VS 妖精ウェンディ Ⅳ
ところが、はたと俺は眉を寄せる。
正面、見すえていた妖精の光が、急に弱々しく点滅しはじめた。いぶかしげに様子をうかがってみれば、俺の目の前で光はふらふらと地面に向かって降下していていく。
「あっ、おい」
なんだなんだと動揺して、とっさに身を前に乗り出す。腕を伸ばして、落ちゆく光に両手を差し出した。
もう目を細める必要はなかった。人の手のひらの上で、妖精はぺたんと座ってへばっていた。
「あーもう、ダメ……力を使いすぎたみたい……」
小さな目をクルクルまわして、妖精はうめく。
どうやら体力が尽きたのはお互いさまのようだ。疲れた顔の妖精を見て、俺も張りつめていた気がいっぺんに解けてしまった。
「これは、あれだな……」
ふぅと息を吐きながら、俺は言った。
「両者引き分け、ってことでどうだ?」
「……ッ!」
提案するやいなや、光の点滅が止まった。
再び妖精の光が強く灯る。
「おいおい、まだケンカし足りないってのかよ。無理すんなって、俺たち両方ともヘトヘトじゃないか……」
あきれて肩をすくめる俺に、妖精は人さし指を口元に立てて「しっ」と言う。
それとほぼ同時であった。ふいに、周囲の茂みから――ガサガサっと、イヤな物音が聞こえたのは。
「ん?」
茂みの音に反応して、俺は周囲を見まわした。
ひとまず、物影は見えなかった。辺りは
しかしまぁ、おおよそ検討はつく。森に生息する生きものだろうと、俺は
(鳥かネズミか……ウサギがイタチか……)
もう少し大きくても、野ブタか、鹿か……。
いや、それとも――。
「よけてッ!」
妖精が大声で叫んだ。
反射的に、俺は彼女を手に包んだまま横へ跳ぶ。瞬間、背後からものすごい勢いでなにかが飛びだしてきた。
「!」
よけた時に、わずかに目の端に映ったのは漆黒の鋭利な爪だ。形はきれいな三日月型で、本物のナイフと変わらぬ大きさである。そんな爪の凶器が、俺の体の脇の肉をえぐらんばかりの殺気をまとってかすめていった。
「んなに、ぼやっとしているの! 早く立ち上がってッ!」
言われなくとも!
と、跳んだあとに地面に転がっていた俺は、即座に身を起こした。土まみれの体を立ち上げつつ首を少し横に傾ければ、いつの間にやら妖精がちゃっかり肩先にとまっていた。
「まったくもう、人間ってのは。図体ばかりが大きくて、動きがとろいんだから」
「あのな、こっちは荷物持ちなの。ていうか……そもそも、おまえがしぶっとく追いまわしてくれたおかげで、もうまともな体力が残ってないんだよ!」
「ごちゃごちゃ、うるさい! アタシだって、あんたのせいで飛んで逃げる元気もないんだから!」
俺が文句を言えば、向こうも負けじと声を荒げる。
ほんっとうに、かわいげの欠片もないやつだ。
「とにかく! あんたはとっとと、この場から逃げるの!」
ほら見てみなさい。とばかりに、妖精は向こうを指さしながら、腕をブンブン縦に振った。
妖精の示す指先には、一匹の獣がこちらをにらんでいた。
グルル……と、噛まれたら痛そうな牙をむき出して、獣はうなる。灰色の毛の狼であった。狼は地面をかいて、さっき俺に襲いかかってきた鋭利な爪を念入りに研いでいる。
「ウッズウルフっていうの。この森を縄張りにする魔モノの一種よ。人間は魔モノのこと知ってる?」
「もちろん。人間の飼う家畜や野生の動物と比べて、極めて凶暴かつ厄介な生きもの――。
ほとんど人間に退治されて、いまや見かけるほうがめずらしいんだが……へぇ、やっぱりこういう所に生き残っているのか」
その
とにかく、相手を刺激しないよう気をつけて、腰に下げていた木こりの斧にそろそろと手を伸ばす。四つ足の獣はスピードがある。特段大きさのないからといって、油断は禁物だ。
「一難去って、また一難ってやつか。だが一匹なら、まだ残った体力で倒せ――」
「おバカ」
ぎゅむッ。肩に止まっていた妖精に、耳を引っぱられた。
「いった! なにするんだよ、おまえ」
「アタシの言ったこと、もう忘れたの? ここは全力疾走、逃げるが勝ちよ」
「俺は冒険者だぞ? 魔モノ退治だって、仕事の……うち……で……」
俺は最後まで言いきることができなかった。
なぜならば――あっちからガサリ、こっちからガサリと、ウッズウルフがまた数匹追加でご登場したからである。
「…………」
正面だけで三匹はいる。さらに俺の背後あたりでほかの数匹が茂みに潜んでいることが、うっすら気配でわかった。
「ね?」
「うん」
俺と妖精は――逃げ出した。
森の狼こと、ウッズウルフの群れに襲われた。
足が速く、賢いチームプレーを仕掛ける魔モノたちにどうやって逃げ延びることができたのか……のちに時間が経っても思い出せないほど、死ぬ気で森のなかを走りまわる俺であった。
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