彼女が歩む道に私はいないけど

一花カナウ・ただふみ

彼女が進む道に私はいないけど

 今日のラッキーアイテムはマフラー。運勢は大吉だそうだ。

 スマホで今日の天気をチェックしながら、私は外に出る。刺すような冷気に、マフラーの位置を変えて顔を覆う。マスク必須の生活に慣れて、口元の暖かさは確保した気になっていたが、ここまで冷えれば話は別だ。


「――おっはよぉ」


 駅に着くまでに小学校からの友人である茉莉奈に声を掛けられた。今日は彼女のほうが家を出るのが遅かったようだ。


「おはよ」

「今日は冷えるねえ」

「冷える冷える。タイツがないと耐えられないよ」

「それがさあ、オキニのタイツ、引っ掛けちゃってさあ。今残ってるの、ないんよぉ」


 言われて茉莉奈の脚を見れば、彼女は素足にソックスだった。見てるほうが寒くなるわ。


「うっわっ。こういう日くらいジャージ穿いて行っても許されるんじゃね?」

「ところが、ジャージも学校でさぁ」


 運がなさすぎるんじゃなかろうか。


「茉莉奈って何座だっけ?」

「あたしは――」


 答えられて、今朝の占いを思い出す。なるほど、大凶だったわ。


「あー、なるぅ」

「なに、どーゆー意味?」

「今日の運勢、最悪だって」

「げぇ」

「ラッキーアイテムは鍋だってよ」

「鍋持って登校しろって?」

「食べるんじゃね?」

「お弁当に鍋はないっしょー」

「たしかにぃ」


 キャッキャと笑い合いながら改札口を抜けて電車に乗り込む。いつもと同じいつもの時間。

 こうやって茉莉奈といっしょに登校するのも、あと一年だ。私は就職を選び、茉莉奈は進学を選んだ。同じ道は行かない。



*****



 抜き打ちの小テスト。冬の大三角を構成する星の名前を答えよだなんて、聞かれてもわからん。

 膨れる私を、茉莉奈は笑った。


「進学組は優秀でございますねえ」


 私が皮肉ると、茉莉奈の表情がさっと曇った。


「それは、違うよ?」

「違わないと思うけど」


 勉強ができないから進学を諦めたわけではない。

 この地域から最も近い大学に通うにも、通学時間が長いために家を出ねばならなくなる。それゆえにお金がたくさん必要で、奨学金を借りるにも要件を満たせそうになくて、私は進学をしないことにした。

 幸い、就職先にはツテがある。縁を頼って就職するのが手っ取り早かった。

 不貞腐れて私が返せば、茉莉奈は私の頬を両手で挟んでむにゅっとした。


「六花ちゃん、進学組だろうと就職組だろうと関係ないんよ」

「私の勉強ができないのは私がバカだからって言いたいん?」

「そうやない。興味があるかないかの違い」

「興味がないわけじゃないんよ。星は好きだもん」


 星の名前よりも星にまつわる逸話のほうが好きというだけのこと。

 小さな頃からそうだった。


「うん。だから、テストができるかできないかなんて、進学組か就職組かには関係ないんよ」


 茉莉奈が何を必死に説得しようとしてきたのか、私にはわからなかった。

 ただ、彼女にとってはそれはとても大事なことらしいことは察せられた。


「……わかった。もう言わん」


 だから、話はそれきりにした。



*****



 その一年後。

 運命は残酷だ。

 命に別状はなかったのは幸いだったけれど、茉莉奈は年末に起きた交通事故に家族ごと巻き込まれて、入試を見送ることになってしまった。

 せめてひと月でも事故が起こるのが遅ければ、彼女ならどこかに進学できただろうに。



 入院中の病院までお見舞いに行って、私は結局声をかけずに立ち去った。

 泣き腫らした目、真っ赤に染まった頬を見て、なんと声をかけたらいいのかわからなかったのだ。

 茉莉奈が悔しがっていたのはわかる。事故の後遺症でやりたいことができなくなったということも誰かから噂で聞いた。

 来年頑張ればいいなんて無責任な励ましが彼女にはツラいだろうことも想像できた。

 だから、私は何も言えない。



*****



 進学組はそれぞれの道を歩んでいく。第一志望に行ける者、なんとか滑り止めに入り込む者、浪人生になることを選んだ者、結局就活を選ぶ者――様々だ。

 就職組は早々に進路を決めて春休みの前から準備が始まる。私は忙しい日々を過ごしていた。


「――六花ちゃん」


 休憩時間。就職先の工場に、茉莉奈が来てくれた。まだ足の怪我の影響は残っているようで、歩き方がぎこちない。


「どうしたん?」

「学校には卒業式まで来ないって聞いたし」

「ああ、うん。覚えることが多いからねえ、早めに慣れておいた方がいいからさあ」


 あまり物覚えはよくないので、毎日必死である。

 苦笑して返せば、茉莉奈も困ったように笑った。


「あたしさあ、引っ越すんよ。卒業式は出られんの。お別れを言いに行かんと、もう会えんし」

「それは急やね」

「あたしもこうだけど、父さんが動けんし、ここじゃ生活できんから、親戚のうちのそばに行くん」


 あの事故で、茉莉奈の父親は働けない体になってしまった。誰かの手助けが必要ではあるが、彼女の家族に支えられるだけの人員はいない。


「そうなん」

「うん」


 気まずい沈黙。

 茉莉奈が先に喋り出した。


「結局はさあ、あたしのうちって、よそものなん。あたしが物心つく前にこっちに引っ越してきて仲良くやってきたけど、仲のいいつもりだっただけなんよ。就職先なんてツテで決まるなんて思ってなかったし、進学は進学で厳しいし、体が不自由になっても福祉は得られないしねえ」


 その言葉に、私は何も答えられない。

 都市部から移住してきた家族であることは知っていた。でも、だからといって何が違うかなんて子どもだった私にはわからなかった。

 住めば都というけれど、問題に直面したら現実は重くのしかかる。


「六花ちゃん、今まで仲良くしてくれてありがとうな。引っ越しても連絡くれたら嬉しいよ」

「茉莉奈とは親友だよ。これからも仲良くするよ。連絡だってするから」

「そっかぁ。あんがとね」


 寒かったからなのか、それとも気持ち的なものなのか、茉莉奈は頬を真っ赤に染めて笑った。

 休み時間が終わることを先輩職員が告げている。そろそろ持ち場に戻らないといけない。


「あたし、行くわ。元気でな」

「うん、茉莉奈も元気でなぁ」


 私たちは別々の道を歩き出す。一年前には考えたこともなかった別離になったけれど。

 私に背を向けて歩き出した茉莉奈が、たくましく見えた。


《終わり》

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