わたくし、言ってしまいましたわ~!!

@wazin9797

わたくし、言ってしまいましたわ~!!

ぱくぱく、海辺の空気はなんて美味しいのかしら!


ルーナ大海岸――お父様の領地の端にある砂浜の上に腰を下ろしながら、ふいにそんなことを思うのです。


わたくしは、ここいら一帯を収めるリーゼロッテ辺境伯の娘、メリッサ=フィア=リーゼロッテですわ。


趣味は生け花で、好きな食べ物はオークのレバーとスライムの眼球和えの、学園に通うごく普通の17歳ですわ。(まあ、ただ一点を除けばという但し書きが付くのはご愛嬌ですけれど)


それで、どうしてそんなわたくしが砂浜の上に座り込んでいるのかというと、とあるお方を待っているからですわ。


そのお方のお名前はアルス様。


彼はわたくしと同じ17歳で、リーゼロッテ領地において実質的な権力を握っている冒険者ギルド傘下の『解体屋』見習いの男の子ですの。


解体屋というのは文字通りで、冒険者が狩ってきたモンスターの死体を切り分けて有用な部分とそうでない部分に切り分ける仕事を行う人のこと。


初めて彼からそれを聞いた時は、とっても珍しくて貴重なお仕事だこと!って思いましたわ。

一年前のわたくしはまさかそんなお方とお近づきになるなんて夢にも思っていなかったので。

というのもお父様の方針で、学園以外で市井の人々と交流することは滅多に無いんですの。


つまり彼は『特別』ということになりますわね。


特別な殿方なんて、どこか少し卑猥な響きですわ〜!!


・・・・ごほんごほんですわ。今のは冗談で、わたくし達はとっても健全な関係性ですからご安心を。


と、それにしても――いつもアルス様は日が落ち切る前にはいらっしゃるというのに、今日は随分と来るのが遅いですわ。


何かあったのかしら、もしかして魔獣に襲われたとか・・?

それともわたくしの知らないところで別の女性と関係を!?



――などと邪推してしまうのがわたくしの良くないところですの。

少し心細くなりますけれど、前向きに『ポジティブシンキング』で行きますわ。


アルス様がわたくしに教えてくださった言葉なのですが、素敵なお言葉ですので気に入っていますの。


ん〜。


じゃあ、彼がいらっしゃったらまず何を話そうか考えるとしましょうか。

挨拶で15文字、相槌で20文字使うとして、残りの65文字で何を話そうかしら?

今日学園で起こった事件について、は65文字じゃちょっと足りないかも。

厄介ですわね、相槌を少し減らしましょうか。


あ、今変だと思われましたよね?


でもわたくしが、『文字数』なんて変なものを気にしているのにはちょっとした意味合いがありますの。


――つまるところ、わたくしは『魔女の口付け』を患っているということですの。


簡単に言えば『魔女の口付け』というのは先天的に持って生まれてくる呪いのことで、王国中で約数百人が苦しんでいるとされていますわ。

王都の一流の治癒魔術師でも治療不可能な究極ののろい


一概に呪いとはいえ、その悪効果は人によって様々ですの。


『全身の筋力が徐々に衰えていく』という人間として死活問題なものもあれば、『特定の属性魔術を使用すれば体内の魔力が拘束されてしまう』といった普通に生活する分には困らないものまで多岐にわたりますの。


現在の宮廷魔術師でさえその原因が解明できていないことから『魔女』という異名が付けられているらしいですわ。


ここまで言えばお分かりかとは思いますが、わたくしの場合はその呪いの内容が『一日あたり100文字しか発することができない』というものでしたの。


普段寡黙なお方だったら、別に一日100文字くらいの制限なんてこと無いんじゃないか? と思われる方もいらっしゃるでしょうが、わたくしにとってそれはかなり辛いことでしたわ。


何を隠そうわたくしは、元々とってもお喋りな性格でしたので。


流石に一日あたり何文字喋っているかなんて数えたことはありませんでしたが、それでも朝から晩まで学園の授業中以外はほぼ常に誰かと会話をしていましたわ。


友達や家族と楽しくお喋りする、そんな当たり前のことが奪われるだなんて考えもしませんでした。


そんなわたくしが『魔女の口付け』を発症したのは16歳の誕生日のことでしたわ。


お友達の家で生誕パーティを開いていただいている時に、いきなり口が開かなくなりましたの。

困惑したわたくしはあわてて家に帰ると、沈痛な表情の両親から『実はメリッサは魔女の口付け持ちだ』と言われてしまいましたの。

信じたくは無かったですわ、『魔女の口付け』なんてわたくしとは縁のないことだと考えていましたから。


でも、現に開かない口は認めざるを得なくて。悲しくて涙が止まりませんでしたわ。



って――不本意ですけどちょっとしんみりしちゃいましたわ!

別にわたくしは不幸自慢をしたい訳では無いんですの。

もうこの体には慣れましたし。


それに実は『魔女の口付け』があって良かったこともあるんですわよ

例えば、わたくしがこの海辺に初めてやってきた時のこととか


1年前。『魔女の口付け』を発症してしまったという事実を目の当たりにしたわたくしは、絶望のままにお屋敷を飛び出して四方八方走り回った挙句にこの海岸に辿り着いたのでした。

静けさに満ちたこの場所は一人で過ごすのには最適で、わたくしは砂の上にうずくまって孤独にしくしくと涙を流していたんてすの。


ひとりぼっちで、誰も頼れずに。


そんな時に、大丈夫か? と声をかけてくださったのがアルス様なんですの。

がっちりとした男性らしい立派な体格に、『解体屋』という職業の特性上、頬に血の拭った跡があったのが印象深かったてすわ。


その姿を初めて見た時は『怖い人かしら・・?』等と勘違いしてしまったのですが、彼はわたくしに泣いていた理由を聞くでもなく、ただひたすらわたくしの横に寄り添って背中をさすってくださいました。


何時間も何時間も泣きわめいて、わたくしが泣き止んだら『もう大丈夫そうだな』と一言だけ声をかけて、名前も言わず立ち去ってしまわれました。


それがわたくしとアルス様の出逢いですの。


その日からわたくしは毎日なんとなくこの場所に来るようになって、彼も3日に1回くらいやってきて。

わたくしはビーチパラソルなんて持っていくようになって、2人でちょっとしたお茶会をする仲になっていきましたの。


まあお茶会といっても、アルス様の日々のお話を一方的に聞くだけなのですけど。

でもそのおかけで元お喋りなわたくしでも、聞き役に徹するのも悪くないかな、なんて思えてきたわけです。




――と、そうして浸っている内に後ろから吐息混じりの慌ただしい声が聞こえてきましたわ。


「おまたせ、本当にごめん! 仕事が長引いてしまって!! 」


わたくしはおもむろに背後を振り返るんですの。


――いつものアルス様ですわ。日頃より少し衣服の汚れが目立つように思えますけれど、その一点を除けば普段の彼ですわ。


「あ、心配してくれてた顔してる。嬉しいねぇ」


アルス様はいたずらっぽい表情でそう言いますの。

身体に異変が無さそうでよかった。

表情も笑顔で、わたくしの好きなアルス様ですわ。


「あのー、メリッサ。そんなジト目で見ないでくれる?」


そんなこと言われましても。

彼の姿を見ると安堵とか少しの怒りとか思い出とかの諸々が頭の中でいっぱいになってそれらが渦巻いてきて、


「超絶おっせぇ~ですわっ! わたくしがどれだけ心配したか分かっているので〜? わたくしはアルス様がいないと本当にダメなんですの。そこを深くしっかり理解していらっしゃるので?」


「色んなこと思っててくれたみたいでありがと――って! 1回でそんなに話して大丈夫か!?!?」


や、やってしまいましたわ〜!つい思ったままのことを口走ってしまいましたわ! いけませんわ! 最近はこういうことが無いように抑えられていましたのに、わたくしのおバカー!


今日は普通にアルス様とお話をするつもりでしたのに・・。


しゅん、とわたくしはしょんぼりと肩を落としてしまいますの。

倣うようにしてアルス様はわたくしの横に腰を下ろします。



「まあそう落ち込むなよ、感情的なメリッサも新鮮で良かったぞ」


もう、感情的にさせたのはアルス様の方じゃ無いですか!

わたくしはふんと鼻を鳴らします。



「いや、他意は無いんだ。でも今日は本当に忙しくて――」



言葉の途中で、アルス様はふらりとこちらに首を倒してこられます。


「あ――っごめんっ!」


いきなり顔が近くにきてとてもドキドキでびっくりしましたわ。


でもそんなことより、表情をよく見れば分かるように、実際とても疲労が溜まっておられるようで、心配ですわ。


「大丈夫なんですの?」


「大丈夫、とは言えないかな。最近忙しくてあんまり寝れてなくて、その上今日は残業も。流石にかなり疲れたよ・・・・」


しみじみとそういうアルス様。

大変なお仕事なのは知っていますけれども、ここまでくたびれた様子なのは相当珍しいですわ。


「しかし、今日はほんとにツイてねぇな。メリッサのことを不安にさせちゃったし」



だいぶ色々気にしてる様子で、確かにわたくしもさっきは本当に言い過ぎてしまいましたわ・・・・


アルス様は肩を落として、わたくしたちの間に沈黙が流れますの。


ここは何かフォローする言葉をかけないと、でもあと2文字しかありませんの!

どうしましょうどうしましょう、アルス様に嫌われたく無いですわ!


ん〜!ん〜!何か、何か・・・・


あ、閃いた!


あの言葉、2文字ですの!




「すき」




――い、言ってしまいましたわぁ!


ま、まあ? 前々から思ってたことではありますし、いつかは言うつもりではあったんですけど・・・・


は、はずかしい!顔から火が出ていますし、体がお風呂に入った時みたいにアツアツですの。めらめらふぁいやー、ですわ!!


――アルス様は数秒置いて、あははっと弾けるように笑いだしましたの。

そしてひとしきり笑い終えると、


「俺の顔、見て」


そんなこと今は恥ずかしくてできませんわ!、と言いたい所なのですが。

でも、彼の優しくて心地いい声音を聞くと、思わず従ってしまいたくなりますの。



わたくしは気恥しさを噛み殺して、伏し目がちにちょっぴりと顔を上げます。

視界の隅に、アルス様の凛々しいお顔が入りますの。

いつ見ても飽きの来ない、彼の優しい性格が滲み出た格好の良いお顔。


「もっとちゃんと顔あげて」


――んっ。


アルス様がわたくしの顎をクイっとあげて、頭の位置を2段階ほど高くしますわ。


そして彼はまつ毛の長い目を細めて、


「俺もメリッサのことが、好きだ」


一語一語に意志が込められているような明瞭さでアルス様はそう言いましたわ。


つまり、つまりそれは。


「なんで泣くことがあるんだよ、笑え、メリッサ。俺達2人の幸せの門出だぞ?」


言われて始めて、自らの頬を雫が伝っていることに気が付きました。何の涙かは分かりませんが、それが幸せの証ってことはなんとなく、分かりますわ。


「嬉し泣き、か。俺も幸せもんだな」


アルス様は誰に言うでもなく自然にそうこぼされました。


「――んじゃ、そろそろ帰るか。暗くなってきたしお屋敷の前まで送っていくよ」


そう言って立ち上がったアルス様はズボンに付いた砂利を左手でぱんぱんと叩くと、わたくしの方に右手を差し出してきました。


「改めてこれからよろしくな、メリッサ」


わたくしは。




――わたくしは今、わたくしの物語じんせいのヒロインですわっ!

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