出会いは突然に Ⅲ
「いたたた……」
説得は失敗。顔面で小枝を受け止めるはめになった。言うまでもなく、小さな妖精はご立腹のままである。
ヒュンと風を切って、妖精は再び俺の前に飛んできた。クルクルと俺のまわりを
「な、なんだ?」
困惑する俺に、妖精はフムフムとひとりうなずいた。
「あんた、本当に人間で間違いないのね?」
「そうだけど……?」
「仲間は?」
突然たずねられて、俺は「仲間?」と聞き返した。
「人間って、いっぱい数がいるんでしょ? あんたのほかに誰もいないの?」
「……ああ、そういうこと。そりゃまぁ、森の外の――村や町とかに行けば、人はたくさんいるさ。ただ、そういう人たちのことをかならずしも仲間とは言わないけれど。
いま、ここにいるのは俺一人だけ」
ふーん、一人か。と妖精はつぶやきながら、まだ俺のまわりを二周三周と旋回し続ける。
その動きを、俺も首を動かして目で追いかけていたけれど、いいかげん疲れてきた。妖精にはちょっと悪いけれど、倒れた木に腰かけて休ませてもらう。
お互いに、第一印象はよくないとは思う。
それでも、俺は顔には出さないがうれしかった。この不思議な生きものに遭遇できたこと、多少なり会話が続いて交流できたことに。
もしかしたら、とてつもない大発見かもしれない。そう考えると、俺はもう少し妖精の興味を引いてみようと試みた。
「俺は……ノシュア。さすらいの冒険者をやっている」
「ノシュア、さすらいの、冒険者……?」
妖精はようやく旋回を止めた。正面に向き合い、小首を傾げる彼女に俺はうんとうなずく。
「そう、冒険者。遠い所から、ずっと旅をしているんだ」
そう言って、俺はすっと片手を持ち上げる。小鳥じゃあるまいしとは思ったけれど、妖精がこの手にとまってくれるんじゃないかと、なんとなしに期待した。
でもやっぱり、妖精はグローブをはめた手には目もくれない。それどころかなにやら、そわそわした様子で彼女は辺りを見まわしていた。
「……本当に、あんた一人だけなの?」
「?」
声を低め、慎重な様子でたずねてくる妖精に、俺はきょとんとしながらも正直に首を縦に振った。
だのに、妖精はまだしつこく「ウソついてないでしょうね」と念を押してまで確認してくる。仲間がいないだの、一人きりだのと、ちょっとばかし鼻につく質問の数々に、さすがの俺もむっと顔をしかめた。
「ああ、そうだよ。お一人様だよ、なんか悪いか?」
「ふーん……」
「…………」
深緑色の瞳が、じっと見つめてくる。
沈黙が流れるさなか、すずしい秋風が周辺の木々の枝を揺らした。カサカサと乾いた音が耳に残る。
丸っこい頭が、こくりと前に傾いた。なにかうなずいた妖精がぽつりと――短い言葉をこぼした。
「勝てる」
「はい?」
思わず、俺は聞き返してしまった。
そんな俺に、妖精はふっと不敵な笑みを浮かべる。それから、びしりと人の顔に向けて無作法に指を突きつけた。
「あんたになら、勝てる!」
高らかに、彼女は
「勝てる……って、いったいなんの話だよ?」
「だから、アタシの力でも十分に倒すことができるって言ってるのよ」
「君が? ……誰を?」
「あ・ん・た」
俺を?
と、俺が自分を指さして妖精にたずねると、妖精はニコニコとうなずいた。
「あんた、人間のわりには見るからに弱っちそうだし。おまけにお仲間はだーれもいない、一人っきり。
これを『飛んで火に入る秋のカブト虫』って呼ばずになんて言うのよ」
「はぁ……?」
突拍子もないことを言い出した妖精は、けげんな顔の俺なんて置き去りにしてひとり早口にまくし立てた。
「いまのいままで、里のみんなは人間のことを怖がっていたけれど……ふふっ、なによ。実際に会ってみれば、なーんてことないじゃない。
こんなポケーっとしたやつなら、アタシの得意技で一発KO間違いなしだわ!」
ま、アタシはそもそも、人間なんてちっとも恐れてなかったんだけどね。
と、彼女は得意げにアッハッハと大きな声で笑った。
「…………」
そんな明後日の方向を向いて、すっかり気をゆるめている妖精を捕まえることは――当然、
俺はさっと頭につけているバンダナを外して、それを一枚の布に広げる。あとは静かに背中を向けている妖精に腕を伸ばして、手早く包み込んでやればよかった。
「!」
「よし、うまくいった」
妖精を捕まえるのに、時間は三秒もかからなかった。
包んだ布で袋をつくり、逃げないように口をキュッと縛っておく。できあがった妖精入りの包みを片手に、俺は立ち上がると枝木を積んだ背負子を装着しはじめる。
「木こりのおじいさんに見せてやろう。森の奥に妖精がいたなんて知ったら、きっとすごく驚くだろうなぁ」
今日はこのまま、木こりの小屋に戻ることにしよう。良質な木材の場所とたくさんの枝木、それから珍しい土産一つ
「ちょっと! あんた、なにしてくれてんのッ!」
少し遅れて、片手に引っ提げた包みのなかで妖精が暴れだした。早く出しなさいと、くぐもった声が聞こえてくるので「ちょっとだけ
「なーに、悪いようにはしないさ。ただ、世話になった人に見せるだけだから」
おとなしくしててくれよ。
と、暴れる包みを指で突いて、俺は笑った。
もちろん、少しだけ見せたら、そのあとはちゃんと森に逃がしてやるつもりだった。でも当然、妖精は俺の言葉を信じない。あらん限りの力で暴れて、
とはいえ、たかだかお人形サイズの妖精と、その倍以上も体が大きい人間とでは力の差が明らかだ。まだ十代の若造の俺とてそれはおなじことで、いくら袋のなかで暴れてもなんの抵抗にもなっていなかった。
(じたばたしても、
妖精というのは、こうも負けん気の強いやつばかりなのだろうか。俺はいま一度、妖精が逃げないよう縛った包みの口をぎゅっと握りしめた。
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