第64話 スランの領主
さすがに領主の屋敷は広い。建物に到達するまでもかなりの距離を歩いた。両脇を見れば色とりどりの花が咲き誇っており、一般的な領主の屋敷のイメージそのものといった感じである。
この世界には国王や皇帝といった存在は認める事ができない。その代わり、街や村といった大きな集落がまるで一国といった様相を取るようになる。自然と、その中で一番力を持った者が領主や長として君臨するようになるのだ。ヴァルラが知る200年前はそうだったのだが、どうやら現在もそういった感じになっているようだった。
(さて、今のスランの領主はどんな人物なのだろうかな)
ヴァルラは領主と会う事を楽しみにしている。
「領主様、例の冒険者たちをお連れ致しました」
衛兵が屋敷の一室の扉をノックして中に声を掛ける。
「そうか、ご苦労だった。下がっていいぞ」
「はっ」
聞こえてきた声は意外と若かった。
その声に反応する兵士は、「どうぞお入り下さい」と言って扉を開けると、ヴァルラたちに一礼して持ち場へと戻っていった。
部屋の中に踏み入れるヴァルラたち。全員が部屋に入ると、キリーがそっと扉を閉じる。命じられたわけではないが、メイド服を着ているキリーにはすっかり習慣付いてしまっていたのだ。
「そなたたちが噂の冒険者たち、ヴァルラ、キリー、ホビィか」
領主の執務室の机の椅子に座る男性、彼こそがこのスランの街の領主である。見た感じ、20代後半から30代前半くらいの若い男性のようだ。身なりはとても整っている。
「いかにも。私がヴァルラ、こちらのメイド服の子がキリー、この兎人がホビィだ」
ヴァルラは問い掛けに答える。そして、
「そなたが、このスランの領主殿かな?」
お返しにと、ヴァルラも問い掛ける。すると、男性は口元を緩めて笑った。
「いかにも。私がこのスランの当代領主、マニエスだ」
語気が強い喋り方だが、そこまで威圧的に感じないのは表情のせいだろうか。マニエスは立ち上がって、ヴァルラたちに頭を上げたまま挨拶をしている。
「いろいろ話を聞いている。高品質のポーションを作り、冒険者たちが苦戦する魔物をたくさん倒しているとな。基本的に私は冒険者の行動に関与するつもりはない。だが、活躍したりして興味を抱いた者に関しては、こうやって屋敷に招いて直に会ってみている」
マニエスは基本的な姿勢をヴァルラたちに説明している。それはそれとして、ヴァルラは理解できる。冒険者たちは自由気ままな者が多く、他者からの干渉を嫌う人物が多い。そうやって思うと、領主の様な権力者は邪魔者なのである。ヴァルラもそう思っていた時期があったので、ああやって森に引きこもったのである。魔法のエキスパートは何かとあちこちから引っ張りだこなのである。
「すまないとは思うが、見た感じからそこまですごいとは思わないな。そこのホビィだったか、二足歩行のウサギは珍しいとは思うがな」
マニエスは少しはにかみながら印象について語っている。それについて、ヴァルラは責める様子は見せなかった。普通なら確実に抱く印象なので、文句を言うだけ疲れるのである。
とりあえず、領主との間でいろいろ話をさせてもらったヴァルラは、その人柄にかなり好印象を持ったようだ。ヴァルラたちに会いたかったから呼んだだけらしく、今後の活動について妨害するつもりはない旨を伝えられた。ただ、街への貢献として、多少の納税のお願いをされた程度だった。街に腰を据えて活動するのであるなら、まぁ仕方のない事だろうとヴァルラは了承する。キリーとホビィにはまだ難しい話だ。
こうやって話がまとまると、マニエスが頭を下げて感謝の意を示していた。商業都市の領主だから、お金にがめついイメージがあったが、それとは真逆の潔癖な男性だった。
何にしても領主との顔合わせは無事に終わった。お互いにイメージとは違った印象を持ったようである。だからといって、互いになれ合いをするつもりはない。持ちつ持たれつの関係で、たまに酒を酌み交わすくらいの付き合いができるのが理想だなと、ヴァルラは考えたのだった。
せっかく家まで買って腰を落ち着けた街だ。平穏無事に過ごせる事が一番の願いである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます