ゲインとリリー

@hayasi_kouji

キャピタルゲインの求め方

 キャピタルゲインとは資産運用において、自身の株価を売却しながら利益を得ていくことを指す。


 さて、ぼくは今、異世界に転生されてきたわけだが。いったい、自身のスキルの何を売却して利益を得られるだろうか。


 現代知識の無双は爽快ではあるが、はたしてこの世界に魔法はあるのか。

そういかなる現代知識があり、かりに物質の構造そのものを理解していたとしても、その知識を活かす道具や素材が不可欠なのだ。


 とりあえず、緊急の要件から処理しよう。ぼくの顔の真上に鎮座して、動かざるごと山の如しの、いちもつなしだから、きっと女性の正体を暴かんとする。


 柔らかい尻を両手で挟むと、ひゃん、と愛らしい声が鳴った。そのまま寝そべったまま腕の力だけでも、やすやすとスライドできる。


 ようやく、口鼻を開放させえたぼくは、青くどこまで澄み渡る空に溶け込みながら、大きな呼吸を体の隅々まで浸透させていく。


 どれぐらいの期間、ぼくは顔に尻を乗せていたのだろうか。酸欠気味だったのか、体が空気に喜び、全身の血流がいきいきと脈打ちのがわかった。


 ひゃん、と愛らしい声を鳴らしたお方は黙して語らず。それに甘えて、ぼくは尻を忘れて、思う存分に魂を天地に預けていった。


 これほど無邪気にこの宙と一体化したのは、いつぶりだろう。幼き日に野をかけたときにみた、草を照らす輝かしい夏陽以来か。


 それから思う存分に、童心にかえり堪能したぼくは、ようやく異世界転生を確信した核に向き合った。


 ざざっ、と先ほどから脳に直接、響くノイズである。大佐、と思わず呼びたくなる感覚を押さえて、ノイズに耳を傾ける。


ーーあなたは死にました。新しい人生を謳歌してくださいーー


 やはりふざけた言葉を壊れた楽器のような音で述べるノイズである。こちらが反応を示すまで、何度もこの文言を繰り返すようだから、ついに言ってやったんだ。


「何者だ」


ーーわたしは、です。あなたの人生をサポートする、ただそれだけの存在ーー


 涙がほほを伝った。このノイズが名乗った名前は、ぼくたちの天使と同名であった。もう決して会えない、お腹の中で懸命に生きた、愛している、ぼくたちの。


「事情を説明いたしますから」


 声に意識を戻すと、こちらをのぞきこみハンカチを差し出す女性がいた。


「どうか涙をおさめてください」


 彼女の言葉に従い目元をぬぐったとき、ノイズが走った。


ーー称号「ほうっておけない人」を入手。初対面の人から好意を受けやすくなりますーー


 君は、ノイズだ。申し訳ないが、話が本当であったとしても、君の名前を呼べやしないんだ。ノイズが、嫌であれば、ノイちゃんでも。


ーーノイズを受諾いたしました。以後、わたしはノイズと名乗り、あなたの人生をサポートいたしますーー


 ぼくは口元を緩めて、起き上がった。


「ぼくは、ゲインだ。このハンカチは洗って返そう」


 日に照らされた彼女は、銀髪をきらきらと輝かせ、その淡い青の瞳は澄んだ湖面のように世界を映し出していた。


「リリーと申します。ハンカチは差し上げます」


 リリーはそう言ってくれるが、そうはいかない。ぼくが口を開く前に続けて放たれた言葉は、しばらく忘れられそうにない。


「野盗に遭われたのですよね。ご安心下さい。じきに連れが来ますから、身支度を整えられます」


 身だしなみを確認せんとしたら、素っ裸であると即座に理解できた。しかしつるつるなんですが。続いて、ほほに手をやるが、こちらもつるつるだ。頭部は、さらさらのようだ。


「とんだ失礼を、何とお詫びをするのか検討もつきません」


 頭を下げると、遅れて届いたほほの熱さに苦しめられる。


「ゲインが詫びる道理はありません。この国には、野盗に見ぐるみ剥がれるばかりか攫われ殺される方も多くおられるのです。野盗は死刑となりますが、やらねば死ぬから行ったのだと言い遺す者が多いのです」


 花の香りとともにやわらかなものが双肩にかかる。目をあげると、鼻がふれあいそうな距離にリリーがいた。


「ゲイン、私物で申し訳ないのだけれど、手を通し帯を締めていただけますか?」


「はい」


 ぼくはバスローブのような姿に立ち変わった。


「王家のローブを羽織る者。生涯、そばにあることを求められし証明なり」


 厳かに告げるリリーは、凍った薔薇のようで、ぼくは身震いした。


「ごめんなさい。強制で、私のそばにゲインがあると拘束したの。これ以外に、あなたを助ける方法が、今の私には見当がつかなくて」


 しおれた花のように言葉をこぼすリリー。


「リリー、どうしてぼくを助けてくれるの」


 まつ毛をふせては、こちらをみるを繰り返し、それでもぼくが見つめていると、ほほを桃色に染めながら教えてくれた。


「私の初めてを奪ったのですから、責任をとっていただなくてはいけません」


 えっ? 初めてを奪ったって、そのあれですか。あなた様とさせていただいたのでしょうか。なるほど、それで裸のぼくにお尻が乗っていたんですね。でも着衣でしたが、その、ぼくたちは色々と試行錯誤をする感じ


ーー称号「エロショタ」を入手。ショタにして、そちらの妄想が捗りますーー


「そんな不名誉はいりませんから!!」


 ショタらしい高い声を天地へと鳴り響かせてやりましたとも。えぇ、このノイちゃん。少々、おいたが過ぎますからね。


ーー私との会話は口に出さないことをオススメいたします。リリー様をご覧くださいーー


 「しまった」と胸中で絶叫しながら見たリリーは、その麗しい顔をふせておいでで銀髪で遮られた青い瞳がどのような色を写しているかと想像するだけで、ぼくは21どころか100面にだってなってしまうでしょう。


 しかも初めてを奪ったとおっしゃるリリー様ですが、現実逃避に観察を続けていましたら齢5歳ほどのロリ様であらせられました。えっとエロショタでツルサラなぼくもきっと同い年ぐらいなのではないでしょうか。


 永遠にも思える時間をこうして無為にあたふたと過ごすぼくに、とうとうしびれをきらしたのか、リリーはゆっくりと顔を上げていきます。きついお叱りをいただくのではないかと、戦々恐々とするぼくはついには耐えられなくなって目を閉じてしまいました。いえ、嘘です。ほんのわずかばかり薄目の技を使用しておりました。けれど、その技に救われたのですよ。


 リリーは頬をうっすらと桜色に染めて、斜め下からジト目で見上げてきたのです。こんなご褒美をいただけて、転生前のぼくならば、さぞ歓喜したことでしょう。ですが心は肉体の影響を受けるのか、ぼくはリリーにただ申し訳なくってとても真正面から目を合わせることなんてできませんでした。


「ふふ、そうも面白い顔をされると何も言えなくなってしまいます」


 リリーの手は柔らかくて暖かくて、わずかに鼻をくすぐる香りは心を落ち着かせてくれました。


「さあ、目を開けてください。決して怒りはしませんから」


 耳を柔らかになでてくれるやさしい声に、ぼくはますます目をぎゅっと閉じて、薄目の技も使用不可となってしまいました。


「まぁ、ほほを赤くするほど懸命に」


 リリーがまた少し近づく音がして、落ち着かせてくれる香りにぼくの心はどんどこ大きな音を立てていきました。


「それでは」


 リリーの声がして、今度は遠のいていきます。香りも音も弱くなっていって、ぼくの心は不安でいっぱいになっていきました。


「こうしていますから、ゲインの良いときになさってください」


 声まで遠くてたまらずに目を開けたぼくの、少し遠くでリリーは背を向けていました。あぁ、この美しい景色をずっと忘れないだろう。


 そのときぼくがリリーの初めてを奪ったのは、なんだったのか。いまだに知りません。そんなことが気にならないくらい、いつもリリーの隣でぼくは幸せいっぱいだった。きっとリリーもそうだったよね?


 願わくば生涯に身につけ得るスキルの全てを、ただリリー、あなたのためだけに捧げられますように。

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