第2話

私は好きで王太子妃になんてなりたくなかった。







「リリーシェル・アンティーヌ。貴様が母上に毒を盛ったことはわかっている。母上は貴様を娘として可愛がっていたのにも関わらずなぜこんなことをしたのだ。普段から悪女と言われるほどではあったが、この10年婚約者として信じてさすがにここまではやらないと思っていたのだが・・・思い違いだったな。所詮そのように這いつくばっているのがお似合いの下民だというわけか。」


違う、私じゃないわ。婚約者って言ったって1度も私の元に来てくれなかったし、エスコートだってしてくださったことだってない。信じて下さったこともないわ。王妃様だって、1度も私と視線を合わせて下さったことだってない。這いつくばっているのだって、急に部屋に入ってきた近衛によって床に押し付けられているだけなのに!


「まぁよい。私とて、もううんざりだ。どこの国に行っても貴様の名前が私の足を引っ張る。母上も貴様を変えられないとご自分を責めてしまっている。」

「私はなにも・・・!「よい。貴様の言うことには懲り懲りだ。連れて行け。・・・はぁ。ここまでしなければ婚約破棄などしなかったのだがな。」


婚約破棄 ・・・・・・?


「いま、なんと・・・」

「貴様とは婚約破棄をすると言ったのだ。今までしていないだけでも温情ではあるのだがな。もちろん、父上も同意の上だ。残念がっていたよ。」



陛下も、私のことを信じて下さらないのね。

こんなにあっさり決まるなんて・・・。

私が悪女だという噂は、王太子妃になるのは決まっていることだからと何も対処してこなかったからいけないのかしら。見ていたなら、いいえ、王太子妃教育を受けているのだから噂のような悪女ではないということはわかるはずなのに・・・。少なくとも1月に1回はお茶会をしていたのだから噂には騙されないと、そう思っていたのがいけなかったのかしら。

それなら私の10年間は一体何のために費やしたのでしょう。なんのために家族との団欒を後回しにして王太子妃教育を受けていたのでしょうか。貴族としてはこれが普通なの・・・?王族に入るということがそんなにもみんなが望むことだと思っているのかしら。


「私が何を言っても、もう何もかもが遅いのですね・・・。」


ついついそんな心が小さく口から出た。

罪人だと王族が言ったからか近衛は私を後ろ手に拘束して無理やりに立たせた。私が幼い頃に王宮に入ってから昨日までは私を護ると鍛錬をして会話を交し、信頼関係を築いていたと思っていたのに。ちらりと見た横顔は私を心底軽蔑しているような、そんな顔だった。

少なからず私を幼い頃から見てくれている彼だけは信じてくれていると、私の秘密を知っている彼ならこんなことはしないと信じてくれると思っていたのに。


私の心は王太子妃教育で頑丈になっていたはずなのに妙に脆くなってしまったような気がした。









「貴様が大人しく飾りの王太子妃としての役目を全うしようとすれば良かったものを・・・。そうすれば貴様の家も存続していただろうがな。」







殿下が去り際に言った言葉が、何ももう考えまいと閉じかけた私の思考に刺さった。


「そんなっ、わた、私が一体何をしたというのです!!私達は王家を長い間支えてまいりました!なぜ、何故このような・・・・・・!!せめて、せめてっ、私一人に責任を負わせてくださいませ!父も母もとても、とても素晴らしい方なのです!2人の兄は次期公爵として、研究者として立派に支えてくださっています!妹も美姫と呼ばれるほどで他国の縁談も決まっているのです!弟も学業と剣術に秀でていて学園で主席をとっているのですっ・・・!!だからどうか、どうか家族には手を出さないでくださいませ・・・・・・なんでも致します・・・だからどうか・・・!!」



静かにしろと殴られても、床に押し付けられても、部屋から殿下が立ち去ったあとでも私は声が出なくなるまで家族の安全を願った。何分経ったのか、あるいは何時間だったのか私には分からなかったが、気がついたら貴族用の牢屋に入れられていた。貴族用だということが殿下のせめてもの情けだったのだろうか。そんなもの要らないから私の家族は助けて欲しいと願うのは罪なのだろうか。


朝昼晩とパンひとつと水1杯さえも喉を通らなかった。今まで家族は私のことを大事にしてくれて、愛を沢山くれた。王太子妃になればきっと恩を返せると、この10年間は自分を奮い立たせていたのに。なにも返せずむしろ恩を仇で返すようなことになってしまった。



「ごめんなさい・・・。」

家族はあんなにも私のことを大切にしてくれていたのに何も返すことが出来ないのね。王太妃教育のためとはいえ膨大なお金がかかっただろうに・・・。

「ごめんなさい・・・。」

お父様は有能なこの国の宰相だったが、その地位も返上させられてしまうのだろうか。自分の利益のみ考えて行動する貴族しかいない中、あんなに国のことを考えて行動するのはお父様しかいないのに。毎日忙しくて疲れていそうだけど楽しそうだったお父様は私のせいで職がなくなってしまうの?

「ごめんなさい・・・。」

お母様は社交界の百合と呼ばれるほど美しく、社交界のトップと言われる方だった。そんなお母様も社交界から追い出されてしまうの?香水や化粧品といった貴族の女性にとって大事なものを手がけていたお母様。最近新しく髪のケア用品を作れそうだと言っていたのに私のせいで頓挫してしまうの?

「ごめんなさい・・・。」

1番目のお兄様は次期公爵として昔からしっかりとしていたけれど、兄弟にとても優しく愛情深かったわ。全ての分野において秀でていないと後継者として周りに言われるからと昔から人一倍頑張っていらしたのに、私のせいでその努力が無駄になってしまうの?

「ごめんなさい・・・。」

2番目のお兄様はいつも私達と遊んでくれたわ。後継者ではないからと私達を優先して下さったお兄様は研究者として国民の生活の質の向上の立役者として有名になったのに、私のせいでその認識が変わってしまうの?

「ごめんなさい・・・・・・。」

お母様の血を濃く継いで美姫と呼ばれる私の妹・・・。妹には恋愛結婚をして欲しいと願い続けてやっと、とても良い方に出会って愛を育んで婚約まで終わって幸せそうに笑っていたのに。私のせいで、その婚約は白紙に戻ってしまうの?

「ごめんなさい・・・っ!」

文武両道で立派に成長している私の弟・・・。昔から私の家庭教師の講義にも参加していたくらい勉学が好きだったあの子は学園では12歳の頃から4年間主席をとり続けているのに、剣術でも抜きん出ているのに、私の、私のせいであの子は学園を退学させられてしまうかもしれないっ!


「ごめんなさい・・・ごめんなさいっ、ごめんなさい!!私がいけないの。ごめんなさいっごめ、ごめんなさい・・・っ!私のせいで、私なんて・・・・・・。」


私にいなくなって欲しかったのなら直ぐに言っていただけたら消えたのに。もし、もっと早くに私が王太子妃を辞退していたら・・・。


いいえ、そもそも婚約者などにならなければ、このようなことは起きなかったのに・・・。






「ごめ・・・なさ・・・・・・。」

立てないほど衰弱していた私はむせ返るような雨の匂いを感じながらも意識を失った。











その日魔力がこの国から消えた。

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