第二節 北台東

第二節 北台東



「あんたは……?」

「北台東という。エレオノールさん、でいいんだよね? リドニス人?」

「え、ええ……」


 北台東と名乗った中年の細身の男は洞窟の隅に置かれた木製の机に燭台を置き

「よろしく」と手を差し出してきた。

 エレオノールは警戒しつつ、その手を見つめ「あァ……よろしく」と応えた。

 北台東は椅子に腰かけ、羽ペンでなにかを書きとめながら言った。


「シェルパ・キイスに感謝するんだよ。彼がアガナ凍土で倒れていた君たちを助けてくれた。彼が君たちを助けなかったら、いまごろは氷漬けの死体になっていただろうから」

「シェルパ・キイス……?」

「彼は、ここミルタースクル族のシェルパだよ」


 穏やかな声で教えてくれる北台東にエレオノールは「ううう」と呻いてしまう。

 シェルパがわたしを助けた……? なぜ?

 そもそもエレオノールはどうしてこのような状況に至ったのかをうまく思い出せなかった。アタマの奥がずしんと重い倦怠感に苛まれている気がする。

 腹のあたりをまさぐったとき、自分が銃創を負っていたことを思い出した……が。


「わ、わたしは……魔導銃で撃たれて……!!!」

「すでに弾丸の摘出と傷の縫合も終わっている。それも、すべてシェルパ・キイスが処置してくれた。いまは鎮痛薬と麻酔で身体がだるいだろうから、もう少し身体を休めたほうが良い」

「わたしは医学には疎いのだが……。それはアガナではあたりまえの事なのか?」

「さあね。僕も医学には疎いから」


 そう言ってから北台東は「シェルパはそうした知識を持っている」と付け加えた。

 エレオノールは釈然としないまま、ちくちくとする藁布団に身を横たえた。

 そうしてから、再びハッとして勢いよく身を起こす。


「ロリだ! もう一人いたはずだ。ロリ・ヴィクトリア・プリングルという娘だ! 彼女はどこだ!」


 ふいに騒ぎ出したエレオノールに北台東は顔を顰めて。


「落ち着いて、落ち着いてってば! 彼女も別室で休んでいる」

「無事なのか!」

「無事は無事だ。キミと違って外傷はない」


 北台東の返答にエレオノールはふっと安堵して肩の力を抜いた。そのまま崩れるように藁布団へと沈んだ。

 ロリが無事である。

 それがわかっただけでも、大変に心が安らいだ。


「台東と言ったな。あなたはリドニス人ではないし、アガナ人でもないようだ。それなのに、どうしてリドニス語がわかるんだ?」


 この問いかけに台東は肩ごしにエレオノールを一瞥し、再び机に向かってペンを動かし始めた。


「僕はアガナの北から来た。キミたちリドニスの入植団が南の帝政ゼノンからやってきたように、僕は北のワギャップ湾を越えて慶国から来た」

「慶国……? あなたの故郷か?」

「故郷の隣国だ。生まれは大京院磐梯という地域だ。王位を巡って南の朝廷と北の朝廷が対立して、お世辞にも平和な世の中じゃあないけど……そこが僕の故郷だ」

「よく、わからないな」


 そこまで言ってからエレオノールは自分の持ち合わせた知識と見識で、北台東に問いかける。


「あなたも、アスコット帝国と同じようにアガナを支配するために、そのナントカって場所からやってきたの?」


 この問いかけに北台東がどう答えるのか、エレオノールは気を配った。

 けれども、どう答えたところで……エレオノールに選択肢はない。


 支配か。非支配か。


 その返答に気を配っていたら、北台東は妙なことを言い出した。


「オムニサイドランスの伝説を調査するために、僕は慶国から来たんだ。キミたちのような東側の人々がするような覇権を求めたわけじゃない。僕が求めたのは知識であり、真実であり、伝説の真偽なんだ。つまり学問というやつさ」

「学問……? 伝説の真偽……?」


 北台東は少しだけ鼻をふふんと鳴らして。


「こう見えても、僕は学者だ。本当は故郷の大京院磐梯で学問をやりたかったけれども……さっきも言った通り、つまらない覇権争いで朝廷が分裂して、それどころじゃなくなった。だから、僕は隣国の慶国へ渡った。そして、そこでたくさんの事を学んだ。たとえば、キミたちのリドニス語とかね」


 正しい発音になっているのかな、僕のリドニス語は――?

 北台東の疑問にエレオノールは「まあまあだ」と答えた。

 アガナ人のユジノイワテよりはマシだが、母国語の話者が聞くと少し違和感がある。

 エレオノールは洞窟の暗い天井を見上げながら聞いた。


「その、オムニサイドランスの伝説とはなんだ? 聞いた事もない」

「キミたちが近づきすぎた地域の事さ」

「近づきすぎた地域……?」

「アガナ大地に突き刺さった漆黒の構造物『オムニサイドランス』の事さ。誰も調べたことが無いから伝説と呼ばれている」


 うっすらとエレオノールは吹雪のなかで見た黒い影の事を思い出した。

 それは呼吸をするように赤と緑の光を明滅させる、空に伸びる黒い塔のようだった。

 ぼんやりとエレオノールが記憶をたどっていると北台東は言った。


「その『オムニサイドランス』が、どうやらシェルパの拠点らしいんだ。謎多きシェルパの秘密を知るには、この『オムニサイドランス』の伝説を紐解くのが、近道だと思ってる」


 ここにも、聖バルトを否定しようとする人間がいる。


「わからないわね。あなた達の部族……ええっと」

「ミルタースクル族」

「そう、ミルタースクル族のシェルパは、わたしのような人間を助ける『友好的なシェルパ』なんでしょ? なら、彼に直接聞けばいいじゃない。どこに住んでいて、どういう食べ物を食べているのって」


 北台東はわずかに頬を緩めて「それが出来たら、苦労しないよ」と答えた。


「聖域なんだ、アガナ凍土は。一年中、人を寄せ付けない強烈な吹雪によって守られている。気象は神の領域で、それを操る事が出来るのは……いうなれば『神の所業』だ。でも、シェルパや『オムニサイドランス』は吹雪を操っている節がある」

「まさか……」

「あんな汚らしいもじゃもじゃが、神様であるとは思ってないよ。でも、気象を操っているのだとしたら……その方法はぜひとも知りたい」


 北台東はそこまで言ってニッと笑い「興味は尽きないだろ、エレオノール」と楽しそうに名を呼んだ。


「あなたと話をしていると……普段使わないアタマを使うから、すごく疲れる」

「そうでしょう。だから、いまはお休みになったほうが良い」


 細身の中年男はそう言って書き物に戻って行った。

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