私に恋をしてくれますか

ふじ ゆきと

第1話 イタリアンっぽいレストラン

「高塚さんは、何にしますか?」

「私はカルボナーラで」

「ドリンクセットは付けますか?」

「じゃあ、ドリンクセットにしようかな」

 私の向かいに座っているこの男性は同じ会社の後輩、藤崎君。後輩と言っても私は短大卒で彼は大卒だから、歳は同じだ。

 私は営業管理部だけど彼は商品企画部。仕事の事で時々話をしたことはあるが、プライベートな話をしたことなんて無い。

 夕方、突然彼が、

「今日は定時退社日だから、よかったら食事でも行きませんか?」

 と、私を誘ってきた。あまりの不自然さに驚くと言うより、そんな不自然な誘い方をいきなりしてきた勇気に感心してしまった。

 早く帰ったところでスーパーでお惣菜そうざいを買って、家で一合のご飯を炊いて、録画したドラマを観ながら食べるだけ。それに私も来月には三十一歳になる。食事に誘われて「何でだろう~?」なんて思う歳でもない。彼が私に興味を持っていることぐらいは分かる。

 問題はどういう興味を持っているかだ……。


 という事で、とりあえずお誘いに乗った。

 どんなお店に連れて行かれるのだろうかと少し心配はしていたが、彼が連れてきてくれたのはイタリアンのお店、と言うよりパスタとピザ専門のどちらかというとファミリーレストランっぽいお店。

 あ~、良かった。これなら食事をして「じゃあ、お疲れ様でした」で終われる雰囲気だ。いきなり高級レストランとか予約されて、外堀そとぼりを固められたら面倒だと思っていたから、ちょっと気が楽だ。

「ご注文はお決まりですか?」

「あっ、はい。カルボナーラ一つと、ベーコンとほうれん草のパスタ一つ。どちらもドリンクセットでお願いします」

「パスタのゆで加減のお好みはございますか?」

「ゆ、ゆで加減?」

「はい、パスタの硬さと言いますか……」

「パスタの硬さ、ですか?」

 藤崎君、パスタにゆで加減の選択があることを知らないのかな? 焦ってメニュー見てるよ~。きっとそこには書いてないと思うけど……。それにしても、ここのお店はゆで加減が選べるんだ。

 しょうがない。

「私はアルテンデで」

「えっ、アル、アルテ……?? じゃあ僕も同じで……」

「お飲み物は何になさりますか?」

「私はアップルティー。藤崎君は?」

「ぼ、僕はコーヒーで」

「かしこまりました」

 あ~あ、バツが悪そうに苦笑いしてる。食事に誘ってもらいながら、リードしてしまった。ゴメンね、メンツをつぶしてしまったかな……。


「パスタにも硬さがあるんだ。ラーメンみたいですね」

 その笑顔が痛々しい。うわさでは麺好きだとは聞いてたけど、好きなのはラーメンだけかー。しっかりしろ、商品企画部。前に社内会議でプレゼンをしているところを見たときは、どもることもなく自信に満ちていて、取締役からの質問にもハキハキと即答していたのに、今は注射を打つ前の犬のようにおどおどしている。

 でもそんな彼が私に対してどんな興味を持って食事に誘ったのか、冷静に見極めないと。彼も男だから油断は出来ない。哀れなワンちゃんの瞳には、だまされないわ……。そんな気持ちからか、私もついついサバサバとした話し方になっているかも。

 私も男経験が無いわけではない。女友達に公開している私の個人情報では過去に二人の男性とお付き合いしたことになっている。

 実際は三人だ。しかもお付き合いと言うより、身体からだの関係を持った男が三人、と言うのが正確な情報かな。

 そう聞くと世間様はきっと「軽い女」と言うのだろう。でも私だって言い訳したい。


 最初にお付き合いした、もとい、最初の男とは短大の時。近くの大学の男子達とお食事をしたのがきっかけだった。あー、そうそう、合コン合コン。何とでも言ってください。別に合コンに行きたくて行った訳じゃないけど、結果的に合コンと言うヤツ。その男子はとっても話が面白くて、一生懸命に色んな話しを私にしてくれた。今思えば、一生懸命ではなく必死に口説いていただけだな。そして一生懸命に私を必要としてくれている、ではなく、必死で私を口説いている男子に身を任せ、朝を迎えてしまった。超ベタなパターンだ。いままで男子からこんなに優しく話をされた事なんてなかったから、その時は本気でそこに「恋」があると信じていた。なのに、それっきりその男子とは会っていない。

 これが私の初めての経験……。

 その後しばらくの間、深い後悔と後ろめたい気持ちが私の心にとげのように突き刺さっていた。

 友達が男の話で盛り上がる度に、心のとげが痛んだ。

 でもきっとその男子は一時の満足を得て、何の痛みも感じることなく、楽しく大学生活を送ったのだろう。その男子にどうして欲しかったかは、私もよくはわからない。でも一夜を共にした後に何も連絡が無いままと言うのは辛かった。

 短大を卒業して働き出してから、あの時、私は遊ばれたんだな、と気づいた……。

 もうその男子の顔もよく覚えていない。いま街ですれ違っても、きっとお互い気づかないだろう。


つづく……

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