青春なんて、いなくなれ。
各務あやめ
第1話
これは宣言だ。
現代を生きる、数多いる日本中の女子高生のうちの一人の、小さな、けれども必死の叫びだ。
戯言だと思われるかもしれない。それでも私は気にせずに言う。
私は自分を生きると、もう決めたから、怖くない。
この貴重な高校時代を、誰かの手で浸食されたくない。自分の手で染めたい。
ここまで言っても、分からないのなら。私を嗤うのなら。
私は怒りを弾かせる代わりに、こう言うんだ。
―青春なんて、いなくなれ。
そつがないね、とよく言われる。あるいは、器用だね、とも。
けれど、ロボットのようだね、と言われたのは、これが初めてだった。
「えっ、すごっ!」
会話が始まったのは、この一言からだったと思う。
相手は、普段から仲が良いクラスメイト、
「90点って、普通に高くない? いつそんなに勉強したの?!」
それから真顔になって、てゆーか
私はふざけて胸を張ってみせた。
「まあねー、才能発揮しちゃったみたい、頭の出来が違うのよ」
「うっわあ、ムカつくわー、その態度!!」
このう、と私を殴る真似をする。私は笑ってそれを避けた。
「でもさー、ホント凄いよ、芽衣。私ちょっと見くびってたかも、芽衣の事」
「見くびってたって、あのねえ……」
「いや、マジでさ」
声のトーンを落として、真剣な表情で言う。端を折って点数が見えないようにした私の答案用紙をまじまじと見る。本当は自慢に思われたくなかったから隠していた点数も、華が大声で言ってしまったから意味がなくなってしまった。
やがて顔を上げ、私の目を見て言った。
「芽衣はね、器用なんだよ」
「え……。器用?」
私は首を傾げて聞き返す。とはいっても一応そうしてみただけで、本当は何度も人にそう言われたことがあったから、別に何とも思わなかった。
うんうん、と華は頷く。
「だってさあ、芽衣、地味にって言ったら悪いけど、すごいよ。……可愛いくて、勉強できて、運動もできて」
尊敬する、と真顔で言われて、私は反応に困ってしまう。
でも、ここで『可愛い』が一番始めに出てくるのは、やっぱり華らしいなあ、と私は思う。そう言う華だって、多分クラスで1、2を争うくらい可愛いのに。彼女が毎朝長時間かけて前髪をセットして、ものすごく容姿に気を遣っているのを、私は知っている。『可愛さ』は作るものだと、前に言っていた。
そんな華が、珍しく真面目な表情で続ける。
「でもさー、つまんなくないの?」
「何が?」
「だってさあ、何だかんだ言って、芽衣っていい子じゃん。そんなロボットみたいな生き方じゃなくてさ、もっと青春しようよ」
え、と声が漏れた。
―ロボット?
私が固まっているのにも気づかずに、華は続ける。
「せっかく華のJKなんだからさ、もっと青春しようよ、青春」
―セイシュン。
言葉だけが、意味を掴めないまま、頭の中をぐるぐると回る。
ロボット、セイシュン。
だからさー、と明るい声になって華が言う。
「恋、しようよ、芽衣! 私達女子校の人間にだって、SNSの出会いがあるのよ!!」
あ、これが言いたかったのか。
納得した瞬間、すっ、と全身の力が抜けていった。
―なんだ、冗談か。
「年齢イコール彼氏なしなんて、私はもう悲しくて生きていけない!」
「それな、リア充とか憧れるわー」
「そう、そうなんだよ!」
私が同調すると、華が、ぱあっと嬉しそうな顔をした。
そこで、チャイムが鳴った。
またね、と華が自分の席に戻っていく。
その細い背中を見ながら、私は次の授業の教科書を鞄から取り出す。
―授業が始まってシャーペンを握ったとき、手が震えて上手く持てなかった。
器用に生きるのには、努力が必要だ。私は今まで、その努力は惜しまずにやっていた。
けれど多分、器用だというのは、結果論にすぎないのだ。
ひとつひとつのことを、大体標準より少し高いくらいのレベルでやる。それらが積み重なると、傍からは器用であるかのように見えるのだ。
「石川、問一の答えは?」
顔を上げると、担任の
「正解。さすが石川だな」
教室から、小さくおお、という声が上がる。私は平常を保って、何でもない振りをする。
前だったらこんな風に、先生に褒められることもなかっただろう。当たりが良いのは、前回のテストの結果が良かったからだ。次のテストで点数が落ちれば、きっとまた態度は厳しくなる。そういうものだ。
けれど、今は居心地がいい。少し照れるけれど、誰かに評価されるのは嫌いじゃなく、むしろ今まで憧れてきたことだったから。
次のテストなんてもう永遠に来なければいい。ずっとこのままでいい。
その日の授業は、雲の上に立っているかのようにふわふわとしていて、あっという間に終わってしまった。
帰宅時間になり、じゃあねー、と華が手を振る。今日は部活があるらしく、私と別れると部活の友達と教室を出て行った。
私はリュックサックを開き、教科書をそこに詰めていく。今日は家で何の勉強をしようか、考えながらどれを持ち帰るか選んでいた時だった。
「石川さん」
名前を呼ばれ、私は顔を上げた。
「
そこにいたのは、クラスメイトの行野さんだった。
彼女は茶色の淵の眼鏡の奥の目で、じっと私を見据えていた。
入学して半年ほどが経つけれど、接点がないと話したことすらないクラスメイトも何人かいた。行野さんもその一人だった。
何か用があるのかと思ったけれど、行野さんは私の名前を呼んだきり、何も言わなかった。無言で、無表情で、ただ私を見ている。
何となく気まずくなって、反射的に目を逸らすと、彼女もまたふいっと背を向けて去って行ってしまった。
「あっ、ちょっと行野さん?」
呼び止めてもそのまま、すたすたと歩いて行ってしまう。
どうしたのだろう、と一瞬気になったが、私はそれきり気に留めなかった。帰り支度を済ませ、昇降口に向かう。
後に私は、このことで驚愕することになるのだ。
―何かが起こったとき、なんでもない振りをするのは、私の特技だ。けれど、一気に溢れ出した感情を事務的に処理できるほど、私は上手じゃない。
なんて面倒な人間なのだろう、と自分で自分に失笑する。
どんなことが起こっても、時間は止まらない。目を逸らしている隙に、物語は着実に進んでいる。
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