僕は君が好きだった。
Nekome
第1話
僕は、生まれたときから不治の病を抱えていた。病の詳細については長くなるので割愛するが、とにかく、治療法がない病を抱えていた。
「死ぬまで、私と居てくれない?」
高校生のとき、そう言ってくれたのは同級生の優希だった。その頃年々酷くなっていく病に、闘病生活に疲れ切っていた僕にとって、その言葉は救いだった。
「好きだから、一緒に居たいの。だめ?」
薬の影響によって痩せた体に覚束ない足取り、僕にわざわざ近寄ってくる人だなんていなかった。僕は短い人生。一生孤独に生きていくんだと思っていたから、本当に嬉しかった。
交際は順調に進んだ。優希とちゃんとしたデートをすることは叶わなかったけれど、優希はそれでも良いと言ってくれた。DVDを借りて、家で一緒に見るぐらいの、そんな軽いもので良いと言ってくれた。優希は本当に素敵な人だった。喧嘩をすることもあったけれど、優希が悪いときは一度だって無かった。
「結婚してください」
大学を卒業し、優希が就職してから二年目で、そんなことを言われた。最初僕は断った。僕と結婚しても良いことだなんて無いし、迷惑をかけるだけだと思ったからだ。でも、優希はそれでも良いと言った。
それでも良いと言ってくれた。
泣きじゃくる僕のそばで、改めて、よろしくお願いします。だなんてかしこまった挨拶をする優希。天使のように思えた。
天使だった。神様だった。愛していた。だのに、だのに、優希は、事故に遭った。
結婚届を市役所に提出する前日。優希は信号無視をしたトラックによって跳ねられた。死にはしなかった。でも、一番最悪なことが起きた。
頭を強く打ったせいで、記憶障害になってしまったのだ。まるで、赤子のような仕草になって、言葉を紡がなくなった。
優希は、消えてしまった。優希の皮を被った何かが、生きていて、お菓子を食べて、笑っていた。優希の実家に会いに行く度、なんど殺そうと思ったかわからなかった。僕を見つめる優しい瞳が無くなっただなんて、信じたくなかった。
消えた。婚約は破棄した。当たり前だ。相手が死んでしまったのだから。
僕の病状は急速に悪化していった。すぐに入院することになって、寝たきりになった。もう、生きる活力がわかなかった。沢山の管につながれ、生かされていた。
母に何かしてほしいことはあるかと聞かれ、僕は、優希と会いたいと言った。
そして、今。
優希が目の前に居た。覚束ない足で、うーだのあーだの言って歩く赤子。優希と瓜二つの人が、目の前に居た。
これは、優希じゃない。笑い方も息の仕方も視線の仕方も、何もかも違う。呼ばなければ良かったと、後悔し始めた。やっぱり、全然違う。
今にも死にそうな僕の顔を優希はいぶかしげに見つめる。
僕の顔を見つめる。僕の顔を覗き込む。
そして、そして。乱暴に、優希は僕の額にキスを落とした。
「うー、あー」
死ぬ前の幻覚だろう。優希が、昔のように、笑ったような気がした。
涙が、流れる。
悲しいのか、嬉しいのか、空しいのか。わからないけれど、涙が出てくる。枕元が、大粒の涙でぐしょぬれになった。優希は僕の頭をまるでおもちゃのように扱って、撫でる。
悲しかった。辛かった。嬉しかった。楽しかった。
「ありがとう」
消えてしまった優希に思いを寄せて、呟いた。
「ばいばい」
そう聞こえたような気がするのは、僕の都合の良い幻聴だろうか。
僕は君が好きだった。 Nekome @Nekome202113
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