第64話 アタッシュケースの中身④

 神風が拾ってきたアタッシュケースが世界的にも有名な四大マフィアの一角サクラダ・アストリアが極秘裏に回収した物であると伝えられた士郎の顔は真っ青であった。


 士郎の顔が真っ青であることに気がついた神風は、


「あれ?士郎くん、すごく顔色が悪いけど大丈夫かい?もしかして、どこかで遅効性の毒でも盛られてしまったのかな?」


 とても心配した表情で士郎に声をかけたのだった。


 ちなみに、神風の発言は少し士郎のことを馬鹿にしているように感じるかもしれないが、あいぎり地区では飲食店などで遅効性の毒などを盛られることが多々あり、彼は結構本気で士郎のことを心配している。


 神風もつい最近、バーで頼んだ酒の中に睡眠薬を盛られてしまい、色々と面倒事を引き起こしていたことを思い出してくれれば、彼が決して士郎のことを馬鹿にしていないことは理解できるだろう。


 まあ、士郎の顔色が悪くなったのは毒を盛られたわけでもなければ、体調などが悪いわけでもないのだがな。


 神風は変なところで鈍感さを発揮するため、こういう相手が何を考えているのか理解していない時が多々ある。


 普段は無駄に察しがいいくせに。


 神風は士郎の気持ちを理解せずに本気で心配している一方、結衣は士郎の顔色が悪くなった理由をなんとなく察していたので、そこまで士郎のことは心配しておらず、逆に普通の感覚とズレている神風の方が心配であった。


 そうして、神風が顔色が悪い士郎のことを本気で心配していると、


「神風さん......僕、まだ死にたくないっすよ......僕にはまだまだやり残したことがあるんです......死んでも死に切れないですよ......」


 士郎が怯えたような表情で頭を抱えながら泣き言をボソボソと小さな声で呟き始めた。


 震える士郎は心の底からこれから迎えるであろう死に恐怖しており、その感情は彼のことを本気で心配している神風にも伝わっていた。


 そんな士郎の様子を伺っていた結衣は、


(士郎くん!!君ちょっと言葉足らずすぎじゃない!?これじゃあ、彪哉くんはさらに勘違いしちゃうじゃない!!)


 士郎のなんとも言えない言葉足らずな呟きについついいつもの癖で心の中でツッコミを入れたのだった。


 結衣本人はこのツッコミを声に出して言ったつもりになっているのだが、普段からツッコミは口に出さずに心の中でやり続けた弊害により、結衣は言葉には一切出さず、心の中だけでツッコミ入れてしまっていた。


 なぜ、結衣が普段からツッコミを言葉に出さず、心の中だけで行なっていたのかというと、神風に変にツッコミを入れると、そこから更にボケ始め、永遠に話が進展せず、ボケとツッコミを繰り返すだけの会話を何度も行ってきたことからの教訓である。


 それに、神風は冗談を言えない状況で普通に不謹慎なネタをやったり、周りの空気を読まずにボケたりもするので、常識のある結衣は場の空気的にツッコミを入れることが出来ず、注意することしか出来なかった。


 まあ、一言で言うと、神風が全部悪い。


 それなので、結衣はこれで二人のすれ違いも収まると思ったのだが、


 「大丈夫だ!!士郎くん!!私が君に盛られた毒の解毒を必ず成功させてみせるさ!!だから、そんな弱気なことは言わないでくれ!!」


 神風は以前と士郎の顔色が悪くなった理由を勘違いしたままであり、目の前で繰り広げられるコントに結衣は困惑することしか出来なかった。


 的確なツッコミを入れたはずなのに、なぜか目の前ではいまだにすれ違っている神風と士郎を見た結衣は状況が理解できずに脳がフリーズしていたのだが、少し時間が経ってから結衣は先ほどまでやり取りを思い出し、結衣は気づいてしまった。


 自分が心の中のみで神風たちにツッコミを入れていたと言うことを。


 なぜ、いまだにこのすれ違いコントが続けられていたのか理由に気づいた結衣であったのだが、時すでに遅し。


 神風は士郎に突拍子もない言葉を投げかけてしまっていたのだ。


 神風から意味の分からない言葉を投げつけられた士郎からすれば、神風の言動は意味不明であり、彼の発言が理解できずに困惑してしまっていた。


 士郎が困惑しているところを見た結衣は急いで勘違いしている神風に、


「いや、士郎くんは別に毒を盛られたわけじゃないからね?それは彪哉くんの勘違いだよ?」


 士郎が毒を盛られてしまったと言うのは神風の勘違いであることを指摘したのだった。


 結衣から指摘を受けた神風はとても驚いたような表情を浮かべており、結衣の言葉が信じられないようであった。


「士郎くんが毒を盛られていないだと......?それじゃあ、彼はどうして死に怯えていたと言うんだ?毒を盛られた以外考えようがないが?」


 士郎は決して毒を盛られたわけではないと結衣から指摘された神風はどうしても彼が毒を盛られていないことが信じられず、結衣の指摘に反論したのだった。


 どうやら、神風の中ではサクラダ・アストリアに怯えてしまうと言う考えは存在していないようであり、彼の中でサクラダ・アストリアは怯えることに値しない組織であるようだ。


 この一般的な常識とのずれが今回のややこしいやり取りの発端であるのだが、神風本人は自分に常識がないとは思ってはいないため、他人からの指摘を受けたところで治らない。


 それに、普段の生活では彼の常識のなさが発揮される機会は少なく、このことが余計に彼の常識から外れた感性を持っていることに気づかない要因になっている。


 そのため、結衣は神風の常識の無さに頭を悩まされているのだった。








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