「君は本当に強いね。あいつはちょっと弱いからさ」

       強がった日々

拓真たくま!おっそい!」

「すまん」


待ち合わせに10分も遅刻され、怒っている私を全く無視するように、待ち合わせ場所まであと数十歩も無いのに、走るどころか、早足する様子もない拓真。


「まぁ、いいじゃん。しおり、怒りすぎ」


何とも冷めた態度だ。


「もう、映画、始まる!」



拓真と付き合いだしてもう3年が過ぎようとしていた。私は、陽月みなみつき栞、25歳。片寄かたよせ拓真、27歳。出会ったのは、3年前。私が勤めていている広告代理店でだ。拓真がちにヘッドハンティングされ、やって来たのだ。


2人、恋に墜ちるのに、時間はそうかからなかった。今こそデートには遅れるし、最近はデートでも手すら繋いでくれないし、キスもセックスも何だか減った。そんな拓真の変化に、私は気付かなかった。



「最近、電話なくない?」


仕事の帰り、居酒屋で、熱燗を飲みながら、少し酔っぱらった私は、拓真に愚痴をこぼした。


「良いじゃん。毎日会社で会ってんだから」

「そらそうだ」


私は、問い詰めるのをやめた。あんまりしつこい女は嫌われる。きっと言い伝えられてきた事に従えば、道は開ける。なんて、ちょっと強引に自分に言い聞かせた。そんな感じが、ここ何ヶ月か、続いている。



そんな時…、



「ごめん。栞、今日の約束、キャンセルできない?」


それは、裏切りとさえ思えた。何故なら、その日は、私の誕生日だったからだ。


「なんで?だって今日は…」

「ごめんて。今度必ず埋め合わせするから。じゃあ」


そいうと、電話は、一方的に切れてしまった。気の利かない拓真に期待しないで、自分で買ったケーキがホールでテーブルの上を飾っていた。

(埋め合わせ…か…期待するしかないか)


何とか怒りを収めた。…と思ったら、急に涙が流れた。こんなに哀しいなら、こんなに寂しい誕生日になっちゃうなら、こんな風に1人で泣くんじゃなくて、我儘でも、例え、本当に仕事とか、家族が入院したとか、断わらざるを得ない理由だったとしても、電話口で、泣けば良かった…と私は自分の強がりに心底嫌気がさした。



「おはよ、栞。昨日はゴメン」

「もう、特別だよ?すっごい高いものご馳走してよね!」


次の日、あんなに『泣いてやろう』と『散々罵ってやろう』と心に決めて、出勤したのに、いざ、拓真を前にしたら、冗談めかして、へらへら笑う私がいた。なんで…なんで言えないんだろう?甘える…なんでそれが出来ないんだろう?きっとその方が可愛い。女の子っぽい。きっと私みたいな女より、ほとんどの男は、そう言う少し我儘で感情豊かな女が好きなはずだ。…そう、解っているのに…。




けれど、私の強がった日々が、あんなにも哀しい別れの理由になるなんて、思いもしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る