8.法の執行者
全員の注目が奥から出てきた軍服姿の名取に集中する。その後ろには詩織の姿もあった。
「あっ! ユーはまさか……っ」
ウェイローは感づいたらしいが、
「なんなんざますか!」
女は構わずヒステリックに叫んだ。
しかし、名取は動じることなく、
「私はユニバース・レギオン スペース警察所属、ロージェスナイト・ナンバー10。このチキュー星では名取真守と名乗っています」
礼儀正しく、堂々と名乗った。キラキライケメンオーラが編集無しでカメラに映った。
「ロージェス!?(目がハート)」
女も名取の素性を知って、ずきゅんっ、と驚愕。厚化粧も真っ青だった。
「実は今しがた不審な宇宙人二人組の話を伺ったばかりでして。失礼ですがそこのお三方、なにか身分を証明できるものは?」
口調は落ち着いているが、その実全く穏やかじゃない。
完全に職質するおまわりさんだった。
「なーんとあなたもユニオンの方でしたか! やっほう!」
真田部が乱入してきた。恐れ知らずのハイテンションと空気の読めなさ具合でグイグイ名取に詰め寄る。
「ちょっなんなんですかあなたは!?」
さすがの名取もこの男の非常識さにドン引きしている。
「あ」
三人組が消えていた。
今のドサクサにとんずらぶっかましたらしい。
「………はあ」
名取は頭痛を訴えるように眉間に指をあてる。
「……それで、あなた方は?」
「よくぞ聞いてくれました! 私の名は――」
省略。
「この星の報道機関の方ですか。本来私の立場としましては、あまり表立ったことはすべきではないのですが……」
「ありっがとうございまっす!」
話途中でカットインしてくる。
さすがの名取も眉をひそめるが、真田部にはそんなもん目に入らないようだ。
カメラが寄ってきて、自然とインタビューの構図が出来上がっていた。
「まずっは名取様に、此度のエイリアン事件の速やかな解決にチキュー星人を代表してお礼申し上げまっす。まこっとにありがとうございましたぁ!」
真田部はテレビ映えを気にしているのが見え見えのカメラ目線。間髪入れずに熱の籠った質問を始める。
「そこっでお尋ねしたいのですが、エイリアンは保護されたと伺っておりますが、もし保護が叶わなかった場合はどのような対処をされるおつもりだったのでしょっか?」
真田部が上機嫌にマイクを向け、カメラが名取をさらにアップにした。
「我々ユニオンは宇宙の平和と秩序を守る組織です。ですのでそういった場合、私個人も大変心苦しくありますが、最悪命を奪うこともやむを得ないと考えています」
名取は物怖じした様子もなく、はっきりとした口調で説明した。
「素うぅ晴らしいッ!! さすがは宇宙の平和を守る正義の味方! この真田部、名取様のお言葉にモーレツに感激しております!」
おそらく期待通りの回答だったのだろう。真田部は満足そうに一層声を張り上げた。
「そこっで、是非名取様のお目に入れて頂きたいものがございまっす!」
真田部はスタッフから茶封筒を受け取り、中身を名取に渡した。
「こちらの写真は二日前、エイリアンのものと予想される被害現場でございまーす!」
「…………………………」
名取は無言のまま、受け取った写真に目を通す。
見るも無残な姿となった鉄筋の建物跡。しかし何より彼の目を引いたのは、夕焼け空にまっすぐ光の線が映った写真だった。
名取が明らかに息を呑んだことに気を良くした真田部は、一坂とその傍らにいるミカンを、まるで大物ゲストを紹介するように指さした。
「実はその現場にいたのが、そこにいる彼らなのです!」
カメラやスタッフたちの目が獲物を見つけた鳥類のように動いた。
すでに不穏な空気に怯えていたミカンは、自分に殺到した奇異の目に射すくめられ、逃げるように一坂の後ろに身を隠した。
一坂と報道陣の視線がぶつかり合い、一触即発の様相を呈する。
「皆さん、落ち着いてください」
「名取さん……」
考えてみれば名取には既にこのことを相談済みなのだ。詳細を伏せたことも彼は納得していたし、こちらの意向も条件付きで認められると言質も取ってある。
一坂は事前の根回しが活きたことに、心中で胸を撫で下ろした。
この場で一番発言権のある名取なら、この状況を穏便に収めてくれるはずだ。
だから、きっと大丈夫。
しかし、―――
一坂は見誤っていた。
「ミカンさん」
名取真守という人間を。
「あなたを、拘束します」
ロージェスナイトと呼ばれる、法の執行者を。
「名取さん!?」
一坂は堪らず男の名を叫んだ。
「え…………………」
何が起こったかわからなかった。
わかったのは純白の騎士が、すでに自分の背後にいたという結果だけ。
「慎重に……まさしくその通り。これは慎重にならざるを得ない」
一坂は動けなかった。左手を少し捻られているだけなのに、全身が全く機能してくれない。解放されたと同時に、受け身一つとれないまま床に倒れる。
「一目見ただけで理解できます。遠くからでも視認できる、この光線の高密度でかつ膨大なエネルギー量。はっきり言って危険すぎる……」
名取の緊張を孕んだ声が、意識だけあった一坂に現実を叩きつけた。
思い上がっていたわけではない。昨日のエイリアンを倒した名取と自分の差がどれほどかなんて、わかりきっていた。
わかりきってはいたが、それでも人ひとり。
大の男ひとり無力化することが、こんなにもあっけないなんて。
「ひくしょう……ひく、ひょう……」
一坂は舌すらまともに回せず、開いた口から垂れたよだれが床を濡らした。
この男の前で、自分はまったくの役立たずだった。
「パパ!」
「おとなしくしなさい」
名取はミカンを制し、その細い腕を取る。それでも無理に動くので思いがけず力が入ってしまった。
ミカンの表情が苦痛に歪み、彼女の髪についていた赤いリボンが床に落ちた。
「―――っ! へめぇ……っ」
その瞬間、一坂の理性が吹っ飛んだ。
「俺の……俺のミカンになにやってんだああああああぁぁぁぁ――――――っ!!」
爆発した感情が無機物のようだった体に熱を蘇らせた。
しかし、紫の視線がそれを冷ややかに流す。名取は精錬された動きで、激情に任せて殴りかかった一坂を、まさしく子供のようにあしらい、まるで同じシーンの再現のように左腕の関節を取った。
それでも一坂は激痛と、その域を超えた軽い感覚に歯を食いしばって耐えた。
「――――おあッ!」
一坂は左腕を丸ごと捨て石にし、勢いに全体重を乗せて名取に体ごとぶつかった。我が身を顧みない気迫で、なんとかミカンを取り戻すことができた。
「二人ともやめろ! 一坂も落ち着け!」
この危険な流れを止めようと、詩織が意を決して声を張り上げた。
しかし、
「うるせぇ! 落ち着いてなんていられるか!」
今の一坂には詩織の声でさえ届かなかった。
「ここでミカンが連れていかれちまったら、こっちの話を聞いてくれる保障なんてねぇんだ! そんなのは絶対に駄目なんだよ!」
一坂は大声で訴えた。
そんな彼の服をミカンが掴んでくる。こちらを見上げた翠玉色の瞳が震え、不安の領域を今にも超えそうだった。
「パパ……」
「………安心しろミカン。お前は俺が守るから。だからそんな顔、しないでくれ……」
一坂はなんとか平静を装うが、表情には隠し切れない苦痛が滲んでいた。体中にねっとりとした汗が噴き出し、犠牲にした左腕は怖いほど痛みがない。くっついてるのが不思議なくらいだった。
それでもミカンを守れないよりは、ずっとよかった。
ミカンの笑顔が、この手から離れるより何倍も。
何万倍もマシだった。
「てめぇにミカンを渡すつもりはねぇ。名取さん……たとえあんたでも容赦し――……」
一坂の声は、そこで途切れた。
名取の当身が一坂の後頭部を強打し、身体の自由どころか意識すら分断したのだ。
急転する視界。引力のままに、感覚のない軽い体が床に倒れた音が聞こえた。
「……パパ?」
揺さぶられても、それに応じることができない。
「パパ……パパっ!」
どれだけ呼ばれても、その声は意識に届かない。
何より、一坂は困惑していた。
(………なん、だよ。これ…………)
まるで脳にノイズが混じるかのような、その感覚。
本来映るはずのない映像を受信したテレビのように、ソレは不鮮明で不安定。
突如脳になだれ込んできた膨大な情報量に、思考は完全に混乱状態だった。
(……ぁあ…あ………)
視界が、回る。
処理が追い付かない脳が悲鳴を上げ、意識が黒い渦に吸い込まれていく。
そして、―――
一坂の黒い瞳から、光が消えた。
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おきな
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