そして旅立ち Ⅱ
「そう。今日の日も含めて、七日間」
こほん、とチェルトが咳払いした。
「それが女王様の
表情を引きしめて、俺とウェンディもうなずいた。俺たちは、縄につながれたカールも含めたチェルトたちと対峙する。
「猶予の期間は先程言ったとおり。そして、タイムリミットは――八日目の朝日が昇るまで」
「…………」
――もう一度、呪いを解くチャンスがほしい。
先刻の妖精裁判の場にて、俺は妖精の女王に直接申し出た。ウェンディも同意見で、共に願いを聞き入れてもえるよう頭を下げた。
当然、反発は起きた。脇に控えていたチェルトがいの一番に非難の声を上げた。
『呪いを解くなんて、絶対に無理だ!』
『処罰を逃れる口実に過ぎない!』
『人間が妖精を助けるなんてありえない、ウソっぱちだ!』
当の女王も、しばしためらう様子を見せた。
けれど、最終的には俺たち二人の申し出を承諾するに至ったのだ。
ただし、いくつかの条件をつけて。
「与えられた猶予の間に、人間は大樹にかけられた呪いを解く方法を見つけること。そのお目付役として、妖精ウェンディを同行させること……」
チェルトは淡々と話を続けた。
「二人が帰還しなかった場合の保証として、妖精カールの身柄を拘束すること。万が一、期限までに二人が戻らないことがあれば……」
「その時は、ボクをマーナの光に戻す」
一瞬、言いよどんだチェルトの代わりに、カールが続きをしゃべった。
目を見張るチェルトであったが、カールの言うことを訂正しなかった。厳しい眼差しで、おなじ妖精族であるウェンディを見つめる。
「……ウェンディ。女王様のおっしゃられた言葉の意味、おわかりよね」
「……ええ」
「…………」
ウェンディの表情に影が差し、俺も沈黙した。
(妖精をマーナの光に戻す……か)
それは、妖精の死を意味するらしい。
元のマーナのエネルギーに還されるのだから、明確には死とおなじ意味ではないと女王は言っていた。
だが、それでも仲間が一人消滅してしまうのだ。女王の衝撃的な発言に、その場にいた妖精たちが今日一番にどよめいたのを俺は思い出した。
(ただでさえ、数の少ない妖精族なんだ。身近な存在が消えてしまうことは、彼らにとって相当重く……ショックなはずだよな)
気づけば、この場にいる妖精たちもみな、黙りこくってしまった。
なんて声をかけようか。俺が迷っていると、カールのほうから「ウェンディ」とやわらかい口調で場の沈黙を解いた。
「らしくないよ、ウェンディ」
「……だって、カール」
「難しいことは考えないで。キミには、ボクの分まで外の世界をいっぱい見てきてほしい」
こんなこと、みんなの前で言うのは恥ずかしいけれど……。
と、カールは照れくさそうにはにかんだ。
「……ボクも、森の外を見てみたかったんだ。
ずっと長い年月、里のなかだけで生活していて……悪くはないんだけど、やっぱりどこかで物足りなさを感じてたんじゃないかって。ボク、自分でも思うの」
「…………」
「そんなんだから、ボクね、まわりと浮いちゃってたんだけど……ウェンディが声をかけてくれた時はうれしかったな。それにキミがボクと同じで、外の世界に興味を持ってくれたことが、もっとうれしくって……」
たどたどしく自分の言葉を紡いでいたカールは、途中で口を止めて顔をうつむかせる。
「ごめん。うまく言葉にできなくって」
謝るカールに、少し間を置いてからウェンディが口を開いた。
「もう。あいっかわず、ジトジトしたやつ」
「う、うん……ごめん……」
「そうね、たしかにアタシらしくないわね」
「!」
「あんたみたいな根暗に言われちゃうと、ちょっとかっこ悪いわね」
ふふっと、ウェンディは笑った。暗かった彼女の表情に再び光が差し込んで、カールも思わずうれしそうにほほ笑んだ。
「約束するわ、カール」
晴れた顔つきで、ウェンディはカールに言う。
「アタシが全部解決してあげる。もうくよくよしないから、だからあんたも、ドーンと構えて親分の帰りを待っていなさいよ!」
「ハハッ、よかった。いつものウェンディに戻った!」
二人の妖精のやりとりを見ていた俺も、一緒に気持ちが高揚するのを感じた。
同時に、使命の重さに身が引きしまる。
女王に
勢い八割で突っかかったことを振り返ると、いまさらであるが自分の青さに反省の気持ちもある。
だが、そんなことは口にしない。いまは彼ら妖精たちの期待に応えられるよう尽力するのが、第一だ。
さすらいの冒険者ノシュアこと、俺。
ひとり静かに、そして熱く決意を新たにするのであった。
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