第4話 魔王城

『アリッサ、そのクッキー、半分ちょうだい』


『あれ? ジェフリーの分は?』


『もう食べちゃった。でもまだお腹へっててさ。お願い!』


『しょうがないなぁ』


『ありがと。あと、宿題やっておいて。俺、他の子と遊ぶ約束してて』


『えー。今日だけだよ?』


『やった。アリッサは優しいから大好き!』


 チュッとこめかみにキスが落とされると、天にも昇る気持ちになる。


 甘酸っぱくて幸せな……。

 あれは……十歳の時の記憶。


◆ ◇ ◆ ◇


「んっ」


 寝返りを打つと、柔らかなベッドに体が沈み込む。

 やっぱ王城のベッドって高級だわ~……。


「……って!?」


 私はまどろみを打ち切って跳ね起きた。

 寝起きのボサボサ髪をそのままに、キョロキョロと辺りを見回す。


「ここ、どこ?」


 黒を基調とした壁や床に、おどろおどろしくてトゲトゲしたデザインのインテリア。暖炉の上に飾られた真鍮製のドクロ型燭台は、あからさまに――


「魔王が住んでそう」


 ――な雰囲気だ。

 私は自分の体を触って、昨日と同じ服のままで脱がされた形跡もないことに安堵する。皺だらけだけど。ベッドの下には、履いていた靴が揃えて置いてあった。

 えーと。私、魔物に誘拐されたんだよね?

 翼猫が北に向かって飛んでいたのは覚えてるんだけど……途中から記憶がない。どこかで気絶したのだろう。

 とりあえずは命があったことに感謝しつつ、靴に足を入れてベッドから下りる。

 ドアを開けて部屋を出ると、長い廊下が続いていた。窓ガラス越しに見える空は暗い雲に覆われているが、どうやら昼間のようだ。下は断崖絶壁で、翼でもない限り窓からの脱出は難しそう。

 一本道の廊下を真っ直ぐ進んでいくと、私の身長の五倍はあろうかという巨大な彫刻扉が見えてきた。両開きの戸板のには躍動感たっぷりのガーゴイルが一体ずつ彫られていて、黒い宝石を嵌め込まれた眼で人間を値踏みしている。


 ……なんかもう、嫌な予感しかしない。


 ごくりと喉を鳴らし、私は恐る恐る両開きの扉を押し開けた。大理石造りで重いはずなのに簡単に動いたのは、魔法が施されているからだろう。


「お邪魔します……」


 高いドーム型天井に、私の声がくわんくわんと反響する。荘厳なこの場所は、多分謁見の間だ。

 薄暗く、眩暈がしそうなほど広い大ホールの中央には、真っ赤な細いカーペットが敷かれている。

 カーペットの終着地点は他の床より数段高くなっていて、頂上には火水風地の四体の竜をかたどった一脚の椅子。そしてそこには……一人の男が鎮座していた。

 宵闇を切り取ったような長い黒髪、紫水晶アメジストの瞳。尖った耳の上には曲がりくねった羊の角が。漆黒のローブから突き出た長い足をこれみよがしに組んで、こちらを見下ろしている彼は……。


 ――ちょっと格好もシチュエーションもベタ過ぎない?


「あなた、魔王ね?」


 睨む私に、玉座の彼は不敵に口角を上げた。

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