春空VRオンライン ~街から出ない採取生産職ののんびり体験記~
滝川 海老郎
序章 オープンβ、小島生活
1. 春空VRオンライン
VRMMORPG「
「のんびり~。釣り日和ですなぁ」
「そうですねぇ」
ミニエルフで女子高生の私と、ウェアラビットのスポさんが並んで釣りをしている。
今日は休日だからという訳ではなく、空き時間があればこうしてのんびりする。
"見える魚は釣れない"という格言があるが、釣れないこともない。
釣った魚は魚フライサンドになり、露店で売られていく。
魚フライサンドはチュートリ島時代からの伝統で売れ筋商品の一つだった。
またある時。
王都の中の露店を見て回る。
「その初心者HPポーション中、全部買ったっ」
「全部ですか! 54個ですけど、ありがとうございます」
「でもいいの? 相場より100ルアは安いよ」
「あ、すぐに売りたかったんで、転売でもかまわないっすよ」
「それなら遠慮なく。ありがとう」
こうしてスポット商品の安売りしているポーションを買い集める。
初心者ポーションの転売売りは私の趣味露店の一つだ。
転売には賛否あるけど、適正価格の範囲で売っている分には問題ないと思う。
異常なほどの独占や値段の吊り上げとかはもちろん私でも論外だ。
買い集めたポーションは、露店市場の入口から少し入ったカシの木の根本でいつもうちのゴブリンの店員が販売している。
定点売りは急いでその商品が欲しい固定客に大変ありがたがられる。
私はこんなふうに、離島のチュートリ島、王都エルベスタンの中のみでほぼ活動している。
いわゆる王都に「引きこもり」だ。
別に縛りプレイをしているつもりはなく、なんとなく出る機会を失って、なんやかんや生産プレイをしていると外で戦闘しなくても十分活動している。
基本はのんびりまったり生産生活コンテンツをプレイする、それが私。
◆◆◆
時間を1週間ばかり戻す。
私は
自然に愛されそうな名前に反して、都会の中心部で生まれ育った。
今歳、15歳、高校一年生。
昔なら高校へ通う毎日だろうけど、オンライン授業が中心になった昔で言う通信制高校が主体になった現代では、登校は週1回の火曜日のみ。
後の曜日は家からオンラインで授業を受ける。
この授業は別にリアルタイムで出席する必要がなくて、後で見てもいい。
そして早送りで見ても、本人が理解できるのなら問題がない。
自動字幕をONにして、通常時2倍速、AIによるオートカット編集を併用することで平均3倍速で見る技を習得している私は、学習時間を圧縮することに成功した。
この高速学習に合わせた普通の高校に進学したからだ。
本気で取り組めば最高学府に進学する都内でも最高レベルの高校に受かる自信があるが、やる気がないのでそういうことはしない。
それもこれも数年前から噂や特集などが組まれて紹介されている、世界初フルダイブ五感VRMMO-RPG「春空VRオンライン」が絶妙のタイミング、高校1年の5月に公開されることが、ずっと前から確定していたのだ。
このゲームは以前からあったフルダイブ五感ゲームの統合型オープンワールドで、すべてのことを体験できる。
旅行、スポーツ、コスメ、ファッション、コスプレ、グルメ、FPS、戦略、シューティング、シミュレーション、そしてRPG。
あらゆるゲームを参考にして作られた統合型ゲームなのだ。
その自由度は自称で"そこそこ"高い、と言われている。
もちろん謙遜であることは間違いない。
舞台は異世界ファンタジー世界「アルファオメガ」。
それでもって日本のアニメを参考にデザインされている。ここもポイントが高い。
グロはかなり控えめ、エロは自主規制強めだけど、ないわけではない。
VR世界だから超リアルで現実と区別がつかないっていうのを好む人もいると思うけど、現実と区別がつかないなら現実でよくね、という主張もあるのだ。
もっとも現実でPKつまりプレイヤー殺人とかするわけにいかないわけだけど。
ゲームハードは普通に購入できる。
ただし値段はちょっと高い。端的に言えば安めの初年給、3か月分。
ヘッドギア「エラトステネス」とモバイル端末「ピタゴラス」、据え置き本体「ダークマター」のセットになっていて、現在最高クラスのPCと同程度の本体、モバイルフォンがついてくるので、この値段はしかたがない。
3つ合わせて「ムーンツアー」という。
開発者のディベロッパさん以外は全員同じ機械を使用する。
性能差を含め「不公平」を可能な限り排除したい、という開発運営の強い意志によるものだ。
開発元はエーテルスペースという先端技術と宇宙開発を得意とする巨大資本から出資されているベンチャーが手がけている。
ソフトウェアはダウンロード販売による月額課金制、いわゆるサブスクとなる予定。
正式リリースは1週間後、来週だ。
それで今日の深夜0時に無料の体験版が初公開された。
午前中勉強して今はお昼ご飯を食べ終わったところ。
いそいそとVRギアをかぶってベッドに寝転ぶ。
我が家は都内といえど隅のほうの中層マンションだ。
ファミリー向けで都内の中心部と違い少し間取りが広い。
両親の部屋、私の部屋、中学生の妹の部屋がある。
「リンクイン」
ヘッドギアはバッテリー内蔵ではあるけど、通常使用には電源通信ケーブルが付属している。
現代ではホームサーバーやホームルーターにもバッテリーが内蔵されていて、通信回線は停電時でも停止しないように設計されている。
通信設備は社会インフラとして重要な位置を占めているからだ。
24時間監視の自宅療養なども行われるようになったので、停電で使えないとかではお話にならない。
とにかくバックアップ体制はあるので、安心して「潜る」ことができる。
インターネットを昔はネットサーフィンして泳いだそうだが、今はこうして潜るという。
そこはゲームの中の世界。
"イッツア、ファンタジー"
自然豊かな大地。古代遺跡。綺麗な砂浜、青い山脈、中世ヨーロッパ"風"の都市と人々。
城郭都市、市場の風景、山間の田舎の村、港町、砂漠のバザール、オアシス。
砂漠にラクダの列、森林の街道を進む馬車の隊商。
人間だけじゃない。エルフにドワーフ、ジャイアント、ゴブリンなんかもいる。
凶悪なオーク、精悍な顔つきのオーガ。巨体を震わすトロール。
空を飛ぶハーピー。
ハーピーを蹴散らすワイバーン。
しかしさらに巨大な影が通過する。ドラゴン。
とまあ一通り紹介PVみたいなものが流れる。
とても広大という噂の異世界はとても楽しそうだ。
さて紹介は終わった。
VRなので2D映画よりも3D立体映像の迫力があり、色とりどりでとても綺麗だ。
でもアニメ調なので綺麗の方向性は少し異なっている。
シンプルな綺麗さというのだろうか。
さて現実から目をそらさずに、見つめないといけないキャラクリが待っていた。
キャラクリ……キャラクター・クリエイトだ。
性別、種族、身長、体型、顔の形、目の形、耳。
肌、目、髪、眉、あればヒゲの色。
さて私はどうするか。
性別はそのまま女性。
種族を決めましょうとある。
・ヒューマン
・エルフ
・ミニエルフ
・ドワーフ
・ジャイアント
・ウェアキャット
・ウェアドッグ
・ウェアラビット
・ゴブリン
ふむ。ウェアはワーともいう。
いわゆるウェアウルフを狼男といえば通りがいいだろうか。
エルフ断然エルフだね。
小さいほうが好きだ。当たり判定を考えれば当然だ。狭いところにも入れる。
高いところは届かないがドラゴンとかいる世界で小さいから届かないから不利ではお話にならないので、救済措置やゲームデザイン的考慮があるはずだと思う。
ということでミニエルフね。
顔を作るのは難しい。デフォルト設定の4番目、プリセットDを選択。
髪の毛は「髪の毛8」、ゆるふわウエーブのさらさらセミロングとする。
長さとかウエーブ具合とか調整できるけど、そのままでいいや。
色は金髪にほんのりピンク、つまりストロベリーブロンドで緑目にした以外には特に変更点はない。
ミニエルフは端的にいえば「幼女風」である。
そして悲しいがな実を言えば色はともかく、少しだけリアルの容姿にも似ている。
どうせ碌に成長しない体を恨めしいと思ったこともあるが、これはこれで愛されやすいので、嫌いではない。
よく電車に乗っていると飴玉を貰う。
リアル世界でもゲーム世界でもかわいいは正義だ。
高校の任意着用の制服を着ていても私立小学校の高学年に間違えられる。
しっかり見れば服のデザインで高校のものと地元民なら知ってるはずなのだけど、ブレザーから再び主流がセーラー服に戻って久しいので、細かいデザイン差なんて気にされないらしい。
確かに比較的オーソドックスなセーラーだけど、大きなピンクのリボンタイはこの辺ではうちの学校だけだろう。
密かに小学部ができたという情報は聞いたことがない。
中等部は確かにあるけど、残念ながらいつも「私立の小学生かい偉いねぇ」と言われる。
どこ小扱いなのだろうか、未だに謎だった。
とにかく慣れている小さい体を活かして、素早さ優先としよう。
体験版ではあるが、チュートリアル第一部が受けられるらしい。
私はキャラクリを決定して、チュートリ島へ向かった。
□◇□◇□─────────
こんにちは。こんばんは。
【ドラゴンノベルス小説コンテスト中編部門】参加作品です。
他にも何作か参加していますので、もしご興味あれば覗いてみてください。
よろしくお願いします。
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