第476話 ナンパはお断りですよ?
「素敵なお嬢さんたちを領主邸に招待させてもらおうかな」
いきなりそんな事を言うチェルシーである。
「うーん、すでに宿を取って支払い済みなんですよね。さすがに丁重にお断りさせて頂きます」
だが、キリーは律儀に領主の提案を断った。これには目を丸くするチェルシーである。
「はははっ、実に面白いね。私の誘いを断るとは」
「宿の人に悪いじゃないですか。それは僕たちだって領主の子どもですから、その辺りの事情とかは分かるんですけれど」
実に困り顔のキリーである。
「ああ、そうなのかい? どうりでそっちの子の身なりがいいわけだ」
キリーの言い訳に納得のいくチェルシーである。
「むぅ、この人嫌い」
一方で強引に話を進めてくるチェルシーに、ルナが嫌悪感を示している。
「おやおや、はっきり言ってくれるな。まあ確かに、少々強引過ぎたか」
チェルシーは顎を抱えて反省しているようだ。
「だったら、これはどうだろうか。明日の朝に使いを向かわせて屋敷に招待しよう。それならいいだろう?」
「まあ、それなら構いませんけれど」
キリーも少々不満げだった。ここまで露骨に嫌な空気を出す事はキリーにしてみれば珍しいものである。そのくらいにチェルシーが強引に話を進めすぎているのだ。
しかし、こんな態度を示されても、チェルシーの余裕な態度は崩れなかった。さすがはジェシカたちと同じエルフ、格が違っていた。
「申し訳ございませんね。この方領主なのですが、当店の経営者でもあるんですよ。めぼしい方を見つけるとこうやって相席をして口説くんです」
非常に困ったような様子で店員がキリーたちに話し掛けてきた。
「お店としてはやめてほしいのですが、立場ゆえになかなか言い出せなくて……。本当に申し訳ございません」
「ちょっと待て。君たちはそんな風に思っていたのか?」
店員の謝罪が丸聞こえだったので、チェルシーがつい睨み付けながら確認をしてきた。
「あっ、まだいらっしゃったの忘れてました……」
失言をしてしまったと、店員は少し身構えた。しかし、その表情は意外と強気だった。
「はあ、仕方がない。ここは私が支払っておとなしく退散するとしようか」
だが、意外とおとなしく引き下がるチェルシーである。がたりと立ち上がると、ケーキと紅茶の代金を支払って店を出て行こうとする。
「明日の朝に君たちの泊まる宿に私の部下を向かわせる。今日のお詫びにブランや私についていろいろ話を聞かせてあげるよ」
少し怖い視線を向けながら、チェルシーはブランシュを退店していったのだった。
店に残されたキリーたち。しかし、キリーがこれだけ不快感を示したのは、本当に珍しい事だった。店員はキリーたちに対して謝罪している。
「本当に、領主様が失礼致しました。あの方、気に入った方を見かけるといつもああなんです。ただ、今回はちょっといつもより執着が強かったかなと思いますけど」
店員は本当に申し訳なさそうな表情をしている。さすがにここまで謝罪してくる店員を怒りはしないキリーとルナである。
「それと謝罪ついでに自己紹介をしておきます。私、これでも領主のひ孫でして、キュビリアと申します。人間の血の方が濃いですので、非常に分かりにくいかと思いますが」
なんとも驚きだった。まさかさっきの領主のエルフに子孫がいるとは思わなかったからだ。
「なるほど、血縁者だからああやって苦言をこぼせたのですね」
さっきのやり取りの理由がはっきりと分かって、ようやくすっきりするキリーである。
「ここはこのブランの中でも有名な店ですから、ほとんどの方が立ち寄られます。それを利用してこうやって口説くんですよ。自分の店だからといってもやめてもらいたいです」
自分のひ孫にここまで言われる領主。まったく困った人のようだ。
「あそこまできっぱり言って下さった方は初めてですので、私としてもちょっとすっきり致しました。本当にありがとうございます」
お礼を言われるとは思っていなかったキリーたちである。
「あんな領主が居る街ですが、この街は嫌いにならないで下さいね」
「分かりました」
キュビリアのお願いを快く聞き入れるキリー。ケーキと紅茶を追加で堪能して、ブランシュを後にする。
店を出ると日が傾いてきていたので、キリーとルナはそのまま宿へと戻って休む事にしたのだった。
翌朝、朝食を食べて待機するキリーとルナ。
昨日の話の通りなら、領主であるチェルシーがキリーたちを迎えに宿に使いを寄こすはずである。
本当は散策に出掛けたいキリーとルナだったが、さすがに領主からのお誘いだったがために我慢せざるを得なかった。
そうやって部屋で待機していたキリーたちの元に、宿のおかみさんがやって来る。
「すまないね。あんたたちにお客さんが来てるよ。なんか立派な服を着てるけど、何があったんだい?」
「まぁ、ちょっと昨日いろいろありましてね」
おかみさんの問い掛けに、言葉を濁すキリーである。あまりのキリーの態度に、おかみさんも深く聞いてはこなかった。
呼び掛けに応じて部屋の鍵を掛けて1階に降りてきたキリーとルナ。そこで待っていた人物に驚かされる。
「あ……、昨日ぶりですね」
そこで待っていた人物。それはブランシュでキリーたちに対応したキュビリアだった。
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