Chapter 5

開廷、妖精裁判! Ⅰ

静粛せいしゅくにぃッ!」


 カンカンカンッ。

 けたたましく、木槌きづちが叩かれる。


 その甲高い音に、ざわざわと沸き立っていた周囲の妖精たちの声がほんのり静まった。

 本当に、ほんの少しだけ静まっただけで、いまも俺の耳には、妖精たちのぼそぼそささやく声がよく通った。


 ――人間だ。人間がいる。


「…………」


 彼らが興奮するもの無理はないか。

 俺はまるで他人事のように、心のなかでうなずいた。


 ここ妖精の里はじまって以来の、大大大事件……異種族である、恐ろしき人間の侵入を許してしまったのだから。

 集った小さな妖精たちの視線は一点、俺だけに注がれている。この場にたった一人の、人間である俺に。  


 およそ、百人くらいはいるだろうか。視線を一手に集める居心地の悪さから、俺は身じろいで顔を天上へと向けた。見上げた千年樹の枝葉の空からは、白い光の筋が差し込んでいる。


(いつの間にか、夜が明けてしまったようだな)


 キラキラ輝く朝の木漏れ日が、地上へ降り注ぐ。地面いっぱいに敷き詰められた柔らかな草の絨毯じゅうたんも、朝露にしっとり濡れてきらめいていた。


(こんな状況でなければ、爽やかな朝なんだろうけれど……)


 現在、俺は妖精の里の『女王の間』と呼ばれる場所にいる。


 周囲をヒイラギの垣根に囲われて、奥には大きな切り株の壇上がすえられていた。その壇上の手前、開けた草地の中心に、俺ことさすらいの冒険者ノシュアは立っていた。


 正確に言えば、立たされていた……体を拘束されて。


「…………」


 腕が上がらないよう、肩まわりを植物のツタでグルグル巻きにされている。同様に背中にまわされた両手もひとくくりにされ、分厚く念入りにグルッグル縛られている。


 一応、首まわりは自由のため、周囲を見まわすことはできる。さっきまでまわりをよく観察しようとキョロキョロ首を動かしていたのだが、目が合った妖精の何人かが失神したため、妙な動きは控えろと注意された。


「静粛にって言ったら、静粛になの!」


 正面、切り株の壇上にて、裁判長なる一人の妖精がかわいらしい声を張り上げた。木槌を振り上げて、ぷりぷりと周囲の妖精たちをにらみつけている。


 俺はもう一度だけ、ざっと周囲を見まわした。


 ヒイラギの垣根には、聴衆の妖精たちが控えている。そして切り株の壇上には、中央に裁判長の妖精、俺から見て右側に武装した妖精のグループが見えた。

 彼らはこの集会の警備担当の妖精なのだという。一応、俺の周囲にも、ちょっと距離を取って、十人ほどの警備の妖精が囲んでいた。


(そして――)


 裁判長の後ろ、壇上の奥に……一人だけ、ほかの妖精たちとは身丈のサイズが異なる女性が鎮座ちんざしていた。


(はぁ、あれがウワサの……)


 妖精族の長。

 妖精ウェンディたちの話に度々登場した『妖精の女王様』にちがいない。


 女王は、見た目はもちろん、身にまとうオーラも小さな妖精たちとは段違いだ。おおよそ人間の成人と変わりない身丈で、強いて言えば少し小柄な女性といったところか。


 美しい顔立ちに、線の細さがどこか儚げな印象を俺に与えた。ほかの妖精とも人間とも一線を引いた……美の造形の持ち主に、最初俺がたじろいでしまったのは内緒である。


 長い髪を下ろして、壇上の奥の椅子にたたずむ姿は、まるで一枚の絵画を見ているような気分になった。


「…………」

「コラッ。罪人はしゃんと、こっちを見なさい!」


 ぼけっと見ていたら、叱責しっせきが飛んだ。

 見れば、裁判長の妖精が二つにわいたお下げを振りまわして、ぷんすか怒っている。


(罪人ねぇ……)


 俺が肩をすくめて「はいはい」と適当に返事をした。すると「は、はいは一回でよろしいの……!」と震えた声を返された。この裁判長の妖精も、やっぱり人間である俺に怯えているようではあった。


 場がどよめいて、素早く警備の妖精たちが持っていた槍の切っ先を俺に向けた。そんな不穏な空気でも、唯一、妖精の女王だけがくすりと面白そうにほほ笑んでいる。


「はぁ……」


 どうにもやりづらい感覚に、俺は小さく嘆息を漏らした。

 ただいま、妖精裁判の真っ最中である。



 * * *



 千年樹に突き刺さった錆びた剣の前で――俺、ウェンディ、カールの三人はとっ捕まった。


 俺たちはカールの先導の元、まわりの妖精たちに気づかれないよう大樹の近くへ向かったつもりだったが、どうにも眠れぬ夜のお散歩をしていた一人の妖精にばっちり姿を見られていたらしい。


 剣の前でアレコレしていたころには、里の妖精たちはすでにハチの巣を突いたような大パニックになっていたとか。


 その場で身柄を拘束されたあと、しばし時間を置いてから、いまいる女王の間まで引っ立てられた。

 これから俺たちの処遇をどうするか、裁判を執り行って決めるようだ。


 俺から見て、左手に妖精ウェンディとカールの姿があった。二人ともやはり俺と同じように、ツタでグルグル巻きにされている。

 カールは顔を真っ青にしてブルブルと震えていたが、ウェンディのほうは終始ふてくされたような顔をしている。


(いったい、俺たちにどんな処罰が待ち受けているんだ?)

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