第二節 神の御使い

第二節 神の御使い


 大地に薄く積もった雪が疾風に砕けて、舞う。

 跳躍をした、言葉の名残と気配を漂わせて。

 ロリが大地を蹴ったとき、エレオノールも自然と逆方向へと身を飛ばしていた。


「――うぐっ!」

「むうっ!!!」


 エレオノールとロリの前後に立ちはだかっていたナスマ族の男たちは、したたかに下あごを警棒で強打され、卒倒した。

 どさり、とふたりの男がほぼ同時にエレオノールとロリによって打ち倒された。


「のああっ!」

「うぇいあっ、うぇいあっ!!!」


 異国語の当惑が響く。

 エレオノールは大男の膝頭を狙って警棒を振るう。

 バシンッ、と骨を打ち「うぎいいいっ!」と悲鳴があがるのを確認して、相手の手首に警棒を鞭のように叩きつけた。


「がああああっ!」


 二人目の大男がこん棒を手放して雪に沈んだ。


「――ハッ!」


 振り返ったとき、雲の合間から差し込んできた逆光に目がくらんだ。

 それは振り上げられたこん棒を覆い隠し、衝撃を覚悟させるものだった。

 エレオノールはしゃにむにになって身を捩り、間一髪のところで強烈なこん棒を躱した。

 ちいっ、という舌打ちが聞こえたとき「酒飲んでるから、動きにぶいよ!」というロリの声が聞こえた。

 あの娘は、こんな乱戦のなかですら……こちらに気を配っているっていうの?

 なんて娘なんだ、とエレオノールは恐怖しながら「悪かったわね!」と言い返した。

 その小さな悪態にロリはくすっと笑ったような気がした。

 エレオノールは転がり起きて、第二撃を見極めた。

 横から繰り出される一撃を後方に退いて避け、再び繰り出される一撃の隙を狙って鳩尾に警棒の尖端を突きこんだ。


「うっぐっ!」


 骨を外した。

 だからこそ、衝撃が内臓を揺らして息が詰まる。


「ぐぎゅ、うぎゅううう……!!!」


 膝から前傾に倒れた男へトドメの一撃を喰らわせようと警棒を振り上げ……やめた。

 それは違う。

 そう思う一方で、こちらを見ている視線に気づいた。

 この混乱を起こした張本人――大柄のナスマ族の男だ。


「アガナに来てから、身体の大きな奴によく絡まれるね……」


 そう言ってエレオノールは走り出していた。

 先制を取る。

 一撃が防がれる。

 こん棒の反撃が来る。

 狙いを定めて手首を打ち、こん棒が空高く舞い上がった。


「うぐううっ……!!!」


 うめき声とともに手首を押さえる大男……。

 すでに、彼のこん棒は野次馬の人垣に落ちたあとだった。


「これでこっちは……」


 振り返れば三人の男とロリが戦っていた。

 その動きは流麗で、エレオノールの力技とは異なった戦い方だった。

 三人の男たちが互い違いにこん棒を振り上げてロリを狙う。

 彼女はそれを楽しむようにふわふわとステップを踏み、可憐に避けながら「こっちこっち!」と挑発しながら、内腿や手首を踵で蹴る。

 警棒で巧みに内肘を打ち、脇の付け根を突き、脛を弾く。

 それは馬上剣術とも対面剣術とも違う、もっと別の武術のように思われた。

 彼女は雪上で三人の男と戦っていたハズなのに、エレオノールには天使の戯れに見えた。

 白い雪が舞い上がる。

 それは彼女の背から生えているであろう純白の両翼から零れた羽毛のように見えたのだ。彼女は真っ白い花々が咲き誇る天上の地で、けらけらと幸福の声をあげながら遊んでいる神様の使いに見えたのだ。

 そこに死への恐怖はなく。

 暴力に対する動揺もない。

 彼女はただ生きる事への喜びを噛みしめ、肉体が自由に動くことを楽しんでいるようだった。

 ひとりの男が振り下ろしたこん棒が、ロリを外して別の男の腕を打った。


「うぎゃっ!」

「がああっ!」


 お互いが奇妙な声で視線をぶつけ合い、ロリがけたけた笑いながら「よく見て、こっちだって!」と伝わらないリドニス語で挑発を続けていたとき――。


 ――ズドンッ!


 響き渡った銃声に、誰もが視線を向けた。

 空に向けて魔導銃を放ったユジノイワテは「やめなさい!」というような忠告を発した。

 そうしてから、へとへとになっている男たちへ銃口を向け、エレオノールに倒された男たちにも鋭く睨みを利かせた。

 ユジノイワテが激しくなにかを主張しながらエレオノールの側にやってきた。


「彼女たちの文明は道具も戦い方も優れている。それを痛感したでしょう、と彼らに言いました。事実、彼らはあなた達を倒すことも……触れることも出来なかった」


 彼がそう解説してくれたときには、すでに男たちがおずおずと人垣の方へと立ち去り始めていた。

 入れ替わるようにロリがこちらへやってきて。


「久しぶりに楽しかったーっ」


 無邪気にそんな事を言う。

 エレオノールは「危ない戦い方をするなァ」とアガナ人の怪力を思い起こしつつ……ロリの軽快な動きと恐怖心のない力強い勇気に感服した。

 太陽が分厚い雲に隠れ、光がうっすらと消えていく。

 先ほどまでの騒ぎは一瞬にして静まり、アガナ人たちはエレオノールとロリに注目していた。


「行進訓練をやる。彼らを整列させて」


 エレオノールはユジノイワテに指示を出して、乱れた着衣を整えた。

 彼らは強い。

 古来の戦い方に合わせて身体を作ってきている。

 飛び道具を使わない、近接戦闘に特化した男たち……。

 そんな彼らに魔導銃を扱う事が出来るのか――?


「いや、使えるようにさせる。それが、いまのわたしの役目なんだから……」


 ぽつりとエレオノールは自分に言い聞かせるように呟いた。

 大切な、神様から預かったお告げのように。

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