シナリオ通りに動く小物共は退け~ゲーム世界最弱の悪役モブに転生した俺は最強を目指す~

橘奏多

第1話 シナリオなんてぶっ壊してやる

 密閉され、外の光を遮るようにカーテンが閉められた真っ暗な部屋の中。そこには背中を丸めて床に座りながら、テレビに向かって暴言を吐いている者がいた。


「……くそ! この魔王、いくらなんでも強すぎだろ! 誰が勝てんだよ!」


 コントローラーを捨て、小太りした体の持ち主は苛立ちを見せながらも立ち上がる。

 『GAME OVER.』と表示されたテレビを放ったらかし、ベッドに置いてあったスマホを手に取った。そして手馴れた様子でとあるアプリを開き、無言かつ無表情で文章を打ち込んでいく。


『ブレマジの魔王に勝てる奴いんの?

どれだけレベル上げても勝てないし、こんなクソゲー買わない方がよかったわw

買った奴、金と時間の無駄で草』


 そう打ち込み終えると、またしても無言かつ無表情でツイートボタンを押した。用がなくなったスマホの電源を切るとベッドに投げ捨て、彼は元いた場所に戻っていく。


 画面に大きく表示された『GAME OVER.』を見ながら大きく舌打ちし、再びプレイをやり直す。すべてはいつか最終ボスである魔王を倒すため。


 どうしても勝てない相手チートキャラと闘うというのは燃える。彼はテレビに向かって罵詈雑言を浴びせながら、諦めることなくコントローラーを手に取った。

 それはさながら、絶対に魔王を倒すという決意を胸にした勇者のように。



「――夢、か」


 気が付くと、俺は真っ白な天井を見上げていた。身を委ねていたベッドから降り、寝癖を直すべく洗面所へ向かう。


 なんだか、変な夢を見た。夢に出てきたのはこの世界に存在しないはずの物ばかりだったし、話したことも見たこともない他人の人生だったような気がする。


「でもなんで、あの夢を見てんだ……?」


 俺はあの変な夢に出てきた数々の物の名前を知っていた。この世には絶対に存在しないはずのテレビやゲーム、コントローラー、スマホ。そして、【ブレマジ】という単語。すべてを懐かしく思う。


 アクションRPGゲーム【ブレイブ・マジック】。


 これがブレマジの正式名称だ。

 勇者の子孫として生まれた主人公が学園に通い、さまざまな経験を積んで、ラスボスである魔王を討伐するというゲーム。しかしその魔王はチート級の強さで、どんなにレベルを上げても勝つことは不可能に近い。いわゆる、クソゲーだ。

 そんなクソゲーを俺は――――。


「…………っ! 思い、出した」


 洗面所に向かう途中、変な夢について考えていた俺は何もかも思い出し、目を丸くしながらその場に立ち止まる。


 前世の自分がゲーム【ブレイブ・マジック】をやり込み、不撓不屈の精神でチート級の強さである最終ボス、魔王を倒そうとしていたこと。そしてふと気が付くと、姿こと。


「そんで俺の姿は――」


 急いで洗面所に向かい、自分の容姿を確認する。しかし洗面所にある大きな鏡に映ったのは、チート級の強さを誇る魔王ではなく、その魔王に立ち向かう勇者の姿でもない。


 ゲームの世界においてあまり重要な役割ではなく、そんでもって主人公にも魔王にも名前を認知されていなかったであろう少年モブの姿。黒髪で、少し……ほんの少しだけ目つきが悪い、どこにでもいそうな少年モブの姿。


「この顔、相当やり込んでた奴しか覚えてないだろ。絶対」


 名前はルイ・アルデレテ。

 学園に入学した際に、貴族じゃないくせに勇者の子孫として生まれた主人公を憎く思って事ある毎に邪魔してくる悪役。……の隣にいる、ただ名前が付いているだけのような最弱モブキャラ。一応下級貴族男爵家の次男として生まれているが、なんの才能もないただの坊ちゃんだ。


 ルイのことは絶対に【ブレマジ】が好きで、相当やり込んでいる奴でなければ名前は分からないだろう。……いや、それでも怪しいくらいだ。


 このゲームをやったことがある奴に『ルイ・アルデレテというキャラクターを知っているか?』と質問してみる。すると百人に一人どころか、千人に一人しか知らないであろうキャラクター。それがルイだ。


「なんでよりによってルイなんだよ……。こういう異世界転生系だと、主人公とか魔王に転生するのがセオリーだろうが」


 異世界転生をした。そんな現実味のないことに頭を抱えるしかないが、何度目を擦って鏡を確認してもそこにはルイの姿が映っている。


 前世の自分にはあまり未練もないため別にいいのだが、まずはこの現実を受け止めるしかない。やり込んでいたゲーム世界に転生し、その悪役モブであるルイに転生したという事実を変えることはできない。


「ゲームのシナリオだと、ルイは主人公に決闘を挑んだけど力で圧倒されて、すぐ物語ストーリーから消えてくんだよな。ということは、俺もその末路を辿るのか?」


 正確には主人公を邪魔する悪役の奴が決闘を挑んだが負けて、その敵討としてルイも主人公に決闘を挑んだ。そして完膚なきまでにボコボコにされ、アルデレテ家の恥さらしとなったルイは追放された。


 追放された後のことはゲームのストーリーにはなかったが、恐らく路頭に迷い死んでしまっただろう。すなわち、待っているのはだ。


 ――嫌だ。


 バチバチと心の底から深紫の炎が姿を現す。

 たとえ最弱の悪役モブになったとしても、今ここで諦めたくない。ゲームのシナリオ通りに、主人公に無惨にやられたくない。破滅を迎えたくない。だったら俺が今すべきことは、一つしかないだろう。


「…………強く、なるしかない」


 欲を言えば異世界転生するのなら、勇者や魔王のような強キャラに転生したかった。それで可愛い女の子にチヤホヤされたかった。


 ……でも、現実は甘くない。


 今のルイはゲームで見た時の容姿よりも少し若い気がする。ということは、学園に入学するまで時間があるはずだ。


「ゲームの展開シナリオなんて関係ない。強くなって、俺がどんな手を使ってでもぶっ壊してやる」


 この日、そんな決意と共に俺の最弱である人生を変えるべく、修行の日々が始まった。

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