いびつな微笑 Ⅰ
「それではみなさん。まずはお席に戻りましょう」
女王の一言で、まわりを取り囲んでいた妖精たちが元の位置へ戻っていった。さらに女王は警備の妖精に俺たち罪人の縄を外すよう命じる。
女王は「まずは、あなたから」と、門番の妖精のほうを向いた。
「あなたの処罰は取り下げます」
「!」
門番係の妖精は驚く。女王はどこまでもやさしい声で「これからは居眠りをしないよう、気をつけてください」とだけ、たしなめた。
大粒の涙を目にたたえ、門番の妖精は女王に深々とおじぎをする。その後、彼は他の妖精たちが待つヒイラギの垣根へ、ふわふわと飛んでいった。
「ウェンディとカールは、まだ残っていてくださいね。大丈夫、すべてワタクシに任せてください」
女王の微笑みに、ウェンディとカールも頬を紅潮させた。
そうこうしているうちに、妖精一同がみな席に戻る。女王は、妖精一人一人の顔を確認するように、じっくり周囲を見渡している。
「いい子ですね」
ふふっと、笑った。そして女王は、場が完全に静まりかえるのを、じっと待つ。ざわつきが消えるまで、ものの十秒もかからなかった。
(さすが、妖精の長ってとこか)
俺はひとり感心した。解かれた腕を組み、そのまま、妖精の女王の進行を見守ることにした。
「みなさん、静かに聞いてくれてありがとう」
女王は優雅におじぎをする。
「これから、この場はワタクシが仕切らせてもらいます。本来ならば、あなたたちの自主性を重んじたいところですが──今回は特別な事態です。
混乱を収めるため、どうかワタクシがこの場に立つことを許してください」
女王は息を吸って、深く吐いた。仕草の一つ一つが、粗なく美しい。天上から降り注いだ日の光を浴びて、彼女の白くて長い髪がキラキラと輝いた。
「ウェンディとカール。この二人の妖精の罪をなしと、いたします」
「!」
当然、場はざわついた。
壇上左手に控えるチェルトも、驚きの表情を隠せない。彼女は納得がいかないと唇を噛みしめ、そして真っ先に抗議の声を上げた。
「な、なぜですか? この二人は妖精の里に、人間を招き入れたのですよ!」
そうだ、そうだ。と、周囲の妖精たちからも反対の声が上がる。そんな彼らに声を荒げることなく、女王はただ静かに話を続けた。
「それはワタクシが、そう申したからです。……昨日の昼間の集会、みなも覚えているでしょう」
「……ッ!」
ぴたと、抗議をしていた妖精たちは動きを止める。
「あの時、ワタクシはこの壇上で言いました。『人間をつれてきなさい』と。人間ならば、あの剣の呪いを解くことができると」
「それは、そうですが……」
チェルトは口ごもる。
「ですが、そんなこと……誰も、誰も信じなかったです。女王が呪いのせいで、ただ気が弱くなられているとばかり……」
「ええ、わかっています。かすかな望みでした。……しかし、あそこの二人はそれを実行してくれました」
目を細くした女王に見つめられ、ウェンディとカールはぱっと顔を明るくさせた。
「この二人の行動は、里を、妖精族を救おうとしたゆえのことなのです。人間を恐れず、勇気を持って動いてくれたことを、ワタクシは大変うれしく思います。
──よって、ウェンディ、カール……この二人の罪をなしと決議します」
異論はありませんね。
と、女王は場を見渡した。
妖精の誰もが、互いに顔を見合わせた。女王様に言われちゃ口が出ないよ、と言いたげに顔を突き合わせて──みんな、こっくりとうなずいた。
その様子を見て、俺はほっと息をついた。いまだ頬を紅潮させて喜んでいるウェンディたちへ、そっと声をかける。
「よかったな。おとがめなしで」
「うんっ!」
カールは声を弾ませて応えた。ウェンディはツンとそっぽを向いて「当然よ」と得意げに言う。
「そもそもアタシは、カールとあんたの迷惑行動に巻き込まれただけなんだから。はなっから人間つれてきて呪いを解いてもらおうなんて、考えてもなかったわよ」
「へぇ。そのわりには、そこそこ乗り気で俺に剣を引き抜かせようとしていたじゃないか」
「だから、あれは……ヤケよ、ヤケ。さすがにね、あそこまでいったら戻れないじゃないの」
(素直じゃないやつ)
俺はなにも言わないで、肩をすくめた。
すると、ウェンディは小さな声でつぶやく。
「そりゃ、ちょこっとだけは……期待してたわよ」
でもね、と彼女の声のトーンは落ちた。
「結局、抜けなかった」
「…………」
「剣は突き刺さったままで、呪いは解けない」
はらはら。青灰色の葉っぱがいくつか落ちてきた。
だんまりしたウェンディに、俺は言おうか、言うまいか悩んだが……少し身をかがめて、そっと口に出した。
「その呪いのことなんだけど……」
「──みなさん、お静かに」
口にしかけた時、再び、女王の声が通った。
「ワタクシの言葉でみなを混乱させてしまったこと……大変に申し訳なく思います」
女王は顔をうつむかせる。場の妖精たちが女王を心配する声が飛ぶと、彼女はすぐに顔を上げてにっこり一同に微笑んだ。
「ありがとう、やさしい子たちよ。ですが、ワタクシは見立てを誤っていました。
そうです、剣は抜けなかったのです!」
女王は急に語気を強めた。不安になった小さな妖精たちがざわつくと、また空からぱらぱらと葉っぱが降った。
「ワタクシは呪いを侮っていました。のべ百年以上、長い年月をとともに呪いはより強力にこの地に根ざしていたのです。
もはや、呪いをかけた同族、つまり人間の手を持ってしても剣を抜くことは叶いません!」
「そ、それじゃあ……」
青ざめた顔で、カールは女王を見上げて言った。
「ボクらはやっぱり……みんな滅んじゃうってこと?」
「ええ、そうです」
おだやかだが、強い口調で女王は答えた。
女王のはっきりした言葉に、妖精の誰もが肩を落としてうなだれた。ウェンディ、カールはもちろん、チェルトも裁判長も門番も……みな、失意に表情を深く沈ませる。
「我ら妖精族は、滅びるべき運命なのです」
妖精の女王だけがやさしく、美しく──ほほ笑んでいた。
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