第18話 飛んで火に入るなんとやら


ごーりごーりごーり、と。


ひたすら部屋に響いている異音は、もちろん私が元凶である。

手にしているのは使い慣れた擂り粉木だ。

しっとりした木の質感が、良い感じに手に馴染んでいる。

ころんとした乳白色のすり鉢も片手で持つには丁度良いサイズで、さすが目利きのエブリンが選んでくれただけはある。


「三千世界の〜鴉を殺し〜ぬしと朝寝が~してみたい~♪」


擂り粉木の音をバックに、幕末の志士が歌ったという情歌を適当なリズムで口にする。

日も暮れた厨房内が最近の定位置となり、私は石で囲まれ声が反響しやすいこの場所をカラオケ代わりに使っていた。

ここだと良い感じにエコーがかかるのだ。お風呂で歌うと上手く聞こえるというあの原理である。


まあ、別に私と朝まで寝たところで、鴉は一匹たりとも死なないけれど。

何しろ誰とも約束も経験も無いもので。


「お嬢様、ヴィオランシアの花こちらに置いておきます」


「ありがとうエブリン。後はこのムニの実を潰して、一緒に煮込んで抽出ね」


籠に入れてあるブルーベリーに似た実を一掴みし、すり鉢に入れてぐしゃりと潰す。

紫色の果汁が飛び散って頬についたが、気にせず作業を続ける。


とにかく擂り粉木で潰していく。

一つ潰しては二つ潰し、三つ目を潰す。とにかく潰す。


「お嬢様、お顔が大事故を起こしております。お控え下さいませ」


「うふふ。そんなことないわよエブリンったら」


横で理科の実験で使いそうな抽出器を準備しているエブリンに、まあやだわと笑って返すがとても残念な顔をされてしまった。何故でしょうか。

こめかみに青筋浮いてるからですか。そうですか。


イライラしてるのかって? いえ切れてませんよ?

ほら笑顔だって作れますよ切れてない。


ただ単に、ここまでしないといけない自分の魅力の無さがほんの少し、いえかなり悲しいだけですよ。


理由はやはり先日、夫クラッド様が連日泊まり込みの(むしろほぼそっちがメインハウスじゃなかろうかという)商会事務所に突撃した日の事です。


マダム・アマゾアナ渾身の作となった私の着飾り姿を見たクラッド様は、少々妙な言動を見せたものの、その後は至って普通ーーーどころか淡々と、普段と変わらない微笑で「とても似合っているよ」と言ってのけてくれたのです。


ええそれはもう。

本っ当に普段通りに! 見とれるなんて事も一切無くっ!

あれだけ頑張ったメイクもドレスも! 

社交辞令のお言葉のみいただきましたよ!


正直、いえかなり切なかったです。はい。

独りよがりなのは自分でもわかっているんです。理解もできています。

けれど、その後視線すら合わせてくれないクラッド様には僅かばかりショックを受けました。


なんとなくですが、興味無し、どころか好みじゃ無かったようで。

土台が土台なので仕方がないとは思いつつ、マダム・アマゾアナはもちろん、頑張ってくれた巻きゴテ嬢さん達やエブリンにもなんだか申し訳なかったです。

私自身は大満足どころかお姫様気分でしたけど……。


あれでしょうか。クラッド様はメイクが濃い女性はあまり好みじゃないんでしょうか。

そこは日本男子と共通しているんでしょうか。


「お嬢様。それ以上力を込めますと擂り粉木が折れますので。ほどほどになさって下さい」


「あ、ごめんなさいエブリン」


抽出機材で蒸留水を作ってくれているエブリンに言われ、ついやさぐれてへし折りそうになっていた擂り粉木から手を離す。

見れば、すり鉢の中は良い感じにぐっちゃぐちゃになっていた。

それを網でこし、純粋な液だけを取り出す。

別に作っておいた精油と合わせ、エブリンが用意してくれた無水アルコールに混ぜてからなじませる。


硝子の機材やらビーカーやらと、どこからどう見ても○んじろう先生(理科の実験)にしか思えないが、これはれっきとした『フェロモン香水』の精製作業である。

もちろん何らやましいことはない。

現代日本にだってフェロモン香水を普段使いにしてるレディもきっといるはず。

……たぶん。恐らく。


「揮発性が高く持続性はありませんが、中々華やかで良い香りですね」


「本当ね。普通に香水に見えるけれど、これ本当に効くのかしら? 私が嗅いでも何ともないのだけど」


「お嬢様も一応は女性ですし。男性にしか効果は無いとされておりますのでそのせいでしょう」


「何か引っかかる言い方だけど……まあいいわ。ひとまず首筋と、手首と……」


「あまりつけ過ぎると下品になりますので。ほのかに香る程度になさってください」


「このくらい?」


「そうですね。あとは獲物をどうおびき出すかですが……あら」


普段は線になっている糸目を、すうっと妖しく開いたエブリンがふと調理場の窓を見上げた。私もつられて同じ方向に目を向ける。

すると、星の瞬く夜空から鳥の羽音が近付いてきているのがわかる。


どうやらこんな夜に『使い鳥』がやってきたらしい。


「ほほ、ここ最近は『飛んで火に入るなんとやら』が多いですわね」


窓の向こうを見つめたまま、エブリンが呟く。

言葉は私が教えたものだったけれど、イマイチ意図するところがわからなくて首を傾げた。


「きっと、今夜これから旦那様が屋敷に戻るという知らせですよ」


「そうなの?」


「はい。さてそれではお迎えの準備をせねば。リイナ様は手紙を受け取っておいてください。あと後片付けもお忘れなく」


そう言ってから、なぜかエブリンは満面の笑みの後に滅多と開けない糸目を薄く開け、調理場を出て行ってしまった。


ってあら。もしかして抽出器とかも全部私が片付けるの? これ洗うのめちゃめちゃ大変なのに? 


と一瞬思わないでも無かったが、手伝って貰った側としては致し方なく、ついでに言えば、夜の調理場で見る彼女はさながら闇の女王の如く迫力があった。

しかも台詞の最後に薄目を開けたせいか、彼女が持つ神秘的なブルーサファイアの瞳がきらりと輝き、月光が同じ色の髪に反射していました。

肌も褐色なせいか、これで耳が尖っていたらダークエルフにしか見えない。時々人外めいた気配を放つ彼女だからなおさら。


しかし彼女の母であるエディナ=エルダーは正真正銘人間なので、そこは疑いようがない。まあ、何が混ざってようが彼女は彼女なので特に気にはならないけれど。


それはさておき、使い鳥が届けてくれた手紙は、確かに帰宅の知らせでございました。

エブリン―――流石です。

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