はちゃめちゃリーディング

宮瀧トモ菌

第1話「スーパーダンサー」

 俺の妹は熱中しやすい性格だ。幼少期から好奇心旺盛おうせいで様々な事に興味を持っていた。ゆえに多趣味であったがきっぽいためどれも長続きしない。多分、新しい事を始めるのが好きなのだろう。高校生の時は友人達と踊ったり、その動画をSNSに投稿とうこうしたりしていたが、大学に入ってからはまた別の趣味に目覚めたらしい。

 これから始まるのは、そんな妹と俺のなにない日常である。


 休日の昼間、俺は水でも飲もうと台所へ向かった。扉を開くと、薄暗いリビング・ダイニングには水中を思わせるような環境音楽がかすかに流れていた。フローリングに設置されたスポットライトがダイニングテーブルをあおむらさき色に照らしている。そこにマントのフードをぶかかぶった妹が猫背気味ぎみに座っていた。妹は俺を見て「あら、いらっしゃい」とつややかな声を出した。テーブルには片手サイズの丸いガラス玉が置かれている。そう、俺の妹は最近にハマっているのだ。

「……お前何やってんの」

 俺はつとめてあきれという感情を声に乗せた。しかしどうも本人には伝わっていないようで、妹は平然としばを続ける。

「来ることは分かっていたわ。さあ、もそっとこちらへ」

 俺はまゆひそめながらうながされるまま向かいの椅子いすに腰掛けた。そして今気が付いたのだが、妹が羽織はおっているのはマントではなく黒いジップアップパーカーであった。なんとも雑なコスプレである。

貴方あなた、初めましてのかたよね? 歓迎するわ、ようこそ我が占いのやかたへ」

 常連客なのかと思っていたが初対面の設定だったようだ。色々と気になる所はあるが、俺は取りえず「あのなぁ。ここは、俺が借りてるアパートで、お前はそうろう」とてきした。

「あらぁ? どうやら無意識でここに来てしまったから少しまどってるみたいね」

「おい妹よ、俺の声は聞こえているか」

「ふふっ、でも落ち着いて考えてみて。それって意外と簡単なことだと思わない?」

 ダメだ。全く話を聞いてくれない。ロープレのNPC相手に雑談をこころみている気分だ。妹は用意した演技プランを俺の反応など関係なく遂行すいこうするつもりらしい。妹は胸に手を当てて続けた。

「誰かに相談したいような心配事があった。それだけのことじゃないかしら、違う?」

「俺は『お前の今後』が心配だよ」

「OKOK、いいわ。占ってあげましょう」

 いやを言ってみたものの、かんはつを入れずに飛んできた返事を聞く限り、妹に刺さったというごたえは無いに等しかった。

 妹は手にしたこんのレザーケースからトランプのような物を取り出している。そのケースには魔法陣に似た模様とTAROTという文字がどちらもがね色で印刷されていた。

「じゃあ、このタロットカードで今からわたしを占ってゆくわね」

「あ、お前を占うの? なんで俺が見なきゃいけねぇんだよ、それ。一人ひとりで勝手にやってろよ」

「おかしな事言うわねぇ。貴方あなたが『私の今後』を占ってほしいって言ったのよ」

「言ってねぇよ。言ったけど、そういう意味で言ってねぇよ」

 妹は少しだけ役を離れて「まあまあいじゃない。最近買ったからやってみたいのよタロット。少し付き合ってよ、お兄ちゃん」と願いを口にした。こう正面からお願いされるとどうも断りづらい。結局の所、俺もシスコンなんだろうな。

「うーん、まあいけど面倒めんどくさいんだよお前」

「それに安心して。占いの手順は覚えたの。タロット占いの本も、ちゃんと二、三ページは読んだんだから」

「全部読んでからしろよ」

 妹はにぎったカードのたばを俺に見せつけるように手を伸ばし「四方よもやま話もこれまでよ! このデッキで貴方あなたごくを見せてあげるわ!」と急に声を張り上げた。

なんなんだよ……占いするやつ台詞せりふじゃないだろ。デュエルでも始まんのか」

「じゃあ始めるわね。まずはシャッフル」

 何事も無かったかのように妹はそうつぶやき、裏向きのカードを机に無作為に広げ、両手でグルグルと混ぜ始めた。ついに占いが始まってしまったようだ。妹はブツブツと手順を説明しながら続けた。

「充分に混ざったらカードをまとめて――」

 バラバラだったカード達が次第に妹の手の中でそろってゆく。

「縦向きに置く」

 再びじょうにカードのたば出来でき上がった。

「それを一度三つの山に分けて、順番が入れ替わるようにまた重ねる」

 妹はカードの山から一番上のカードを引いて、裏向きのままテーブルに置き「これで準備はOK」と言った。

「一枚だけでいいのか」

「そうよ、今回のスプレッドはワンオラクルなの」

 全く理解できないが、俺は「そうか」と適当に返事をした。

「最後、カードは上下が入れ替わらないように、横に開く」

 妹は本のページをめくるようにカードを開いた。そこには、細長い布を体に軽く巻き付けただけのほぼ全裸の女性がえがかれていた。その女性は両手に白い棒をたずさえて、満足気にも退屈そうにも見える微妙な表情をしている。裸であることに目をつむれば、今まさにテープを切った陸上競技者に見えないこともない。その女性を囲むように緑のリースがえがかれ、カードのすみにはそれぞれ生き物の頭部がえられている。カードのたんには「THE WORLD」と書かれていた。

 妹は「世界のカード。正位置」と二言ふたことだけ口にした。よく分からないが、どうやらタロットには世界がこう見えているらしい。

「で、このカードが出たからなんなんだ?」

「ふふふ、このカードは世界のカード」

 したり顔の妹は胸を張って「つまりわたしは、日本にとどまるにはしい人材、世界レベルの女ってこと」と説明した。

「すげーめてくれんじゃん、タロット」

 妹はカードに手をかざしてまぶたを閉じ、けんしわを寄せた。

「あら? 何かしら。タロットの神がわたしかたりかけてるわ」

「大丈夫なヤツか、それ。精神科案件じゃないのか? 大丈夫か?」

 妹は世界のカードを通してタロットの神と交信している。

「ふむふむ。今すぐたくをして海外へ飛べって言ってるわね」

「本当にか。そのアドバイス本当にタロットしんが言ってんのか」

「日程は大安たいあんきち仏滅ぶつめつけるべしって言ってるわ」

「嘘つけ言ってねぇだろ! なんでタロットが六曜ろくよう気にしてんだよ。なんか急に和風になったわ!」

 妹は口元を隠しながらしっしょうした。

「お前さっきから適当言ってるだろ! おい、本出せ! 世界の意味を確認させろ!」

 タロットの本を開いて世界の項目を読みたいだけなのだが、無駄むだにかっこいい言い回しになってしまった。

「そうね。もっとカードの絵からも読み取ってみましょう」

「いや本出せって」

 妹はカードをのぞき込むようにして絵の分析を始めた。

「この女性は何をしているの? なにか白い棒を持っているわね。なにこれ……。バトン? バトン・トワリングをしているのかしら」

「普通、裸でしないだろ」

たしかにそれもそうねぇ。じゃあ裸踊りってことね!」

ちげぇよ」

 妹はいたって真剣な表情で「それなら全て辻褄つじつまが合うわ。つまりこのカードは裸踊りの世界チャンプを表していたのよ」と言った。

「馬鹿だろ、お前。さっきから何言ってんだよ」

「では、そろそろ今回の占い結果をまとめることにするわ」

 妹は一度深呼吸をした後「わたしは今すぐ日本を飛び出し、裸踊りで世界をねらうべき、ということよ!」と言って小さくガッツポーズをした。

「やっぱ俺、お前の今後が心配だよ……」

 こうして、妹のはちゃめちゃな占いに巻き込まれるという俺の苦悩の日々が始まったのである。


 つづく


宮瀧みやたきトモきんのタロット豆知識!』

 どうもこんにちは。突然ですがここからはわたくし宮瀧トモ菌がタロットの豆知識を紹介してゆくコーナーをお届けいたします。基本的な事しかあつかいませんが最後までお付き合いいただければ幸いです。

 それでは参りましょう。今回のテーマは「世界のカード」、「正位置と逆位置」の二つです。

 タロットカードは22枚の大アルカナと56枚の小アルカナに分けられます。大アルカナは人生の物語が抽象ちゅうしょう的にえがかれており、0から21までの番号が振られています。世界は大アルカナの最後、21番目のカードです。(ウェイト版準拠)

 そしてタロットカードには向きがあり、占者せんしゃから見て絵柄や文字が正しい向きに置かれている場合を正位置、逆様さかさまの場合を逆位置と言います。カードの意味はこの向きにって変化し、逆位置の方がこのましくない場合が多いです。実際に正位置と逆位置でどう変わるのか、世界のカードを例に見ていきましょう。

 ず、世界のカードは完成された究極の姿を表しており、正位置では「完成、到達、調和、満足」などを意味します。このように基本的には良い意味ですが、良くも悪くも完成されたと考えれば「今の状態が上限である」とかいしゃくすることもできます。従来の方法では進展が望めないので、もしそれ以上を求めるなら全く新しい手段を試す必要があるでしょう。

 次に、世界のカードの逆位置は「未完成、不達成」などを意味します。ちょうど正位置と真逆の意味ですね。それに加えて「限界、頭打ち」などを意味することもあります。……お気づきになりましたか? 実はこれ、良くも悪くも完成されたとかいしゃくした場合の正位置と同じ意味なんですよね。ややおおざっに説明すると逆位置には「正位置の逆」と「正位置の悪い面の強調」という二通りの読み方があるわけです。

 このように一つのカードにも複数の意味が与えられているのですが、どの意味でリーディングするかは占者せんしゃゆだねられています。つまり絶対的なかいしゃくが存在しないのです。通常、タロットは複数のカードを使って占います。リーディングする時は、スプレッドした(並べた)カード全体を見て頭の中でストーリーを構築します。占者せんしゃいくつかあるカードの意味からより自然なストーリーをえがける意味を選択して占いの結果をかいしゃくしてゆくのです。なので今回のようなワンオラクル(一枚引き)ではストーリーを想像しづらいためリーディングはかえって難しくなってしまいます。

 さあ、今回のコーナーはいかがでしたか? まあ初回なのでこの程度で充分だと思います。ちなみに私は多少タロットを心得ていますが、占い全般が大嫌いです。正直、全く信じておりません。はい。……さて余計な事を言ったところで今回はここまで。さようなら、次回をお楽しみに。

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