第六章 真実

「ケンジ、知らないことがたくさんあるようね。教えてあげるわ。色々と」

 クミの言葉に、ケンジは彼女を見た。

「俺の、知らないこと?」 

「まず第一に、」クミは大きな声で言った。「サオリを殺したのは、岩槻じゃないわ」

 ケンジとアオイは、驚いて顔を見合わせた。

「そんなはずないわ」アオイは言った。「岩槻院長は、自分でサオリさんを殺したと言っていたのよ」

「そう、実際に殺したのはね。でも、岩槻がサオリを殺したのは、仕方のないことだった。原因は別の人物にあるの。その人物が、サオリを間接的に殺したのよ」

 ケンジはクミを見つめた。ケンジの首筋に、嫌な脂汗が滴る。

「その人物っていうのはね、ケンジ、あんたよ」

 ケンジは、驚いて立ち上がった。

「何言ってんだよ!俺がサオリを殺すわけねえだろ!デタラメ言うんじゃねえよ!」

「事実よ」クミは容赦なく断言する。「あんたは、事実を受け入れる心を持つべきだわ」

 アオイが、一歩前に出た。

「なぜ、そう断言できるの」

「見たからよ」アオイの質問に、クミはすぐに答えた。「あのね、ケンジ。岩槻はあんたの父親なの」

「何を言ってるんだ?」

 ケンジは顔をしかめる。

「岩槻はあんたの母親と結婚したけど、同じくらいの時期に、他の女性と不倫をしていたの。それを知ったあんたの母親は-----まあ、メンタルの弱い人だったから-----ショックで自殺してしまった。あんたはしばらく父親の岩槻と暮らしてたけど、母がいないことで、あんたは次第にやさぐれていった。そしてある日、あんたは岩槻の実験室に入ったの。岩槻は犯罪者で、色んな薬物を調合して、恐ろしい薬をたくさん作っていたのよ。あんたはそのうちの一つの薬を手に取り、嫌いな父を毒殺しようと、岩槻のティー・カップに入れた。岩槻は知らずにそれを飲んだけど、あんたが入れたそれは、飲んだ人間を凶暴にする薬だったの。岩槻は凶暴化し、ちょうど家の庭にいたあんたの彼女を——」

 そこでクミは唇を結び、ケンジを見た。ケンジの目の下には、クマがあった。 

「鈴本くん、サオリさんと一緒にいなかったの」

「飲み物を買いに行ってたんだ」

 アオイの問いに、ケンジは震える声で答えた。

「私も、鈴本くんの本当の父親は、岩槻院長だって知ってたの」アオイは静かに告白した。「そして、私の実の父も、岩槻院長」

「え?」

 ケンジは顔を上げて、アオイを見つめた。

「さっきその女の子が言ったように、」アオイが、クミを見て言った。「岩槻院長は不倫をしていたわ。その相手が、私の母親だったのよ。岩槻院長と私の母がセックスをした結果、私という無駄な命が産まれたの。母は私を捨てた。今は、二宮さんという優しい女性に育てられているのよ」

「じゃあ、二宮は本当の苗字じゃないの?」

「ええ。あなたの本当の苗字も、鈴本ではないわ。鈴本は、今あなたを育ててくれてる夫婦の苗字」

「そんな…じゃあ、俺がずっとお父さんとお母さんだと思ってた人は…」

「赤の他人よ、岩槻くん」

 ケンジは絶句し、目を見開いた。

「で、でも、でも…サオリが死んだのは俺らが十三歳のときだ。三年前だ。俺は十三年間、三年前まで岩槻と二人で暮らしてて、奴のことを覚えてないってのか。おかしいじゃねえか」

「彼は君を保護施設に入れるとき、君の脳を手術して、彼の記憶を君の脳から消したんだよ」ユウジが言った。「そういう出来事を全て、僕とクミは見ていたんだ」

「さっきから見てたとか知ってるとか、どこから見てたんだよ! 俺らのストーカーなのか!?」

「ストーカーじゃないよ」泡を飛ばす勢いのケンジに、ユウジは落ち着き払って答えた。「僕とクミは、天国からの使いでね。君らが知っているところでは、神に一番近い存在だ」

 ケンジとアオイは呆然として、神、と呟いた。

「そうよ。ユウジの本当の名はユースタス。そして、私の本当の名はクローディア」 

「僕らは、普段は人間として、この世界で生きているんだ」

 クミ、否、クローディアは、ケンジを睨んだ。

「あんたが私を愛したら、サオリを生き返らせてやるつもりでいたのに」

「ほ、本当!?」ケンジはクローディアに飛びついた。「なあクミ、いや、クローディア様、今まであなたの好意を冷たくあしらって、本当にすみませんでした! 愛しています、クローディア様! どうかサオリを帰してください!」 

 喉も破れんばかりに叫んで土下座したケンジを、クローディアは冷めた目で見下ろした。

「真実の愛でなきゃ人を帰せないのよ」

 クローディアの、短いが鋭利な、ナイフのような一言に、ケンジは絶句した。ケンジは懇願するようにクローディアを見上げたが、彼女の瞳は氷のように冷たく硬かった。ケンジは、もうサオリが戻ってこないことを悟った。

 土下座の姿勢を保ったまま、ケンジは再びうつむいた。涙が次から次へとあふれてきて、質素な床がぐにゃりと歪んだ。

 ケンジは自分の両腕に顔を埋めて、延々と激しく泣き続けた。そんな彼を哀れみの目で見つめるアオイと、ただの人間たちを無情な目で見下ろす二体の神、ユースタスとクローディアがいた。

                 

                            (完)

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真夏の陰鬱 あすなろ まどか @48670766

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