9.エイリアンVS宇宙の騎士
*
「………パパ」
動かなくなった父の傍らでミカンは力なく座り込む。
静かに溜まった涙が頬を伝い、落ちてブクブクと床を溶解した。
「こ、これがエイリアンの強酸の涙っ!?」
決定的な瞬間を目撃した真田部ら報道陣は彼女の能力に驚愕する。
そんな中、名取が前に出た。
「ミカンさん、その身を法の下に委ねなさい」
冷酷に言い放つ。
「パパ……いや――――――――――――――――――――――――――っ!!」
ミカンは頭を抱え、悲痛の叫びを上げた。
その瞬間、漆黒の尾が飛び出した。鋭く鋭利な先端が迷いなく純白の騎士に突っ込んでいく。名取はそれを冷静に目で追い、かわして一気に間合いを詰めようと足に力を込めた。
「―――――ッ!?」
その足が後方へと退がった。
漆黒の尾が彼の侵入を拒むように、床下から飛び出したのだ。
息つく暇もなく天井や壁を突き破り、死角から容赦なく襲い掛かる。
「土足で失礼します!」
名取は律儀にそう言って部屋の奥へ走り、窓から飛び出した。外で待機していた取材クルーや、今頃到着した警察陣を飛び越えて地面に着地。後を追ってきたミカンと正面から対峙する形となった。
真田部が興奮した様子で、汗と一緒にマイクを握る。
「ついに宇宙連合とエイリアンの戦いが始まりました! しーんじられっない! まるで夢でも見ているかのようです! しかしこれは夢ではありません! 現実でっすッ! 我々取材班は戦いの一部始終を皆様にお伝えするために、決死の覚悟で挑みたいと思いますッ!」
実況にも熱が前面に押し出ている。
だが、名取はそんなことに意識を裂いている場合ではない。
「落ち着きなさい。これ以上抵抗が過ぎると、手荒な真似をしなくては―――」
名取の説得は我を失ったミカンの漆黒の尾に寸断された。
とは言え、場所が広くなったことでそれを躱すことは難しくない。
難しくないが、同時に驚かされる。
ミカンの持つ、その戦闘能力に。
今の彼女は感情と生物的本能のみで戦っているに過ぎない。確かに尻尾の威力は脅威だが、その動きは直線的で単調。無駄も随所に見られ、つけ入る隙はいくらでもある。
「………くっ」
ように思えたが、これが実際一筋縄に行かなかった。
ミカンはそれらの欠点を補って余りある、生物としての圧倒的スペックを持っていた。漆黒の尾はまるで別に意志でも持っているかのような俊敏性、反射性、なにより凶暴性で名取に襲い掛かり、巻き添えになった路面や電柱がまるで名刀で豆腐でも切ったかのようにノータイムで切断されていく。
そしてこれは、彼女の持つ能力のほんの一部に過ぎないというのだ。
名取は心の中で断言する。
もし彼女が戦いを覚えたら、取り返しがつかないことになる、と。
いかなる凶悪犯罪者。ましてや昨日のエイリアンなど、まるで比較にならない。
ミカンの生物としての能力は、現時点でも全宇宙の中で間違いなくトップクラスだ。
「仕方ありません」
名取はまだ通用するうちに〝反則〟を使うことにした。
掌を掲げ、昨日のエイリアンを拘束した、あの超能力を発動させる。
「―――馬鹿なッ!?」
名取は咄嗟に顔を反らした。ほんの数舜前まで頭があった空間を漆黒の尾がものすごい勢いで通過し、その切れ味が彼の綺麗な頬に一筋の傷をつけた。
信じられない。
超能力は間違いなく発動し、確かに尻尾の動きを止めた。
だが、止めたのはほんの一瞬だけ。
驚くべきことにミカンは名取の超能力を、単純に力づくで捻じ伏せた。
生物としての圧倒的能力差で反則すら踏み躙ったのだ。
(とはいえ、まだ何とかなる……)
ミカンの周囲の空間が紫電を帯び、バチバチと弾けた。体のサイズに不釣り合いな膨大なエネルギー。彼女の金髪を重力から解放するように揺らめかせ、青白いオーラを漂わせる。
すべてを貪るような、危険で、それでいて美しい光がカメラに映る。
この光景をテレビ越しに見ていた者は茫然と見惚れ、一部の者はすぐにこの映画のタイトルを調べるべく新聞のテレビ欄を目で漁り、無い者は買いに家を飛び出した。
現場でそれを目の当たりにしている人間は、ただ立ち尽くしていた。思考が恐怖や諦めを超えた真っ白な虚無に塗り潰され、誰一人動こうとしない。次の瞬間にもその虚構が、自身の肉体さえも飲み込もうとしているというのに。
そんな状況をカメラだけが、その職務をまっとうした。
膨れ上がった光がさらに密度を上げ、ミカンの髪に収束していく。
「いきますよ」
刹那、一部始終を映しているはずのカメラから純白が消えた。
次にカメラが捉えた時、純白のシルエットは少女の背後に立っていた。
青い光の刃。それを今まさに振り抜いた体勢で。
「パ……パ………」
ミカンは、倒れた。
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おきな
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