キャロットウォー

三夏ふみ

ログ1

 地下数十メートルで、リックは耳を澄ませていた。


 ディグカーゴの天井に小さく響く爆撃の振動で、薄っすらと埃がリックの搭乗する外骨格型機動兵器『ソル』に振り落ちる。アイスクリーンにコールサイル、コマンドのラルからだ。


「あまり感度を上げすぎるなよルーキー」


ジェスチャーで、頭部センサーを軽く3回、マニュピレーターで叩くソルが、スクリーンに映る。


「各機、ファイナルチェック」

「コピー」

「コピー」


「コピー」


エドとティムからのコールバックに少し遅れて応答する。シグナルはグリーンからレッドへ、視界の左隅でカウントがスタートし、振動が横から縦に変わる。急浮上していくディグカーゴ。雑音が鳴り響く沈黙の中、リックは高鳴る鼓動を押さえるように、大きく息を吐いた。




 ひときわ大きく揺れハッチが開く。エドとリックが素早く左右に展開し安全圏を確保していく、少し後からラル、さらにその後方でティムがスキャンを走らせる。あちらこちらで黒煙を立ち昇らせ横たわる、自律型四足歩行兵器『ヨツアシ』。リックは喉の乾きを覚えながら、その鉄屑の山を縫うように前進する。


 索敵範囲にレッドマークがヒット、と同時に金属音が弾け飛ぶ。


「やろぉ!相変わらず硬いじゃねぇか」


振り向くと、エドのリニア式多銃身機銃たじゅうしんきじゅうからポップコーンのように薬莢やっきょが宙を舞い、目の前の背景にノイズが入る。


「ハサミツキか……リック、エドの援護だ」


通称ハサミツキと呼ばれる新型のヨツアシに攻撃が集中する、が、盾にしているカニのハサミを模したアームは、派手に火花を飛び散らせるだけで、高速徹甲弾でもびくともしない。


 ティムが放ったチャフグレネードで一時的に足止め出来たものの、徐々に詰め寄られていく。するとラルの機体が高機動モードで側面から躊躇ちゅうちょなくハサミツキの下部に滑り込む。刹那の閃光、光と音がほとばしり、巨体が膝から崩れ落ちる。激しかった銃撃戦の余韻を残す沈黙、リックは思わず息を飲む。


「ティム、リスキャン」


舞い上がる土煙の中からラルの指示が飛ぶ。


「コピー。トライ……オールグリーン」


左端のカウントが、残り0.34で停止する。




 3船のグランドシップが到着して、バックアップ部隊が前線を確保していく。それと引き換えにラル隊はシップに帰還する。クロウズ数名が洗浄のため、収容されたソルの周りに集まってくる。その先に2足歩行で近寄るウサギの姿がアイスクリーンに映り、リックは小さく安堵のため息をつく。


 洗浄作業が終わり機体チェックが始まると、ようやく鉄の操り人形から開放されたリックが、リンクギアを頭から脱ぐ、その頭部にはやはり長い耳がある。


「冴えない顔ね」

「そうかな?」


ドリンクをくれたベレッタに礼を言い、口に含む。


「ええ、ビグロム教官の顔より酷いわよ。らしくないじゃない」

「いや。あの人達と一緒だと、自分が役に立ててるのか分からなくなって」

「何言ってるのよ。私たちロットの英雄が」


よしてくれとばかりにかぶりを振るリックを見つめるベレッタ。その瞳には、言葉とは裏腹に心配の色が見え隠れする。


「あなたは良くやってるわよ。それに……」


ソルに接続した端末でログをコピーしながら、先に機体から降りた先輩達を見つめるリックの視線を追い、


「いつでも帰ってくるじゃない、私たちの元に。でしょ?」


そっと肩に触れ微笑む。その笑顔に曖昧な笑顔で返事をする。


 サブモニターに通知が入り目をやると、忙しなく戦場の後片付けが続く船外が映っている。遠ざかっていくそれを見つめるリックの耳には、ベレッタの楽しそうな鼻歌が流れていた。

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