狂演


     ◇


「アハハ――ッ♪」


 舞い上がる硝煙、鮮血、死屍累々。

 抵抗する人々も虚しく、アリスへその攻撃は届かずに、もはや一方的な蹂躙に過ぎなかった。

 人間と化物かみのつかいの勝負である。

 言うまでもない。

 最初から結果は見えていた。

 景色の中心では、狂ったような笑みを浮かべながら、突撃銃をぶっ放す少女がいる。

 アリス。

 剣、銃、槍、弓、鎌、etc。

 すべてが意味を成さない。

 届かない攻撃など、ゼロ、最初から効果がないと同じである。

 つまり。

 アリスには、基本的に、物理的な攻撃が通用しない。


 〝神の加護〟。


 過去にはこの少女、砲弾を片手で防ぎきったという、正に人外の所業であった。


「これは――。手を貸す必要もないかな。今回は」


 冷静に、アリスとは対照的に、ユキトは現在の状況を大局的に見ていた。

 日常。

 ユキトにしてみれば、別段、特別なコトでもない。

 平常。

 アリスと一緒に旅をする、つまり、こういう殺戮活動は日常の中の連続なのである。

 と。


「この――。逆賊めッ!!」


 当然ながら、アリスの側にいたユキトも、不届き者と見做される訳で。

 油断をしてはならない。

 が、その油断という言葉は、ユキトにとってもっとも無縁な言葉である。

 背後から剣を構えた男が押し迫る。

 気配に気付くユキト。


「ほいっ。と」


 反射的に躱し、そして、すんっ、と、左手にしていた銀の剣を滑らせた。

 ずるり。

 飛沫と共に、斬りかかってきた男の首が、跳ねたのだ。


「こう見えても。ボクは。剣術が得意でね」


 唯一の、才能、特技だった。

 と。

 胴体だけが残り、溢れ出る返り血を浴びながら、届かないであろうその言葉を返した。

 くるり。

 再びアリスの方へと向きを変える。


「つまらない――。もう。お終いかしら?」

「おや。随分と早かったね?」

「手応えがまったくなかったわ。本当に。その辺の素人より弱いわよ。コイツら」


 アリスは冷ややかな視線を死体の方へ向ける。

 反応はない。

 ほぼ、すべての人間を、この場で彼女が一人で殺したのだ。


「となると。問題は後始末の方かな。――っと」


 ユキトは、ゆっくり、足を前へ進める。

 視線。

 そこでは、一人の男性が、屋外へと向かって走っていた。

 思考はない。

 ただ、真っ直ぐに、ユキトは彼の元まで走り出す。


「ひっ……っ!!」

「逃げ出されちゃ困るんだ。悪いけど。キミたちには死んで貰わないとね」


 逃さない。

 屋外を塞ぐように、男性の前に立ちはだかる、ユキト。


「……クソッ!!」


 投擲される石つぶて。

 躱さない。

 頬に受けながら、それでも、ユキトは男性の方へ向けて歩き出す。


「き、貴様……。本当に人間か……!?」

「?」


 この男はいったいなにを言っているのだろうか。

 ユキトが人間か否か。

 そんなものは見れば一目瞭然だ。


「ボクはちゃんと人間だよ。人間じゃないのは。あそこにいる女の子だけだ」

「だが――……。貴様は。あの女と変わらないっ!!」

「ふむ?」

「その目。人を殺すことをなんとも思っていない。狂人の目だ!!」

「ああ。なるほど。そういうコトね」


 そういう視点で言われてしまえば、ユキトにも、否定はできない。

 心当たりが在る。

 人間失格。


「まあ。死んで当然の存在に。情けをかける必要はないからね」

「俺たちが――。。いったいなにをしたって言うんだ!?」

「ふむ。そうだね――……」


 にこり、と、最上級の優しさを込めて。

 言葉。

 ユキトは自らの真理を告げる。


「アリスがそう言ったから。ね」

「は……?」

「アリスが〝殺す〟と言えば。ボクは。それに逆らうコトはできないんだよ」

「どういう。意味――」

「そういう訳で。キミも。さようならだ」


 返す言葉のすべてを待たない。

 ざくり、と、無慈悲にその首を一閃で薙いだ。

 胴体と、首から上が、分離する。

 血漿。

 その最中、絶望、彼の目はその感情を示していた。


「そんな目で見ないでくれよ。ボクだって。殺したくて殺している訳じゃないんだ」


 地面に転がる頭。

 憎悪。

 暗い瞳に映るのはそんな色だった。


 くるり、と、亡骸に背を向けて歩き出す。


 ユキトの心は変わらずに平穏だった。

 大して感傷もない。

 確かに、彼の言うように、ユキトは狂っているのかも知れない。

 だが。

 そうだとしても――。

 ユキトは。


「アリス。そっちの状況は?」

「変わりないわよ。全員。死んでいるわ」

「そう。なら。一安心だね」

「でも――。つまらなかったわ。退屈よ」

「まだ。この家の主が残っているじゃないか。強いかも知れないよ?」

「どうでしょうね。あんなやり方で小銭を巻き上げる矮小な人間ですもの。きっと醜く脆い存在に決まっているわ」

「違いない。まったくもってその通りだ。ははっ」


 談笑を躱しながら、ユキトとアリス、彼らはゆっくりと通路を歩き出す。

 屋敷の主、カンテ伯爵の部屋であろう、その場所を探して。

 最後に残った後始末だ。


 ……――ぴちゃぴちゃ。と。赤の水が蔓延る世界。


 楽しそうに歩く青年と少女の図。

 それは。

 正に非日常と言わざるを得ない。

 そういう。

 異常な光景であった。

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