15. 特訓①
また朝が来た。
俺はスマホを手に取って、ネットをさまよう。
(そろそろ仕事でもするか)
健診に行った直後から、配達員のバイトを始めた。専用のアプリを開き、いつでも対応できるようにしていると、通知がすぐに来た。
(早いな)
もう少しダラダラしていたい気分だったが、待たせるわけにもいかないので、行動を開始する。多くの冒険者が同じバイトをしているのか、ギルドで自転車の貸し出しがあったので、ギルドで借りた自転車を使う。通知のあった飲食店に向かい、そこで受け取った商品をお客さんのもとへ届ける。最低限のコミュニケーションで済むし、やりたくないときはやらなくていいから、気が楽な仕事だった。
10件ほど消化し、今日の業務は終了。おにぎりを一つだけ食べてから、特訓のためにバッティングセンターへ向かう。
バッティングセンターでの特訓と言えば、野球選手にでもなるのかと思われるかもしれないが、あくまでも冒険者としての特訓だ。
あのとき――大上司を炎の杖で殴ったとき、打撃と魔法の合わせ技で強力な一撃を与えることができた。そのときの経験から、殴った瞬間に魔法を発動できるようになれば、攻撃の幅が広がるような気がした。だから、打撃に合わせて魔法を発動できるように、打席に立つ。
バットを構え、集中する。魔法を発動するときみたいに、自分の中にある『魔力』をイメージした。そして、バットを振るタイミングで魔力を流し、ボールを打った瞬間に魔法を発動する。結果はゴロだったが、大事なのは打球じゃない。タイミングよく魔法を発動できたかどうかだ。
(今のは……うまく発動できたかな?)
爆発とかが起きるわけではないから、感覚に頼るしかないのが難点だ。それでも、このやり方を続ければ、できるようになると信じ、俺はバットを振り続けた。
そして、人に見られていることに気づいたのは、1ゲーム目の打球が終わったときだった。
振り返ると、厳めしい顔つきの老人がネット越しに俺の打球を見ていた。
多少のやりづらさを感じながら、2ゲーム目に挑戦しようとしたところで、老人が言った。
「おい、そこの若いの」
「……私ですか?」
「そうだ。お前さん、野球は初心者か?」
「まぁ、はい」
「そうか。通りでフォームがめちゃくなわけだ。いいか、ボールを打つときは、もっとこう腰をいれるんだ」
老人は身振り手振りで打球のフォームについて説明する。
正直、ありがた迷惑だった。
「はぁ、なるほど」
俺は適当に頷き、2ゲーム目の打席に立つ。フォームとかどうでもいい。俺にとって大事なのは、そこじゃない。魔法の発動タイミングだ。ボールが飛んできたので、バットを振る。ぼてぼてのゴロだったが、タイミング良く魔法を発動できた気が――。
「違う。そうじゃない!」
――老人のせいで、それどころじゃなくなる。
(面倒くせぇ)
老人の指導を適当に聞き流しながら、2ゲーム目を終える。そのまま帰ろうとしたら、老人が打席に入ってきて、自分の金を入れた。
戸惑う俺に老人は言う。
「ほら、ボールが来るぞ。さっさと打席に立て!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます