でしょう。――気づかなかったんですか?」


 アリスの鈍い反応に、ウラノスが説明して問う。


 ――き……気づかなかった……。


 自分のことで精一杯で考えてもみなかったアリスは、ウラノスの指摘に何も答えることができない。口ごもってうつむく。


「やれやれ。状況を分析するくらいのことはすべきですよ、アリス君。王宮で守るべきは王と民なんですから」

「はい……肝に命じておきます」


 しゅんとなってうなずくアリスに、ウラノスは次の問いを投げる。


「さて、ここまで教えたのですから、さすがに今がどんな状況なのかわかりますよね?」

「へ?」

「鈍いですね。――犯人が私たちをつけてきているのですよ?」


 暗い森を抜ける街道。今は人通りがなくひっそりとしている。ウラノスは来た道の先に視線を移した。


「出てきたらいかがです? もう私たち以外に人はいないのですから」


 呼びかけに反応はない。

 しかし、アリスも何者かの気配を感じ取っていた。


 ――確かに誰かいる……。


 殺意のこもった冷たい視線。右側の奥にある木々の間からそれは向けられている。


「まさか私が気づいていないとは思っていないでしょう? 私からは君の姿が見えているんですよ?」


 ウラノスはアリスのいない方のポケットから素早く銅貨を取り出すと、右手奥の茂みに向かって投げつける。勢いがあって、動きに迷いがない。

 真っ直ぐ飛んで行く銅貨に対し、瞬時に魔法陣が展開される。結界が作られ、銅貨は甲高い音を立ててはじかれた。


「――さすがは王宮魔導師師範代ですわね」


 茂みが揺れて姿を現す小柄な影。黒い頭巾を被り、髑髏どくろの杖を持つ人物には二人とも見覚えがある。通りに出てきた少女は頭巾を後ろに跳ね、自分の顔を陽射ひざしの中にさらした。


「いつから気づいていましたの?」


 赤い巻き毛に赤い瞳。そこに立っていたのはアリスをネズミに変えた張本人ロディアだった。


「尾行されていると気づいたのは初めから――そうですね、王宮の門を出たところからいらっしゃいましたよね?」


 ――って、全く気づかなかったんだけど! つーか、教えてよ!


 しれっと答えるウラノスに、アリスは苛立ちのこもった視線をちらりと向ける。


「そこまで気づいていながら、どうしてまこうとなさらなかったのです?」


 落ち着いた、にこやかな表情でロディアは問う。ウラノスの問いを否定しなかったので、彼が言っていることは事実であるようだ。


「ひと気のないところで話をすべきかと思いまして」


 互いに穏やかな表情をしているが、空気はピリピリと張りつめている。魔法を放つ機会を互いにうかがっているのだ。


「説教なら間に合っていますわ。わたくしは何も間違ったことはしておりませんもの」

「間違っているか否かは問題ではありません。何故、このようなことをしたのかが問題なのです」

「このようなことって、何のことかしら?」


 ロディアは不敵に笑うと、肩につく毛先を後ろに払う。


「さっき襲ってきた小鳥たちや昨日の暴走馬車は君の仕業ですよね? それに、アリス君をネズミに変えたのも」


 ウラノスの静かな問い。

 それに対しロディアは声を立てて笑う。


「何がおかしい?」


 少女の態度に腹が立ったのだろう。ウラノスの声にけんが混じる。


「それが彼女の本来の姿ですのよ? 田舎いなか娘にふさわしい姿ではありませんこと?」

「なっ! あなた、よくもそんなことを言えたものねっ!」


 さすがに黙ってはいられない。アリスは声を荒げて叫ぶ。


「あぁ、やだやだ。チュウチュウやかましいネズミですこと。それに――ウラノス様には似合いませんわ」


 ロディアの瞳がきゅうっと小さくなったかと思うと、彼女の右手が一瞬で腰に移動し何かを掴んで投擲とうてきした。


「ちっ!」


 魔法ではなく物理攻撃でくるとは予測していなかったらしい。ウラノスは舌打ちをするとアリスをかばって背を向ける。ロディアが投げた小型の剣はアリスのいるポケットを狙っていたのだ。


「先生っ!」


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