妻が、俺以外と…。

三愛紫月

見てしまった、秘密……【再度修正をしました】

あの日の出来事を俺は……。


一生忘れはしないだろう……。


けないからって、辞めるなよ!せっかく仲良くなれたんだしさ。なあ?咲哉さくや


「ごめん。淳之助じゅんのすけ


俺は、淳之助に頭を下げていた。


「何かあった?広野こうやも来なくなっちゃったし……。咲哉は、全部墨汁みたいな絵だしさ」


「何もないよ」


俺は、淳之助に嘘をついて笑った。


「来週だけは、来てよ!俺の誕生日」


「わかったよ」


俺は、手を振って淳之助と別れる。


駅前にある絵画教室の生徒募集という貼り紙に興味を持って入ったのは、今から三年前の出来事だ。


俺は、ここで寺田淳之助てらだじゅんのすけ関口広野せきぐちこうやに出会ったのだ。


淳之助は、俺よりも一年早くに教室に通っていて!広野は、俺の三日後に入ってきた。


共に、41歳。


それぞれに、事情を抱えていた俺達が仲良くなるのにはたいして時間はかからなかった。


淳之助は、子供が出来なくて離婚してバツイチだったと話した。広野は、親の介護を取ったせいで、結婚は出来なかったと話してくれた。

そして、俺は結婚13年の子なし。


月曜日と金曜日だけやっている絵画教室で俺達は、下手くそながらに絵をいて。


最初は教室でのやりとりだけだった関係も、一年後になると金曜日の晩には飲みに行く仲にまでなっていた。そして、三年目の今では俺の家に、二人を招待する程の仲になっている。


これからもっともっと仲良くなっていくのだと俺は勝手に思っていた。


特に、広野とは食べ物も好みも似ていたから親友っていうものを初めて作れる気がして、ワクワクしていたんだ。


「ただいま」


「おかえりなさい」


今日も、またあの香りが妻からしている。


俺は、気にしないようにしながら、リビングに向かった。


「誰か来てた?」


「いえ」


「そう」


「はい」


嘘をつくんだな。


相変わらず……。


彼女の名前は、三沢加奈子みさわかなこ

俺、三沢咲哉みさわさくやの妻である。


「晩御飯は?」


「まだ」


「すぐに用意しますね」


「ああ」


加奈子は、そう言ってキッチンに向かって歩いて行く。


俺は、ソファーに座りながらネクタイをはずしていた。


このソファーも買い換えたいよなーー。


俺は、ソファーを撫でながらそう思っていた。


一週間前の金曜日、外で飲んで酔っ払った俺を広野が家に送り届けてくれた時の事。


俺は、ぼんやりとあの日の出来事を思い出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


1週間前ーー


「大丈夫かよ、咲哉」


「平気だってーー。あれ、淳之助は帰っちゃうのか?」


「悪いな!今日は、やらなきゃならない仕事があるんだよ」


「了解した」


「じゃあ、気をつけて」


淳之助とは、駅前で別れて、俺と広野は二人でタクシーに乗り込んだ。


「お袋さん、残念だったな」


「うん」


5日前に広野は、介護をしていた母親を亡くしていたらしい。


「水くさいぞ!言ってくれたら、よかったのに……」


「ごめん」


その事を俺と淳之助は、今日初めて知ったのだ。


帰宅すると妻の加奈子が出迎えてくれる。


「じゃあ、俺は……」


「広野、一杯だけ飲もうぜーー。いいだろ?加奈子」


「はい、どうぞ」


「じゃあ、お邪魔します」


そう言って、俺は何も疑わずに広野を家に上げた。


そして、酔っ払っていた俺は「ちょっとトイレ」と言って、そのまま洗面所で寝てしまったのだ。


「さぶっ……」


洗面所の床の冷たさで、俺は目が覚めてしまった。


「あっ!広野、一人にしてたわ」


そう思って、立ち上がる。


俺は、リビングに繋がる扉をゆっくりと開ける……。


そこで……。


視界にうつった光景に、俺は愕然としていた。


「肉じゃがです」


加奈子の声で、ぼんやりとした視界が現実に連れてこられてしまう。


「ありがとう」


「ビールは、いりますよね?」


「ああ」


俺は、あの日からキャンバスに黒しかけなくなった。

そして、広野は何故か絵画教室に来なくなったのだ。


加奈子は、ビールを持ってきて俺の前に置く。


「絵画教室、辞める事にした」


「えっ?」


あからさまに加奈子は、嫌な顔をしていた。


「書けなくなっちゃったから……来週で終わり」


「そうなの……」


そう言って加奈子は、ワントーン暗い声を出している。


そりゃそうだよな。


俺が、帰宅してきたら広野といれないもんな。


「ソファー、新しいの買おうか」


俺は、加奈子を無視してそう話す。


「えっ?気に入ってるから、いいよ」


「寝転がれないのがいいだろ?俺、すぐ寝ちゃうからさーー」


「今のでいいよ。勿体ないから」


どうやら、加奈子は、三人がけの広めのソファーが、いたすのに最適だと言いたいようだ。


俺は、無視して肉じゃがを食べる。


「離婚しないから」


「何、急に……?」


「子供を望めなくても、俺は加奈子といたいんだ」


「どうしたの?」


「後輩がさーー。不妊治療が駄目だったから離婚するって言ってたんだよ」


俺は、あえてそれらしい嘘をつく。


「そうなんだね」


「うん」


どうやら加奈子は、信じてくれたようだ。


「肉じゃがうまいよ」


「ありがとう」


そう言えば、最近、俺達はそういうのをしなくなった気がする。


それは、俺が絵画教室に通い出したせいだよな。


「加奈子、久々にどうかな?」


俺は、そう言って加奈子にジェスチャーをする。


「今日は、疲れてるから……」


「そうだよなーー。44歳だもんなーー」


その言葉に、加奈子が嫌な顔をしたのがわかった。


俺は、さらに突っ込みたくなった。


「加奈子、化粧品か香水変えた?」


「えっ?どうして?」


「何か、変わった気がして」


俺は、そう言いながらビールを飲む。


香りの話をされたせいか、加奈子の瞳は左右に揺れ始める。


動揺してるのがわかっていた。


でも、それがまた楽しいと俺は思った。


「知ってた。女優の桜木千夏さくらぎちなつ。不倫してたらしいよ!慰謝料数千万だってさーー。旦那がいるのによくやるよな」


「うん。そうだね」


加奈子は、さらに動揺しているのか俺の顔を見ないで返事をする。


「ビール、おかわり」


「うん」


加奈子は、立ち上がってビールを取りに行く。


不倫確定だな。


俺は、そう思って残りのビールを飲み干した。


「はい」


加奈子は、小刻みに震える手で、ビールを差し出してくる。


「寒いの?エアコンの温度あげたら?」


「大丈夫だから……」


加奈子は、小心者だ。


なのに、大胆にも浮気をしている。


でも、やっぱり小心者なのは変わらないから……。


今は、蛇に睨まれた蛙ってとこだろうか……。


「加奈子は、不倫とか興味ある?」


「あ、わ、私?私は、ないよ」


加奈子は、かなりテンパっているようだ。


「俺は、妻を寝とられたら発狂するかな」


わざとらしく言った俺の言葉に加奈子の動揺はさらに激しさを増す。


「殺したり……するの?」


加奈子は、怯える目で俺を見つめる。


「時と場合によるんじゃないか?」


「不倫相手を殺すの?」


加奈子の小さなピンク色の唇が軽く震えているのがわかる。


「両方かもな」


俺は、ニヤリと笑ってビールを飲んだ。


不倫をしている人間を追い詰めるのは、案外楽しいのかも知れない。


ざまあみろとまではならないけれど、こんな風にチクチクと針をさしていくのは意外に面白い気がしていた。


「咲哉が捕まったら嫌だよ」


震えてる右手を押さえるように加奈子はそう言う。


「俺を犯罪者にしない為に、不倫しないでくれよ、加奈子」


俺は、加奈子に笑いかけながら言ったけれど……。

加奈子はそれどころじゃないくらいに動揺しているようだ。


「加奈子は、広野の事どう思う?」


「えっ?」


突然投げつけられた質問に、加奈子はさらに動揺しだす。


「どうって……。いい人だとは、思うけど」


「不倫したいぐらい?」


「な、な、何、言ってるの?咲哉、今日何か変だよ」


俺は、加奈子を見つめながら吹き出しそうになるのを堪えていた。


愛情と憎しみは、紙一重。


昔の人は、うまい事を言ったもんだな。


俺は、今、愛情よりもこの女の口から不倫している事実を吐かせようと必死なのだ。


「変かな?だって、広野はシュッとしたイケメンだろ?キリッとクールな印象だけど。笑うと犬みたいでさ……。俺みたいに全体的に丸で描けそうな顔のパーツじゃないだろ!色気もあるしさ……」


「そうかな?私は、咲哉の方が好きだよ」


そう言って、加奈子は笑って俺を見つめる。


「抱かれたくないのに?」


俺は、張り付けたような笑顔で笑っているのが自分でもハッキリわかっていた。


なぜなら、加奈子の顔色がみるみると青ざめていくからだ。


「今日は、疲れてるだけだよ」


「疲れてるなら、別の方法だってあるよな」


俺は、張り付いた笑顔のままでそう言うと……。


加奈子の顔色は、ますます悪くなっていく。


そんな顔されたって、俺は追求をやめるつもりはない。


この際、加奈子の口から「私は、広野さんと不倫をしています」と言わせないと気が済まなくなった。


「別の方法……」


「もしかして、そういうのわからないふりをするつもりか?今さら、純情ぶるってわけか……」


「咲哉、今日は何かどうしたの?いつもと違うよね。普通じゃないよね」


「俺は、普通だよ。凄く冷静だし……」


加奈子は、そんなはずないと言わんばかりに俺を見つめてくる。


そんな加奈子に、俺の方から、証拠はあがってるなどと、昔、何かのドラマでみた刑事のような発言を、物的証拠がないから言えるはずもなく。


「咲哉、もしかして不倫してるの?」


加奈子は、おどおどしながら俺を見つめてそう言う。


何故、そうなる?


不倫してるのは、加奈子であって俺ではない。


「不倫してたら、どうだって言うんだよ」


「それは、嫌に決まってる」


へーー。


自分の事は、棚にあげて俺の事は嫌なのか……。


「まだ、俺達、愛し合ってるって事だよなーー」


「愛し合ってるって、当たり前でしょ!」


「疲れてるとしたくなくなるのに?」


「またそれ……」


加奈子は、そう言って怒っている。


残念ながら、女は不倫をすると抱かれたくなくなるらしいんだよ。


疲れてるといいながら、本当は加奈子が、俺に抱かれたくないだけなのではないかと疑っていた。


「疲れてるんなら仕方ないよな」


俺は、加奈子を無視するようにビールを飲む。


「愛って、生活していく度に失われていくよな」


「咲哉……」


「気づかないだけで、加奈子は俺の母親に似てるよ!普段の話してくる事とか……。俺もそうだろ?加奈子のお義父さんに似てるんだよな」


「咲哉……」


「生活を共にしていない相手の方が魅力的に感じるのはお互いさまだよな」


俺は、そう言って、ビールを飲み干して立ち上がる。


「咲哉、何か知ってるの?」


加奈子が、俺の手を掴んできた。


「何も……」


俺は、加奈子の手を払ってシンクに皿を置きにいく。


問い詰めて、思ったのはスッキリするってより、とんでもなく惨めだったって事。


「不倫してます」と加奈子が言ってくれるなら話しは違ったけれど……。


ずっとしらばっくれていられると、俺だけが加奈子に未練がたらたらで気持ち悪い男にも思えてきたのだ。


そう思ったら、自分のやってる事に吐き気がするだけで……。


あの日、目撃した事を俺は脳内ここから消せはしない事はわかっている。


昔、仲が良かった先輩が言ってた言葉を思い出す。


「三沢知ってるか?男と女ってのは、男と女じゃなくなった時点で終わりなんだよって聞かされてたんだけど……。本当は、違うよ。親になれなかったら終わりなんだわ……。三沢は、二人だろ?この先も二人。だったら、家族になんなきゃ終わる」


家族にならなきゃ終わる……か……。


そして、先輩はさらにこう続けた。


「人間は、どんなに頑張っても血の繋がらない他人を許せないんだよ。だけどな、家族になったら許せるんだ。血縁とか関係なく許せる。ただ、もうそこには男女の関係はない。女がしたくなくなるか、男がしたくなくなるか、その両方かはわからない。だって、考えてみろよ。両親を抱けないだろ?嫁を抱けるって事は、家族としての絆が浅いって事だ。そんな繋がりは、他人が簡単に引き裂ける。だから、三沢。嫁を抱けなくなるぐらいの立派な家族になれ」


そんな馬鹿な事があるわけがないと思っていたけれど……。


既婚者の後輩の子持ちに、話を聞いたら「嫁はもう抱けないっすねーー」と言って笑っていた。


ただ、抱くのは自分の都合らしく。


外でわざわざ揉めて離婚になるぐらいなら、嫁とするしかないなと言っているやつもいた。


それは、逆もあった。


同級生の女の子が「旦那とはしたくないわーー。だけど浮気されたらめんどうだから、してあげてるけど。正直、ない方がいい」と話していた。


それは、先輩が言っていたように他者がつけいる隙がない家族になれたという事なのだろうか?


俺は、まだその領域に辿り着けていないのがわかる。


だから、今、加奈子の事を許せてはいない。


洗面所で、歯を磨いてから寝室に行く。服を脱いで、パジャマに着替えるとすぐにベッドにダイブした。


「家族ねーー」


家族には、勝手になるわけじゃないって事はわかっている。


俺は、まだ加奈子を求めているわけで……。


「ああーー」


俺は、頭を掻きながら枕に顔を押し付けた。


俺……許せるのかな?


広野の事……。


加奈子の事……。


目を閉じるとあの日の光景がハッキリと浮かんでくる。


▼▼▼▼▼▼


俺は、リビングの扉をゆっくりと開けた。


「ごめんなさい。飲み過ぎてますね……」


「大丈夫ですか?関口さん」


「すみません」


加奈子は、広野にティッシュを差し出した。ティッシュを受け取りながら、広野は涙を拭っている。


「何か、すみません。咲哉、遅いですね」


「そうですね。ちょっと見て来ます。あっ」


立ち上がった加奈子の腕を広野が引き寄せた。


「すみません。少しだけ……」


「お母さんを亡くされて悲しかったんですよね」


「すみません」


涙を流す広野を加奈子がそっと抱き締める。


「ありがとう、加奈子さん」


そう言って、広野は加奈子の頬に手を当てた。


どっちからとかじゃなく、二人は濃厚なキスをし始める。


俺は、見てはいけないものを見た気がしていた。


そして広野は、加奈子を引き寄せてさらに体にれようとした……。


だから……。


「ごめーーん。何か寝ちゃってた」


俺は、目を擦りながら入って顔をあげる。

二人は、いつの間にか離れていた。


「咲哉、飲み過ぎ」


「悪い」


「ごめん、俺帰るわ」


「何でだよ!まだ、いいじゃん。だろ?広野」


「終電なくなっちゃうから……」


「そうだよ、咲哉」


「そっか……ごめんな」


俺は、ニコニコ笑って広野に言っていた。


「じゃあ、お邪魔しました」


「玄関まで、送るよ」


「ああ」


俺は、広野を玄関まで見送る。


広野が動揺していて早くこの場所から離れたいようだった。


そして、広野は帰って行った。



「加奈子、ごめんな」


「ううん」


「何か、飲み過ぎたわ……俺」


「うん」


「じゃあ、寝ようかなーー」


「うん」


俺は、そう言いながら眠りについたのを覚えている。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼


あれから、ずっとモヤモヤしていた。


あんな濃厚なキスをしていながら、何事もなかったようにしている加奈子への不信感と何故か絵画教室に来なくなった広野への不信感。


それは拭う事が出来ない黒を俺の中に落とした。


どうしたらいいんだ……。


どうしたら……。


俺は、どうやっていけばいいんだ。


あの香りは、広野の香水の匂いだ。


ほんのり香るムスクの匂い……。


三年間も一緒にいたから、わかる。


あれは、間違いなく広野の香りで……。


加奈子は、もうとっくに一線を越えている。


ガチャ……。


寝室の扉が開く音がして、俺は布団を被る。


ブー、ブー


まさか、電話か?


「あっ、もしもし。広野」


俺が寝てると思ったのか、加奈子はその場で普通に電話に出る。


「待って、今かけ直すから」


加奈子は、寝室を出て行く。


俺は、ゆっくりと起き上がって、音を立てないように、静かにしながら部屋を出た。


リビングの明かりが漏れている。


俺は、静かにしながら耳を押し当てて話を聞く。


「もしもし、広野。ごめんね」


加奈子は、電話で話始める。


「うん。そうなの……。咲哉が、気づいてる気がするの」


やっぱり、二人は不倫をしていた。


「もう、家では会わない方がいいと思う」


加奈子は、困った声で広野と話をしている。


「うん。絵画教室も来週にやめちゃうって」


俺は、ずっと二人の電話が終わるまで聞いていた。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼


「何で?ここ?」


「淳之助にしか、相談出来なかったんだ」


「って、俺。今日、誕生日なんだけど……」


「おめでとう」


俺は、淳之助の車の中で話している。


「おめでとうって、ラブホを見張る誕生日って何だよ」


「ごめん。あっ!きた」


俺は、淳之助に謝ってからそう言った。


淳之助は、俺の言葉に双眼鏡を覗いている。


「あれって、咲哉の奥さんと広野じゃないのか?」


「しっー。淳之助、隠れろ」


二人が、近くにやって来るのがわかって、俺と淳之助は車のシートを倒した。


「うん。そう」


「本当にありがとう、加奈子」


「ううん、広野が……。優しいから」


「加奈子といると楽しいよ。何もかも忘れられる」


「フフフ、そんな風に言ってもらえて嬉しい」


二人の靴音がどんどん離れて行く。


「咲哉、どうすんの?」


淳之助が、シートを起こしながら言った。


「わかんないんだ。どうしたらいいのか……」


俺は、淳之助を見つめている。


「泣くなよ」


淳之助は、俺にそっとハンカチを差し出してきた。


「ごめん。もう、淳之助しか頼れなかったんだ」


「わかってるって」


「どうしたらいいんだろうな?」


「別れるなら、泳がせて証拠掴むしかないけど……。離婚しないなら、思い切って踏み込むしかないよな」


「それで、広野のとこに行ったらどうするんだよ」


俺の言葉に淳之助は、俺を見つめる。


「協力してもらうか?」


「協力?」


「実は、広野。彼女がいるんだよ」


俺は、淳之助の言葉に驚いた顔をした。


「俺も、一昨日知ったんだよ!仕事帰りに広野と会って」


「どれぐらい付き合ってるって……」


「4年半って言ってたな」


「はあ?二股じゃないのか?」


「そうだろ!だから、協力してもらおう」


淳之助の言葉に、俺は頷く。


次の日ーー


その人が駅前のカフェで働いているのを淳之助が覚えていた。


「絵画教室に通いだしたのは、彼女のシフトが月、金だけ遅かったせいみたいなんだ。それで……」


「へーー」


そう言われて、俺と淳之助は彼女に会いに来た。


「初めまして、三山野々花みやまののかです」


「初めまして、寺田淳之助です」


「初めまして、三沢咲哉です」


「お話って?」


彼女は、そう言って俺達を見る。


「時間をかけるつもりはないのでいいますね。広野と俺の妻は浮気をしています」


その言葉に三山さんは笑った。


「またですか」


そう言って、三山さんは呆れた顔をしている。


「ちょっと外に出ていいですか?」


「はい」


俺達は、三山さんが働いてるカフェを出た。


三山さんは煙草に火をつける。


「またって?」


「広野はね、すぐ誰かにすがるんです」


三山さんは、それが馬鹿らしいって顔をしていた。


「どういう意味ですか?」


「相手がいる人を探しては、自分の寂しさを拭うんですよ。こうやって、私が忙しかったりするとすぐにね」


「それって、ただのクズじゃないですか?」


「アハハ、おっしゃる通りですよ。広野は、クズですよ!」


三山さんは、そう言って煙草の煙を吐き出す。


「広野はね。最後は必ず、私に戻ってきたいから、相手がいる人を選ぶんです」


「それは、どうして?」


「相手がいる人なら、別れられるからでしょう?自分が好きな時に相手を捨てられる。だからって、相手は広野を引き止める事は出来ない」


そう言って、三山さんは煙草の火を消した。


「私が、気づいてる事を言っておきますよ」


「えっ?」


三山さんは、俺を見つめる。


「別れて欲しいんですよね?」


「勿論です」


「なら、協力します」


三山さんは、俺を見つめながら、また煙草に火をつけた。


「明日には、伝えておきます」


「ありがとうございます」


俺は、三山さんに頭を下げる。


「話しは、それだけですか?」


「はい」


「じゃあ、仕事なので……」


そう言って、三山さんは煙草を消して戻って行った。


「咲哉は、嫁さん許せそう?」


「さあーー。わかんないわ」


「そうだよな」


俺は、淳之助と歩いて帰る。


「広野は?」


「あーー、全然。連絡ないわ」


「そっか……」


「うん」


「初めから、そのつもりだったんかな?」


「何が?」


「いや、俺か淳之助。どっちかの相手を寝取ろうってさ」


「まただって事は、そうなんだろうな」


「何かショックだな」


俺は、淳之助を見つめた。


「それわかる。仲良くなれそうな気がしたよな」


「俺なんか食べる物の趣味も似てたんだぞ!親友になれるかもって思ってた」


「そうだな……」


「何か、それが自分の寂しさを埋める相手を探す為だったなんてな」


「何か、やだなーー」


「そういう人間って世の中に結構いんのかな?」


淳之助は、俺を見ながら頷いている。


「そうだろうなーー。誰かの幸せを横取りするような人間な」


「淳之助、凄い言い方だな」


「俺も、そうだったからなーー。寂しいっていう嫁の気持ちに付け入れられたから……」


「離婚原因って?」


「嫁の不倫だよ」


「そうか……」


「離婚すんなよ!咲哉はさ……」


淳之助は、俺の肩を叩いてじゃあっと手を上げて帰って行く。


俺は、淳之助が見えなくなるまで見届けた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


あれから3日ーー


「ただいま」


「お帰りなさい」


加奈子から、もう、あの匂いがしなくなっていた。


「ご飯食べるでしょ?」


「うん」


聞きたい事は、山のようにある。


けれど、淳之助からのメッセージで【別れたくないなら絶対に聞くな!】と釘を刺されていた。


だから、俺は何も聞けていない。


だけど、ずっとモヤモヤが残っていた。


喉に魚の小骨が刺さってるみたいな感覚がずっと抜けなくて……。


「今日ね、ほらお義母さんが、咲哉が好きな味噌煮込み大根を持ってきてくれたのよ」


「そっか」


このまま何も言わないのは、苦しいだけな気がする。


「絵画教室は、全員やめちゃったの?」


「あーー、淳之助はまだ行ってるみたいだよ」


昨日、淳之助は広野にたまたま会ったとメッセージが入ってきた。


その時に、三山さんは、淳之助が何もかも知ってる事を広野に告げたと言う。


その時に広野が発した言葉は、これだった。


【バレちゃうの早かったなー。普段なら、もっと長くバレないのに……。咲哉の奥さんは、あっちも下手だけど、嘘も下手だね】って楽しそうに笑いながら言ってたらしい。


「咲哉、寒い?」


「えっ?」


気づかないうちに、俺は左手を強く握りしめながら震えていた。


「大丈夫?温度あげようか?エアコン」


加奈子は、広野と……。


「そうだね。少し寒いかな」


「わかった」


俺は、何も言わずに口をつぐんだ。


黙って、母が作った味噌煮込み大根を食べる。


久しぶりに食べるお袋の味は、涙腺を崩壊させた。


「咲哉、お義母さんの大根美味しかった?」


「これは、二年ぶりだっけな?だからかも。懐かしくてヤバイわ」


俺は、嘘をついて大根を胃袋に流し込む。


この嘘を、一生噛み砕いて飲み込んでしまおう。


加奈子が、いつか真実を話すその日まで……。


「これね、お義母さんが教えてくれた黒ゴマの甘辛揚げ。手羽中なんだよ。それで、すりゴマ使う方がいいんだって」


「へーー。美味しそうだな」


俺は、その真っ黒な肉に食らいついた。


胃袋に流し込むだけで黒が広がってく。


体の中に黒が広がってく。


「お義母さんのお土産の黒ビール飲む?」


「うん」


母は、何かを知ってるかのように俺に黒を差し出してきている。


俺は、加奈子に渡された黒ビールを飲む。


「後、お義母さんからの伝言預かってるの!」


「えっ?」


加奈子は、そう言うと俺にメモを渡してくる。


「加奈子、母さんにいつ会ったんだっけ?」


「えっと、先週は二回会ったけど……。どうして?」


「嫌、何もないよ」


「そう」


俺は、母さんからのメモをそっと開いた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【黒を流し込み続けなさい】


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



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