第2話「一家崩壊」

 俺の妹は熱中しやすい性格だ。幼少期から好奇心旺盛おうせいで、とにかく趣味がコロコロと変わるやつだった。半月前は、みょうに迫力のあるハシビロコウのジグゾーパズルを組み立てることに没頭ぼっとうしていた。妹は一人ひとりで1000ピースもするのはくじけそうだと言って、ハシビロコウに何の思い入れもない俺を完成まで付き合わせた。

 そしてこの間から、妹の新たな趣味であるタロット占いに俺は巻き込まれている。


 夕飯の片付けが終わった後、俺はダイニングの椅子いすに座りお茶を飲んでいた。向かいに座る妹はコップ片手にスマホを操作している。俺はお茶をすすりながら「明日あしたも仕事だし、この後風呂に入って、寝て、朝は……」とぼんやり考えていた。

 すると妹が口を開いた。

「そういえばさぁ、わたしが来る前って彼女さんと同棲どうせいしてたんだよね?」

「あぁそうだけど。どうかしたか」

 彼女が仕事の都合で出ていくと決まってぐに、妹がこのアパートの近所の大学に合格。両親が俺と一緒なら安心だと言うので、そうろうとしてむかえ入れることとなった。それからもう数ヶ月がっている。

「お兄ちゃんの彼女さん、どうして逃げていったの?」

 妹は真面目まじめな顔をしているが、十中八九俺をおちょくっている。

「別に逃げたわけじゃない。出張だから 」

「えー、でも帰ってこないんでしょ? 嫌われちゃったんじゃないの?」

「海外への長期出張だから帰ってこれないんだよ」

「それが本当だとしてもヤバくない? 日本人好きの外国人って多いんじゃなかったっけ?」

「……大丈夫だよ」

 妹は「本当に大丈夫?」と心配そうに俺を見つめた。あまり深く考えていなかったが、言われてみれば大丈夫なのか、コレ。

 俺がけんしわを寄せて考え始めた時、妹が「ねぇ、不安になってきた?」と笑いかけてきた。やはり、おちょくっていたようだ。

「お前があおるからだろ」

「じゃあ不安になってきたのね?  OKOK、ちょっと待ってて」

 妹はそう言って自分の部屋へと消えた。特に待つ気のない俺は、シンクに運んだコップを水道水ですすぐ。二つのコップが片付いたころ、妹は再び黒いパーカーを羽織はおって現れた。

「ようこそ、まよえる子羊よ」

 妹は今回も雑なコスプレで占い師になりきっている。

「『ようこそ』って……どう見てもお前の方からやって来てるけどな」

 俺達はまた向かい合わせに座った。

「今日は貴方あなたの不安を聞きつけて、ここまでけつけたわ」

けつけたんなら『ようこそ』はおかしいだろ」

 執拗しつようげ足を取ってみたが、やはりごたえは無い。妹はこんのレザーケースを手にウキウキしながら「じゃあ、新たな出会いがあるか占えばいのよね?」と話を進めた。

「お前って普段からそうだけど、占いの時は輪をかけて人の話聞かないよな」

 妹は急に大声を出した。なお会話は成立していない。

なに言ってるの! 終わった恋を引きっていたら、い恋なんて出来できないわ!」

「勝手に終わらせるな、出張だから」

「あ、そう……。じゃあ適当に貴方あなたの運勢でも占いましょうか」

「ホント適当だな」

 妹がレザーケースからカードのたばを取り出す。そして手順通りにカードをシャッフルし、カットし、カードの山から一枚引いてテーブルに裏向きで置いた。

「今回も一枚だけなのか」

「そう、ワンオラクルよ。だってわたしそれ以外のスプレッド知らないもの」

「なら今すぐ勉強してこい」

「それじゃあ始めるわね」

 妹は本のページをめくるようにカードを開いた。そこには、丘の見えるグラウンドで遊ぶ二人ふたりの子供と二人ふたり大人おとなえがかれていた。子供達は両手をつないで向き合い、楽しそうにおどっている。大人おとな達は肩をせ合い、大空に向かって手を広げている。快晴の空には大きなにじかっていた。幸せな家庭を思わせるような絵である。

 妹は「カップの10。逆位置」と二言ふたことだけ口にした。

 よく見るとにじに見えていた物は、砂時計のような形をした金属性のさかずきの列であった。それらが光かがやいてえがくように空に並んでいたのだ。

「で、このカードはどういう意味なんだ?」

 妹は真剣なまなしで「このカードは、カップが10個ある、というカードよ」と説明した。

「は?」

「でも逆位置だから、貴方あなたにとってカップが10個ある生活は夢のまた夢ってことね。可哀想かわいそうに……」

 妹はそでで涙をく仕草をしている。

「どういうことだよ、それ。お茶飲む時に不便みたいな話なのか」

「10個目を買うと必ず割れるのよ」

なんだその地味なのろい。やめてくれよ」

 妹はゆうのある様子で「ふふっ、じょうだんよ」としょうした。

「お前、前回はじょうだんだけで乗り切ってたからな」

 妹はカードを手に取り、カップの10を観察し始めた。

「えーと、あぁこれは一族の繁栄はんえいを表すカードね」

いじゃん。絶好調ってこと?」

「いいえ。逆位置だからそうはならないわ。この場合、貴方あなたが原因で一族が滅亡すると読み取るの」

「最悪な予言だな! テロリストか俺は」

 また妹が変な事を言い出した。どうやったら俺の所為せいで一族郎党ろうとうやしになるのだろう。

「つーか、一族なんだからお前もふくまれてるんだぞ!」

「確かに。それは困るわね……。じゃあそのかいしゃくはやめましょう」

 随分ずいぶん、都合のい話だ。タロットとは、そんな自分勝手にかいしゃくしていものなのだろうか。

「さて、どうリーディングするのがいかしらね。えー、幸せとはえんどおい人生です。うーん違うな、貴方あなたには幸せな家庭をきずく資格がありません。いや、貴方あなたは身内からも嫌われています」

「『どう言ったら一番傷つくかな〜』じゃないのよ! 一枚のカードからどんだけ悪口出てくるんだよ。そして嫌われてねぇよ!」

 妹はニヤニヤしながら続けた。

「彼女にね、フラれます」

「そんなことねぇよ!」

「と言うかすでにフラれてます」

「やめろよ! なんか不安になってきたわ!」

「『不安』……。そう、それよぉ!」

 突然、妹が俺の発言に食いついた。俺は「次はなんだよ、うるせぇな」とぼやく。

「分かったわ。このカードは、このアパートでの生活を表していたの」

「ふーん、で?」

「つまり、私の占いに巻き込まれて不安な生活を送るというちょうだったのよ、これは!」

「じゃあ全部お前の所為せいじゃねぇか!」

 実際、そのかいしゃくで合っている気がするのも少々腹立たしい。

「では、今回の結果をまとめましょう」

 妹は一度深呼吸をした後「助言、今後私に注意して過ごしなさい」と言った。

「お前がちょうしろ、馬鹿!」

 俺の不安な日々はまだ始まったばかりだ。


 つづく


宮瀧みやたきトモきんのタロット豆知識!』

 どうもこんにちは、宮瀧トモ菌です。前回同様にタロットの豆知識を紹介してゆくコーナーをお届けいたします。今回のテーマは「小アルカナ」と「カップの10」の二つです。

 ず、タロットカードは22枚の大アルカナと56枚の小アルカナに大別たいべつされます。そして小アルカナはさらに、ワンド、カップ、ソード、ペンタクルの4種類のスート(マーク)に分けられます。それぞれのスートには、1から10までの数札かずふだとペイジ、ナイト、クイーン、キングという4枚のコートカード(人物カード)が用意されています。少々聞きれない言葉も出てきましたが、構成の似たトランプを思い浮かべれば理解しやすいと思います。

 大アルカナが表していたのは抽象ちゅうしょう化された人生の物語でしたが、小アルカナは日常の出来事を表していると言われています。またスートごとにテーマがあり、ややおおざっに説明するとワンドは情熱、カップは愛情、ソードは知性、ペンタクルは金銭を象徴しょうちょうしています。スートのかたよりから占いの全体像をあくすることもあります。例えば、ワンドが多くソードが少ない場合に「理性より感情で行動する傾向がある」と人物像をリーディングするといった具合です。

 では、カップの10の意味を見ていきましょう。ずカップとは聖杯の事です。タロットでは愛情を筆頭とする人間の感情全般を象徴しょうちょうします。カップの10は、個人ではなく誰かと分かち合う幸福を表しています。正位置では「満たされた集団生活、幸せな結婚、子孫繁栄、成功」などを意味し、これらはせつの幸福ではなく長期的に持続するものです。家族や結婚を占った際に出ると嬉しいカードですが、幸福を感じている状態しか保証しないので周りの評価や財産をともなうものではないかも知れません。

 一方、逆位置では「不満、所属コミュニティでのトラブル、孤立」などを意味します。家族、友人、職場など、あらゆるコミュニティでのいざこざを表すので、逆位置で出ると非常に厄介やっかいなカードです。また、質問者が現在満たされている場合は「たいおちいる、油断する」などを意味することもあります。しかしまあ、確率的には人との軋轢あつれきを表すことの方が多いでしょうね。現状に満足している人は普通、占いなんてしませんから。……はい。

 では今回はここまで。さようなら、次回をお楽しみに。

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