承認欲の少女
「に、ニチカちゃん..ありがとう。毎日。
ごめんね?」
冴は授業が終わるなり似千花が助けてくれたことへの感謝を伝えた。
「いいのいいの!冴は可愛いんだから!」
「ニチカちゃんの方が..可愛いよ?」
似千花は満足げに微笑み冴の頭を撫でる。
冴もされるがままにそれを受け入れて気持ちよさそうに両目を細めた。
「わたしが可愛い限りわたしは冴を守ってあげる。今まで通り..ね?」
「うん、ニチカちゃんは世界一可愛いよ。」
「ありがと!守りポイントプラス1、守ってあげる期間延長しといたよ〜!」
冴は素直に似千花を褒め似千花は機嫌を良くして冴を虐めから守る。
それがいつものお約束と呼ばれるものだった。似千花の善行に善の意味は無く、そこには自分が自分より弱い者から褒め称えられたいだとか、強い者に対して意見し目に止まりたいとか言った打算的な目的しか無い。
『守られる為に褒めちぎる少女と褒められる為に守り抜く少女』の利害が一致しているが故の取り引きのようなものだった。
最も、冴はこの歪さには気づいておらず、似千花は守ってくれる良い人としか考えていないような柔和な表情を打算的な彼女に向ける。
「ほら、次体育だよ!」
「そうだねニチカちゃん...!」
体育着袋を開いて白を基調としたデザインに手縫いで施されたゼッケンの付いた一般的すぎる衣を身に纏い、これまた普通の青っぽい群青っぽいようなショートパンツをはく。
体育館履きの袋を無確認で手にぶら下げ後から準備を終えた似千花と共に教室を後にする。鍵は最後に出るクラス委員がかける決まりなので気にせずに談笑をしながら教室を後にした。
「外、まだ少し冷えるね。」
2年生が始まってかなり経ったけれど未だ寒さが残る季節だ。外を半袖半ズボンで歩くには充分に寒い。
白い体育館履きに履き替える似千花を横目に冴も袋を開け床に靴を置く。
利き足である左足を入れると同時に爪先に鋭い痛みが走った。何かで刺したような。
「った....。、、!画鋲だ。」
画鋲なんて自然に入るはずがない。
上履きならまだしも、袋で閉ざされていた体育館履きになんて不可能だ。
何者かの力が加わって入れられたのだ。
といっても入れそうな人間なんて1グループしかいない。ひなき達だ。
他の者は傍観者を決め込んでいるのだから急に入れてくるなんてことはないだろう。
靴下を脱ぐとツーっと細い線を描いて赤いものが滴った。
爪先が痛いというのは中々に苦痛なものだ。
神経の仕組みがどうなっているのかはよく分からないが指先や足先を怪我すると特に痛いような気がする。何度も手や足先に怪我を負うことのあった冴はよくわかっている。
「使手さん達でしょ。」
すぐ近くでクスクスと笑っていたひなき達が不愉快そうな顔を浮かべた。
「あたし達じゃないんだけど。」
「またそうやってシラ切って!!」
「ニチカちゃん、もういいよ。使手さん達はやめてくれないだろう..から。」
「あたしじゃないってば。」
舌打ちをし、グループのメンバーに問い詰めるように無言の圧をかける。
メンバーが首を横に振るとあっそ、とでも言いたげに少々泣きそうな顔になりながらもメンバーを引き連れて去っていった。
「使手さんじゃなかったってこと?」
「あの反応はね。ねぇ!誰な訳っ!冴にこんなことした奴出てこいっ!」
似千花は体育館にある見学者用の机にバンッと手を叩きつけ皆を睨みつける。
流石にこれは私のためにやってくれているのかも!と一瞬冴は期待したものの、
「名乗り出てくれないね。.....冴可愛いよ?」
といういつもの自分も褒めてアピールによって期待は砕け散った。
体育が終わった後、ひなきが電話越しに『......して』と言ったのを冴は忘れられずにいた。
〜古島似千花〜
似千花は冴が掃除当番の日は待たない。
好意で付き添っている訳でもないのだ。
掃除当番を待ったって褒められる訳じゃない。ありがとうと上っ面の感謝を述べられるだけだ。いつものことになれば習慣にもなってその上部の感謝すらされなくなる。
それを知っているから待つとかちょっとした荷物を運んであげるとかいうくだらないことはしないのが似千花の主義。
鼻歌混じりにスキップをしながら下校している最中だった。
「お嬢ちゃん危ないっ!!!!!!!」
知らないお爺さんの声と共に車のタイヤの音が近づいてくる。
未だギリギリ避けられる距離だ。
「平気だよ、お爺さん!」
クルッとステップを踏んで華麗に避けた....筈だったが車は似千花を狙っているが如く追ってくる。
「いや、やめて..!?来ないでよ!!」
ジワジワと近づいてくる車。
人間が自動車から逃げ切れる訳がない。
「いやぁぁぁっ!」
ゴンっという鈍い音、グシャっという何か砕けてはいけないものが砕けて混ざる音が辺りに響き渡る。
スピードがそこそこ出ていたであろう悪意ある自動車に踏みつけられた似千花の"ようなもの"は力無く既に顔もなくコト切れた。
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