第零話 魔王復活

「なんですって! 魔王の封印が間もなく解ける、ですって!?」


 それまで主席秘書官の説明を黙って聞いていた女神は、形の良い眉を悩ましげにひそめながら、そう叫んだ。

 可憐な声の残響は暖かな日差しあふれる神殿の隅々まで伝わり、入口に飾られていた花が微かに揺れた。

 無理もない。

 魔王――古代の聖魔大戦時に多大の犠牲を払いながらもやっと封印に成功したあの暴虐ぼうぎゃくの魔王が、まもなく復活するというのである。

「まだ対抗手段も見いだせていないというのに!!」

 そう言いながら女神は苦悶くもんの表情を浮かべ、それを目にしながら主席秘書官は大きく息を吐くとこう言った。


「はあっ、だからちゃんとスケジュールは前もって見ておいてくださいって、いつも申し上げているではありませんか」


 女神は「あら」といった顔をした。

「そうだったっけ?」

「そうですよ。ちゃんと手帳に書いてありますし」

「そうだっけ?」

 女神は無駄に深い胸の谷間から汗ばんだ小学校低学年向け雑誌の付録にありそうなファンシーな手帳を引っ張り出すと、雑にペラペラめくり始めた。

 何度か行ったり来たりした後、二週間後のスケジュールのところで手を止める。

「ああ、ああ、確かに書いてあるわ。魔王復活って」

「当然です。五百年前に私が書き込むところをちゃんとこの目で見ておりましたから」

「あはは、ごめんごめん」

 女神は手帳を閉じて、また胸の谷間に押し込んだ。

 有史以前、神代の出来事から遥か未来のスケジュールまで記入できる伸縮自在の手帳をそんな姿に改編した挙句、雑に扱うとは――主席秘書官の眉間みけんの皺がさらに深くなった。

「前回も、前々回も、寸前までお忘れでしたよね? そのせいで急に魔法遣いを手配しなければいけなくなりましたよね? 休みの予定だった人まで、おがみ倒して引っ張り出しましたよね? その際に私がどれだけ嫌味を言われたことか、まさかお忘れになったわけではございませんよね?」

「多大の犠牲を払いながらもやっと封印に成功したあの暴虐の魔王が復活するとは……」

「いやいや、ほぼほぼ私の犠牲の上に成り立っておりましたよね」

「そうとも言います」

「そうとしか言いません!」

「まあ、怒らない怒らない――」

 女神はひらひら手を振ると、続けて言った。

「――で、今回もよろしくね」

 主席秘書官はまた大きく息を吐いた。

「はあああああっ。わかりましたよ。当代の魔法遣い達に急いで声をかければいいんですね?」

「さっすがあ、話早いじゃん! 頼りにしてるよ!!」

 威厳のかけらもない口調で肩をたたきながら指示してくる女神を見ながら、彼は肩を落とした。


(この迂闊うかつ粗忽そこつで適当な、無駄にスタイルの良いお方も、祝福の力だけは無双なんだよなぁ……)

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