《3100文字の超短編》化け物
三愛紫月
それは、僕を食らう化け物になった。【己の過剰な偏愛】
僕は、何になりたいのだろうか?
それは、きっと称賛されてる君になりたい。
僕は、何になりたいのだろうか?
それは、誰とでも仲良くなれる君になりたい。
僕は、何になりたいのだろうか?
それは、認められてる君になりたい。
僕は……。
僕の名前は、
僕には、友達がいない。
そんな僕に家族が、SNSをやってみたらと提案してきたのは三ヶ月前の出来事だった。
一人でも、フォローしてくれる人がいればラッキーぐらいの気持ちで始めたSNSは、みるみるうちに人数が増えてあっという間に300人を越した。
そこから、僕の苦しみが生まれるなどと夢にも思ってもみなかった。
「郁斗、スマホ見てないでご飯食べなさい」
「はい」
僕は、朝から母に起こられていた。
「高校に行ったら、バイトするの?」
「うん」
僕は、ご飯を食べながら頷いていた。
「中学生活も、もう終わりだもんね」
「そうだね」
そんな風に話ながらも、脳内はSNSの事でいっぱいだった。
「ひじきも食べてよ」
「うん」
「冬休みだからって、ダラダラしないでよ」
「うん」
僕は、そう言ってから駆け込むようにご飯を食べ終わった。
「ご馳走さまでした」
「はい。どっか行くの?」
「うん」
いいことを思いついた僕は、滑るように二階に駆け上がると急いでコートと鞄を取った。
一階のダイニングで、スマホを取って鞄にいれる。
「マフラーと手袋。玄関にあるからちゃんとしていきなさいよ」
「わかってるって」
「後、帰りに牛乳買ってきて。お金は……」
「いいよ、まだお小遣いあるから後で……。じゃあ、行ってきまーーす」
僕は、そう言って家を飛び出した。
やってきたのは、近所の公園だ。
この公園で何をするかと言うと……。
そういわゆる映え写真ってやつを撮ろうと思うのだ。
パシャ、パシャと写真を撮っていく。
僕は、フォルダーに収まった写真を見つめる。
何か、これいい。
僕は、その写真をSNSに載せる。
ハートマークが、みるみる間に増えていった。
おお!楽しいかも……。
気づけば、僕はこのハートマークの虜になっていた。
何気ない一枚を撮ってはあげる。
思い付いた言葉があったらあげる。
フォロワーの数は、500人になった。
そんな日々を繰り返しながら、僕は幸せな毎日を送っていた。
ハートの数だけ愛されてる気がした。
ハートの数だけ必要とされてる気がした。
ハートの数だけ……。
「おめでとう」
中学を卒業した。
「ありがとう」
いつも僕にそう言ってくれるのは、両親だけだ。
「高校でも頑張るのよ」
「うん」
高校にあがるまでの数ヶ月……
僕は何をしよう。
そしたら、真っ先に浮かんできたのはSNSだった。
僕が、卒業したと話すとフォロワーさんからおめでとうやハートマークが届いた。
でも、フォロワーの人数に比べて圧倒的に数は少なかった。
ハートマークは、必要とされてる事だと思っていた。
ハートマークは、愛されている事だと思っていた。
僕の中に何かが生まれるのを感じた。
それは、僕を大きな口で今にも飲み込もうとしている。
これが、俗にいう承認欲求ってやつなのだろうか?
違う、違う。
僕は、一人でもいいからって始めたんだ。
違う、違う。
僕は、自分が楽しむ為に始めたんだ。
違う、違う。
僕は……。
そして、満たされない気持ちが
ハートマークがもっと欲しい。
嫌、認められたい。
嫌、愛されたい。
嫌、必要とされたい。
化け物は、日に日に僕を飲み込む為に大きくなっていく。
満たされない
満たされない
満たされない
満たされない
満たされない
家族の愛が小さくなっていくのを感じる。
どうしてだろう?
始める前より
始めた頃より
今が一番不幸せだ。
もっと、豊かになると思っていた
もっと、仲間が出来ると思っていた
もっと、僕を知りたい人がいるって信じていた。
こんな無機質で小さな世界に住んでいるくせに……。
お前は、僕より……。
死にたい。
消えたい。
生きたくない。
思ってもいない事が、頭をループし始める。
会った事もない
このまま流されてしまおう。
いっその事、僕は……。
このまま……。
ピロロン
【素敵な写真ですね!】
僕の投稿に初めてコメントがやってきた。
【ありがとうございます】
僕は、すぐに返信をした。
飲み込まれそうになっていた僕を止めてくれた。
死ぬな!
生きろ!
なんて言葉よりも、凄く嬉しい言葉だった。
昔、僕が死のうと思った時に、「母さんの為に生きて」と言われた。
何故、僕は母さんの為に生きなくちゃいけないのかと思った。
それは、傲慢ではないかと思った。
自分の為に死ぬなという
必要にされてるからいいじゃないと思うかも知れないけれど……。
これは、自分が生きる為に必要なだけだ。
僕が生きる事を願っているわけじゃない。
だけど、父さんは僕にこう言った。
「死にたいなら止めはしない。だけど、本当に無理だと思う日が来るまで生きてみてはどうだろう?」
父さんは僕を本当に愛してると思った。
愛してるからこそ、僕の痛みや苦しみを理解したのだと思った。
だから、死にたいという僕の気持ちを尊重してくれたのだ。
生きる事も死ぬ事も、僕、個人が選択する事だと言ってくれたのだ。
僕は、それから死にたくなると考えた。
本当に、もう無理なのか?って……。
絶望が襲ってきても
悲しみが襲ってきても
寂しさが襲ってきても
苦しみが襲ってきても
痛みが襲ってきても
来る日も来る日も僕は、自分に問いかけた。
本当にもう無理なのかって……。
そしたら、【死にたい】などと簡単に口に出来なくなった。
僕が【死にたい】と口に出すのは、もう無理な時だ。
どんなに頑張っても
どんなに進んでも
どんなに悩んでも
もう二度とその地の底から這い上がる事が出来ない時だ。
そう思っていたのに……。
化け物は、簡単に【死にたい】と思わせた。
そして、僕の思考を停止させた。
この無機質なモンスターめ……。
僕は、そう思ってSNSを見つめる。
必要なのは、こいつとうまく付き合う事だ。
必要なのは、自分と向き合ってくれてる存在を大切にする事だ。
フォロワーの数じゃない。
少なくても、僕にハートマークをくれた君だ。
初めてコメントをくれた君だ。
僕を救ってくれた君だ。
僕は、スマホを置いて部屋を出た。
「お茶飲む?」
キッチンで、三時のおやつを用意してる母が僕にそう言った。
「うん、飲む」
「じゃあ、いれるね」
「うん」
もう、化け物に飲み込まれはしない。
僕は、僕の答えを見つけたから……。
だって、僕は有名人じゃないんだ。
沢山の人に愛される必要なんてない
沢山の人にハートマークをもらう必要なんてない
僕は僕という人間を理解してくれる人と繋がりたかっただけなんだ。
そんな気持ちを忘れていた。
「スッキリした顔してない?」
「そうかな?」
「そうよ」
母は、そう言って笑いながらお茶を差し出してくれた。
無機質で小さな世界に住んでいる化け物は、大きい僕を喰らおうとした。
そして、僕の中に一滴の黒を落とした。
その黒は波紋のように広がり
大きな渦になって僕を
化け物の口に
誘おうとした。
だけど、僕は化け物に飲み込まれはしなかった。
それは、あのコメントのお陰で
僕は、初心を思い出した
どうして、始めたのか……
どうして、続けたのか……
それを思い出させてくれた。
それでも、この先も
化け物は、僕の心を蝕むだろう
そして、何度も飲み込もうとするだろう……
でも……
その度に、誰かがこうやって
僕を連れ戻してくれるから……。
だから、僕はやっぱり続けるよ!
何度、化け物に飲み込まれそうになったって構わない
それは、僕が愛されたい気持ち
それは、僕が必要とされたい気持ち
それは、僕が……。
《3100文字の超短編》化け物 三愛紫月 @shizuki-r
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