Ⅰ:殺戮少女の狂気的な日常 - 黒の青年と共に -

〝殺戮少女〟 / オルエン


 西方地域の、東部某国、その地域には都市〝オルエン〟が存在する。

 大きくもなく、だが、小さすぎることもない。

 中規模都市である。


「退屈な日常。つまらないわ。なにか楽しいコトはないのかしら?」


 黒を基調とした、ゴシックドレスに身を包んだ、少女。ふわり、長い金髪を携える、紅き瞳の少女は、不機嫌そうな表情を浮かべながら、街の中を歩いている。

 その隣。

 これまた、黒いスーツにコートを着込んだ、好青年風の男性が一人。

 漆黒。

 彼は、その少女に添うような形で、呆れ顔を浮かべながら、ゆっくりと歩いていた。


「キミが言うそれは。つまり。大暴れがしたいってコトだろう?」

「そうよ?」

「無理に決まっているじゃないか。前回。あれだけの騒ぎを起こしたばかりなんだよ?」

「大騒ぎって。別に。ちょっと殺しただけじゃない」

「建物がなくなるような殺し方は。〝ちょっと〟とは言わない。過剰攻撃だ」

「殺しは殺しだわ。問題はないはず。神様もそう言っていたのだから」

「スマートじゃないんだよ。事後処理。あの後苦労したのは誰だっけ?」

「んむぅ」


 つんっ、と、唇を尖らせて、少女は分かりやすくふてくされる。


「変な声」

「うるさいわよ。ユキト」

「はいはい」


 ユキトと呼ばれた青年は、お嬢様をたしなめる執事であるかのように、少女のご機嫌を取るのだ。


「ほら。飴。要るかい?」

「……――むぅ」

「アリス?」

「ちょうだいな。食べるから。袋を開けて」

「どうぞ」


 アリスと呼ばれた少女は、飴玉という単純な釣り針に、見事に釣られた。

 単純。

 本当に〝子ども〟のような純朴さ。


 ……――〝殺す〟などという、そんな言葉が、似合わないほどに。


 時刻は、お昼を前にした、まだ朝の頃。

 街の中。

 人は少なくもないが、決して、多いとも言えない状況。

 特筆すべき点は少ない。

 だが――。

 普段と違う点を挙げるとすれば、街を歩く、憲兵の数の多さであろうか。

 剣を腰に携え、街の中を歩く、厳めしい顔をした騎士。

 秩序維持。

 それが、彼らの役目であり、仕事である。



「まあ。その騎士たちを取り纏める。一家の主をボクらが滅ぼした訳だが」

「んむ?」

「なんでもないよ。独り言」


 口に転がした飴玉を、満足そうに頬張りながら、少女――アリス――は首を傾げていた。

 その姿。

 世間を騒がす〝殺戮少女アンノウン〟とは思えない。


「神様が言っていたわ。この間の件は良いように解釈をされたって。だから心配は要らないのよ」

「ふぅん。ああ。そうかい」

「ユキト。貴方は本当に心配性なのね。見ているこっちが不安になるわ」

「キミが馬鹿正直に突っ込むからだ。少しは反省して貰いたいね。ボクとしては」

「〝神の遣い〟である私に、人間である貴方が、反省を求めると?」

「なにか問題でも?」

「大ありに決まっているでしょう。分をわきまえなさい。分を」

「やれやれ……」


 悪態を付き、反省の色もなく、彼女アリスは不遜な態度で歩き続ける。

 反抗期の幼き子。

 そうにしか見えない。


 ただ、正真正銘、彼女は人間に非ず。


 〝神の子〟。

 それは、冗談でも嘘でもなく、狂言でも妄言でもない。

 本当のコト。

 見た目は少女であるが、その容姿は十年近くまったく変わらず、また、拳を振れば軽く人を撲殺できるとか。

 〝神様〟と直接的な交信を取ることで、一般には知り得ない、罪人の情報をキャッチできるとか。

 何処からどう見ても子どもの細い手足、にもかかわらず、反動の強いアサルトライフルを、片手で制御できるとか。

 すべてが、滅茶苦茶な、超常的な存在だ。

 つまり。

 彼女は、紛れもなく、神の遣いである。

 故に。


『〝人を殺して。歩く。そういう役目だから〟』


 そういう使命を渡された、と、本人アリスは自らを語っている。

 ともかく。

 だ。


「まあ。なんでも良いけどね。次の標的は何処の誰だい?」

「神様が言うには。なんでも。お金を稼ぐ人だとか」

「アバウトすぎないか?」

「伯爵の地位を持っている。とか。そうも言っていたかしら?」

「ふむ。名前は?」

「カンテ伯爵」

「いや。この街の有名人じゃないか――。前回に続いて」

「?」


 アリスは首を傾げ、そして、ユキトは深く深くため息を吐いていた。

 カンテ伯爵。

 この街の貿易に大きく関わっている、貴族、その中の一人である。陸海の両面で大きな権力を持つ。莫大な資産を有すると評判の若作りな男性であった。


「カンテ伯爵は――。つまり。悪人なのかい?」

「神様はそう言っていたけれど?」

「ふむ……」


 ユキトは、その言葉を受け、少し考え込むような仕草を見せる。

 確かに、巨財を成しているという噂は有名だが、実際、それほどの悪評は響いていない。

 アリス、ひいては、神々の標的になる理由が思い浮かばないのだ。

 しかし。

 アリスがこう言うのだから。

 裏が在るのだろう。


「カンテ伯爵は、いったい、どんな〝罪〟で〝罰〟を受けるの?」

「『〝彼の者はいずれ多くの人々を戦火へ陥れるだろう〟』。だ、そうよ。具体的なお話は私も知らないのだけれど」

「つまり。将来的に害を成す存在だから。と?」

「現在進行形の罪も。まぁ。あるわね」

「どんな?」

「奴隷売買」

「……――人身売買。か」

「ふふっ。殺すには十分な理由でしょう?」


 くすくす、と、アリスは小さく笑っている。

 深い思考はない。

 アリスはあまり物事を考えるのが得意ではないのだ。

 単純に。

 悪は罰するべき存在である。

 と。


「筋は通っているけどね。まあ。キミはもう少し物事を考えるべきだとボクは思う」

「なんですって?」

「物事の真理は実際に確かめてこそ分かるもの。故に。少し時間を貰おうか」


 調査。

 ユキトはコトの真相を確かめるために時間を欲した。

 ただ。

 アリスにとっては不要な時間である。

 〝神様〟こそが〝絶対〟である。

 それが、アリスにとっての、正義であるのだから。

 不満は避けられない。


「貴方は――。神様が下した決定に。異議を申し立てると?」

「そうじゃない。ただ。殺しの下準備は必要だろう?」

「要らないわ。真っ直ぐに突っ込んで。それで終わりでしょう」

「で、その結果として。神様からも苦言を受けたのだろう?」

「う……」


 バツが悪い、と、そんな表情を浮かべるアリス。

 その通り。

 彼女は信仰する神様からも、殺し方に対して、一応の〝苦言〟は受けている。

 秘匿にも限度があるのだ。

 当然だろう。


「戦いの基本は相手を知り己を知るというコト。別に情けをかけるつもりはないし。神様が言うことを否定するつもりもないよ」

「……――本当に?」

「ああ。という訳で。キミにも調査に協力を願おう。決行はそれからだ」


 ぷすぅ~、と、ほっぺたを膨らませるアリス。


「分かったわよ――。もう。好きになさい」


 仕方なし。

 そんな様子で、彼女は、両手を小さく挙げた。

 降参。

 ユキトの粘り勝ち、もとい、交渉成立である。


「ありがとね。アリス」

「ふんっ」


 ぷいっ、と、拗ねてしまうアリス。

 可愛らしい。

 ユキトは、そんな感想を、心の中で浮かべていたのだ。

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