あなたの声、高く買います。
くまべっち
1
——今日は、お時間をいただきまして、ありがとうございます。
「ああ、いえいえ。気にしないで。ここでいいですか?」
——はい、そちらのソファで、くつろいでいただければ。何か飲みますか? コーヒー?
「できれば、紅茶の方が。ありますか?」
——持ってきてます。
「へえ! ちゃんと真空断熱タイプの水筒に。淹れてきてくれたんですか?」
——紅茶、お好きだと伺っていたので。
「さすがですね。インタビュアーの鑑だ。それで、何を聞きたいんですか?」
——そうですね、成功の秘訣、なんてところですが。
「ホントにそれでいいの?」
——ええ。おかしいですか? 一応、タイトルとして、『世界才能潮流』という大仰な物があるので、成功者としてのお話などを伺うのが、基本になります。
「本当は、もっと他に聞きたいことがあるんじゃないですか?」
——と、いいますと?
「僕から言わせるのは卑怯だな。このままだと、ただのありきたりな話になってしまいますよ?」
——そうですね。確かに。
「僕としては、もちろんそれでもかまいませんが」
——実は、社としては、それでいいと言われています。というよりも、正直申し上げて、人気のある方の記事でありさえすれば、昨今、内容は問われませんので。
「ある意味で正しいですね」
——雑誌も売れてなんぼですから。特にインタビュー記事は、内容よりも、誰が、という点だけが一人歩きする物です。
「それもまた真実、なんですかね?」
——真実ですか?
「違いますか? ジャーナリズムとは、真実を写すものだと思っていましたが」
——そんな青臭いことを考えていた時期もありました。
「失礼ですが、この職業はどれほど?」
——4年です。
「あー。自分の仕事がなんなのか、分からなくなる時期ですよね」
——言われたことをこなすのが仕事だと割り切れば、定額収入が来る給料日を目当てに生きられて、そう悪くもないですよ。
「心にもないことを」
——ですね。できれば、仕事ではなく、私個人としては、お伺いしたいことはあります。
「といいますと?」
——ご気分を害されるかも知れませんが……
「それが分かってるから、始めから、一対一のインタビューにしたんでしょう? カメラマンも連れず、紅茶まで用意して」
——ご理解いただいているのであれば。よろしいですか?
「どうぞ」
——私が聞きたいのは、あなたが声を売った経緯について、です。
「面白いことを言う人だ。声を売った?」
——業界でも、これを知っているもしくは、そう信じている人は、少数派だと思います。ですが——
「あなたは、それを知っているし、信じている?」
——……はい。
「なるほど。僕も噂は耳に入れています。荒唐無稽な話ですが……そのことについて聞きたいと?」
——そうです。
「目」
——は?
「あなたのその目。キレイですね。しかも、とても真剣だ。僕を馬鹿にしたり、からかったりしているわけではない様ですね」
——もちろんです。
「いや、ごめんなさい。近頃は、何かにつけて人を疑うクセが付いてしまって。よくないね」
——無理もありません。人気者の宿命という奴です。
「人気者ねえ」
——言葉が悪ければ、有名人とか、著名人とか、どれでも言葉は違えど、意味は似たり寄ったりですが。
「ぶっちゃけますね。面白い」
——恐縮です。
「じゃあ、その方向で話をしてみましょうか」
——ただ、一つ問題が。
「何か?」
——うちの編集長は、とても保守的な人ですので、あまりぶっ飛んでる記事だと、内容によっては、ボツになるかも知れません。その場合……
「なるほど。通常の内容のインタビューもあった方がいいと言うことですね」
——はい。
「いいですよ。じゃあ、使えそうになければ、ちゃんと話し直してもいいし、また後日でもいいし」
——恐縮です。
「どうします? もう始めます?」
——まずは、せっかくなので、紅茶をどうぞ。冷めないうちに。
「ありがとうございます。ん。いい香りだ。ダージリンですか?」
——F&Mの。
「すごい。高級品だ」
——気に入っていただけたのであれば、がんばって淹れてきた甲斐があります。
「じゃあ、何でも聞いてください。紅茶のお礼もかねてお答えします」
——では、録音を開始します。まずは——
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