抜けない剣と謎の文字

 さすらいの冒険者なる、変な人間が呪いの遺物を引っぱって――かれこれ時間が経過した。


「…………」


 アタシこと、妖精ウェンディは、半目でその様子を眺めていた。


「ぬぅ、くぅッ……このッ!」

「がんばって、ノシュアさん!」


 うなり声を上げて、人間は大樹に突き刺さった剣を抜こうと必死になっている。そのかたわらで、子分の妖精カールも手を握りしめて応援していた。


 しばらくして、人間はふぅと息をついた。

 呪われた遺物の――柄から手を離し、そのまま手の甲で自身の額をぬぐう。それからやつは、アタシたち二人の妖精を見て……きっぱりと言った。


「いや、これはダメだな。ぜんっぜん、抜けない」

「…………」

 

 気まずそうに苦笑する人間に、ブライトボールを投げつけなかった自分をほめてあげたい。

 カールはというと、人間の敗北宣言を聞いて、おろおろと泣き出しそうな顔を見せている。


 そんな失意に浸る妖精の思いなんぞ知らぬとばかりに――あろうことかこの人間、靴先で剣を小突いた。


「もう長い時間が経っているんだろ? たぶん、根っこと同化しちゃって抜けないんだと思うな」


 錆もひどいしなぁ。と、のんきにしゃがんでは、剣をベタベタとさわりはじめた。


 ぴきり。アタシの額に青筋が走る音が聞こえた。


「あんた、真面目にやりなさいってばッ!」

「!」


 アタシは人間の顔近くへ飛んでいき、その耳元で叫んでやった。


「こっちは、妖精族全員の未来がかかってんのよ! 千年樹にかけられた呪いを解かないと、本気で滅んじゃうんだからね!」


 全力で叫んだせいか、少し目の奥が熱くなる。気づかれないよう、小さく鼻をすすった。


 期待して損をした。いや、元よりぽっと出の人間なんかに、どうにかなるものではなかったのだ。

 いろんな言い訳や、恨み節が頭に浮かんでくるも……それ以上に『もう、どうにもならない』という事実に、アタシの心はぐずぐずになりかける。


(もう……)


 アタシは人間に背を向けた。自分が招き入れといて無責任かもしれないが……そのまま、どこかへ飛び去ろうと羽をはばたかせる。


 しかしその瞬間、やつが奇妙なことをつぶやいた。


「……本当にこの剣、呪われているのか?」

「はいぃ?」


 あんまりな物言いに、思わず振り向いてしまった。遺物の前では、あいかわらず人間がしゃがんでいて、ペタペタさわったり、じっと見つめたりをくり返している。


「いやさぁ、どう見てもこれ……ただの錆びた剣にしか見えないんだけど」


 人間はアタシのほうへ顔を上げながら、コンコンっと遺物を叩く。その雑な扱いに、さすがのアタシも怒りの声を張り上げた。


「そんなことあるわけないでしょ! だって……ずっとずっと、ずぅーっと昔から言われてきたんだから! 人間が千年樹を呪ったって、そのせいで妖精の女王様は弱っているんだって!」


 ずっと……人間が……。


「人間のせいで――!」


 ムニュ。

 なにかが、アタシの頬にふれた。


「え……」


 アタシは言葉を止める。

 それが人間の大きな指先であると、気づいたのは少しあとであった。


「ほらな、平気だろ?」


 アイスブルーの瞳の持ち主が、そう言った。


「俺が剣を握ったグローブにふれてみても……おまえはチリにはならない」


 と、やつは手を開いてアタシに見せる。皮のグローブには、びっしり遺物の赤錆がくっついてた。


「…………!」

「ウェンディ!」


 声にならない悲鳴とはこのことか。

 へなへなと地面に落ちると、カールがそばに飛んできた。


「ちがう……」

 

 フルフルと頭を振って、アタシは人間の言い分を否定した。


「剣に……剣に直接ふれてないから、意味ないもの……」


 屁理屈へりくつか、と人間に言われた。一理あるけど、絶対に認めたくない。

 人間にふれられた頬に、そっと片手を当ててみる。恐る恐る、その手のひらを見れば……たしかに、赤錆がついていた。


「本当だ、チリにならないんだ……」

「カールッ!」


 となりでつぶやくカールを、アタシはにらみつけて黙らせた。

 その後、カールに肩を貸してもらって、アタシはちょっと脇に離れて休むことにした。


「しっかし、いい剣だなぁ」


 一方で、人間はまだ十字の遺物の観察を続けていた。


「これほどの年月が経っていながら、錆はあれど、ちゃんと剣の形を保っているとは。

 惜しいな、状態さえよかったら……その辺の鍛冶屋が打つ武器よりも、ずっと立派そうなのに」

「…………」


 カールが、人間のひとり言に耳を傾けている。興味津々といった様子を隠せず、羽がそわそわ動いているのが見えた。


 アタシはカールに「こっちを心配する必要はないから、向こうに行きたければ行けば?」と投げやりに促す。カールはおずおずとアタシの顔色をうかがったのちに、正直に人間の方へ羽をはためかせていった。


「これは――紋章か?」


 遺物を観察する物好きな二人を、アタシは遠くから見る。


「いや、ダメだ。錆に埋もれていてよく見えない。柄のウロコ状の装飾といい、やたら細部がったつくりをしているな。

 身分の高い人か、相当な手練れが扱うような代物だったのかも……ん?」

「どうしたの?」


 人間の顔をのぞいて、カールがたずねる。「刀身に、名前が刻まれている」と人間が言うと「名前?」と彼は小首を傾げた。


「かろうじて読めるかも……カ……イン?」


 もうそんなこと、どうだっていいじゃない。

 と、アタシはすっかりふてくされていた。


(剣が抜けないのなら、あんたは用なしよ。さよならバイバイ、さっさと人間は外の世界に帰りなさいっての……)


 見つからないうちに――。


 なんて言葉をかけようと思っても、どれも声にはならなかった。


 早く逃げなさい! と叫んだ声は布の下でくぐもってしまって、なおのこと人間には届かない。

 力いっぱい羽をはばたかせるも、人間の元に飛んでいけなかった――なぜなら、アタシは背後から羽交はがいじめにされているのだから。


「んんーッ!」


 猿ぐつわの下で、全身全霊を上げて叫んだ。アタシの叫び声に、ようやく人間とカールは気づいて、振り返ってくれた。


 アタシはほっとした。

 だが、この絶望的な状況をどうにかする術はない。


 すでに大樹のまわりは、里のほとんどの妖精たちによって取り囲まれているようだ。ああ、どのタイミングで気づかれてしまったのだろう……さっさと人間を逃さなかったことを、アタシはとても後悔した。


 どの妖精も顔が真っ青だ。彼らの視線は、人間ただ一人に集中している。

 反面で、急な展開を前に人間は目を泳がせていた。のんきに苦笑いなんてしちゃって、片手で銀色の頭をかいている。


「えっと、これは……」


 人間がなにか口にしようとした。その瞬間、震えるも勇ましい掛け声が大樹の根元でわぁっと響き渡った。


「か、かくほーッ!」


 かくして、アタシたち三人は仲よくお縄についた。

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