裸の王子様
ぶんぶん
第1話 決意
そのとき、人とその妻はふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。
――創世記2章25節
陽に反射して煌めく水しぶき。振り乱れる黄金の髪の毛。巨匠が削り出した裸体像と見紛うほどの肉体美。プールサイドに群がるメイド達の、視線と歓喜の声を独占するこの男は、天高く叫んだ。
「だ、誰か助けてーっ!!ブクブクブク・・・」
「こらーっ!見とれてないで助けんかーっ!!」
「きゃあああ♡王子様ーっ!!」
プールから引っ張り出された男は、美しいメイドの唇を独占し(人工呼吸)、水を盛大に吐き出した。
「げぼぉっ!!ごほぉっ!!」
「王子。大丈夫ですか?」
執事のヨーゼフが気遣う青年。歳は16歳。黄金の国の王子――ジョッシュだ。
「ごほっ、ごほっ・・・。あ、あぁ。もう大丈夫だ」
「少し休憩しましょう。温かい飲み物をお持ちいたします」
「いや、いい。何としても今日こそは、泳げるようになりたいのだ」
「そう言って、既に2週間が経過しております」
「全く情けないものだ。一国の王子たる私が、泳ぐことすらできぬとは」
「泳げることが王子の条件ではありませぬ。父王のご子息であること。それだけで十分」
「この不甲斐なさのゆえに、信用されていないのだ。現に父上は、私が国の外へ出ることを許してくださらないではないか」
「ひとえに、王子を愛しておられるからです」
「あぁ。せめて泳ぐことができたなら!自信をもって言えるのに。『父上!私は泳げるようになりました!今こそ国外に出るお許しを!私はこの国を再興したいのです!』と」
ジョッシュは太陽に向かって手を伸ばす。
「黄金の国に、かつての栄光を!!」
「・・・まずは水に顔をつけることに慣れなければ」
「私の顔が濡れるではないか!」
「それが、泳ぐということにございます」
「うぅぅ。口と鼻が水に浸かると怖くなるのだ。息ができなくなる。空気とは不思議なものよな。眼には見えないのに、これほど人間にとって大切なものは無い。空気無くして人は生きることができないのだ」
「王子様」
メイド長がやってきて、恭(うやうや)しくお辞儀をする。
「王様がお呼びにこざいます」
「ち、父上!?」
玉座の間にて黄金の国、国王ゴードン1世に謁見したジョッシュは、眼を丸くしてわなわなと震えた。
「父上!ご乱心召されたかぁ!?」
ジョッシュにとって父ゴードンは、尊敬に値する名君であったはずだ。しかし普段は威厳ある国王の姿が、どうにもよろしくない。
――全裸なのである。布一枚身に付けてはいない。局部も丸見えである。
「一国の主が、臣下の前で裸体を晒すなど、あってはなりませぬ!見てください!メイド達が、顔を赤らめて眼を背けております!」
「控えなさいジョッシュ。王の御前ですよ」
ジョッシュを窘(たしな)めたのは、玉座の隣に立つ王妃ホリィである。
「しかし母上!母上は平気なのですか!?父上が全裸なのですよ!?」
「全裸ではぬぁぁぁい!!」
全裸である。少なくともジョッシュにはそう見えている。
「余は。ついに完成させたのだ。“最強装備”を!!」
「“最強装備”!?それはすなわち、すべての武具の頂点。これで黄金の国に、栄光を取り戻すことができるということですね!あぁ!私の夢がついに現実に!!・・・しかし、父上。肝心の装備品はどこにあるのですか?」
「既に身に付けておる!」
「・・・もしかして、『何も着ないのが最強』などと、とんちめいたことを申されるのでは」
「つべこべ言わず、触ってみよ!」
王子は訝(いぶか)し気な表情を浮かべながらも、ゴードン王に近づき、手を伸ばしてみた。
「・・・あ!!」
国王の地肌に触れる手前、王子の手には、確かに金属質の何かが触れた。
「透明な、鎧!?・・・ヨーゼフ!!」
「はい、王子」
「鑑定眼鏡を私に!!」
「こちらに」
「・・・攻撃力、防御力、素早さ、魔力、魔法耐性、弱体・状態異常耐性。全てのステータスが計測上限(9999)に達している!!こんな装備品を見るのは初めてだ!!父上、凄いです!!」
「だから申したであろう!これぞ余の最高傑作。“最強装備シリーズ”だ!」
「しかし全裸というのは・・・」
「特殊な金属を加工したゆえに、服を身に付けても透過してしまうのじゃ」
「せめて局部を隠すことはできないのですか?」
「できなくはない。隠したい部分にだけ、無花果(いちじく)の葉を貼り付ければ良い」
「なぜ無花果なのですか?」
「色々試してみたが、他の素材では隠せなんだ。とにかく無花果を貼れば隠すことはできる。だがその代わり、ステータスへの補正値が著しく下がってしまうのだ。それではせっかくの“最強”の名が」
「どれくらい下がるのですか」
「股間だけで50%」
「確かに大幅な減退ではあります。とは言え、一般的な装備の補正値が500程度であることを鑑みれば・・・」
「ええい!細かい心配は無用じゃ!“最強”であれば全裸など取るに足らぬこと!人間、生まれた時は皆裸じゃ!!文句を言うなぁ!」
「しかし父上。それでは王としての威厳が。第一、これでは買い手もつきませぬ」
「そなた!父の苦労を愚弄するかぁ!?」
「今日の父上はいつも以上に興奮しているようだ。もう少し冷静にお考えを」
「装備品の効果で“高揚”がかかっているのですよ」
王妃が事もなげに言う。
「そういうことか。・・・父上。最強へのこだわりは結構なことです。しかし、買い手がいなければ、国を再興することはできませぬ。もう少し妥協なさっては」
「ならぬ!余は国一番の職人!見た目程度で妥協などしてなるものかぁ!」
「その“見た目”のゆえに、我が国の装備品は売れなくなったのであります!」
「ええぃ!黙れぇ!余は早速、この最強装備を売りに行ってまいるぞ!!これで我が国は安泰じゃ!ガーハッハッハ!!ヨーゼフ!支度をせい!!」
「御意に」
「いけませぬ父上!父上の局部が全世界の注目の的に!!装備品の方に注目を集めねば、意味がありましょうや!?」
「留守は頼んだぞ、ホリィ」
「身命を賭して」
「んがぁ!?腰がぁ!!」
「父上!父上ーっ!!」
「王様の具合はどうだ?」
「心配はいらん。ただのギックリ腰だ。最強装備を錬成する熱心さのあまり、無理をしたのだろう。しかし、せっかくの“最強装備”も、まだしばらくは陽の目を見ることはなさそうだな」
「王様の“股間”もな(笑)」
「貴様ら!!」
「「じょ、ジョッシュ王子!?」」
「よくも我が父上をバカにしたな!!」
「お、お赦しください!!!打ち首だけはどうか!」
「・・・良い。父上は国を案ずるあまり、どうかしておるのだ。しかしそなたら。自らの失言を悔いているのなら、この私の願いを聞いてはくれまいか」
「何なりとお申し付けを!!」
――――――――――
「そこのもの」
「はい、ヨーゼフ様」
「我が君が錬成した、“最強装備シリーズ”は7組あったはずだ。が、ここには1組足りない。どこにあるか知らぬか?」
「申し訳ございません。わたくしは存じ上げません」
「宝物庫を開けられるのは、王族か限られた執事たちのみ。・・・まさか。ジョッシュ様は!?王子はどこにおられる!?」
「け、今朝はまだお見かけしておりませんが」
「捜せ!城中を!今すぐに!!」
「はいっ!」
「ジョッシュ様・・・!」
――――――――――
「お、王子・・・。国境に着きましたが・・・」
「ご苦労!ここからは私一人で行くぜぇ!!」
惜しげもなく肉体美を披露する、ほぼ全裸の男。腰回りだけ無花果の葉で覆われている。
「今からでもお考え直しを。王子は、その武具のせいで“ハイ”になっておられるのです。冷静に考えますれば、この旅は危険すぎるものと」
「心配は無用!国で安心して待っていろ!私がこの“最強装備”を売って、国にかつての栄光を取り戻してみせるぜぇ!」
「せめて騎士の一人でもお付けになった方が。失礼でなければ、わたくしが同行いたしますが」
「“最強装備”を売り込むのに、護衛を付ける者がおるか!一人で生きていけるが故の最強装備なんだぜ!」
「しかし万が一のことがあっては、わたくしの命がありません」
「なぁに。父上への手紙はここにしたためておいた。帰ったらこれを渡せ!これで私に何が起きようとも、そなたに責任はないぜ!」
「しかし」
「さぁ!祖国再興の大望。今こそ遂げてみせるぜぇ!!」
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