第4話


 相変わらず学校では、裕は優秀な生徒会長、そしてその弟である研は見た目も地味で成績は赤点スレスレ運動神経も悪い鈍くさい激ダサ男子である。

 季節は巡り新入生だった研も学校に慣れ、学生には夏休みというハッピーなイベントがやってきた。

 裕を含む三年生の生徒会役員たちは引退をし、あとは下級生たちに仕事を引き継ぐ形になっている。裕は歴代の生徒会長の中でも特に優秀で、彼がいたことによって起きた改革は今までの生徒会活動の中で一番だったようだ。そのため校長から表彰され全校生徒から憧れの眼差しを注がれていたのを、研は舞台下から見ていた。

 裕目当てに入った役員もそれ以外も、皆涙して裕の引退を惜しんだ。その日家に持ち帰った花束の大きいことと言ったら、驚く研に裕は苦笑いを返すことしかできなかった。

 生徒会を引退した裕は、やっとのんびりした夏休みを送れるようになった。まぁ、受験生ではあるのだが。一応模試での第一志望の大学の評価は良いが、油断は禁物だろう。しかし一日中愛する研といられる生活は、とても素晴らしいものだと思った。

 だが・・・・・・

「兄さん、行ってきます。今日は昼までには帰ってくるから」

「わかった。こまめに水分補給するんだぞ」

 『はーい』と言って出かけていった研の背中を見送り、裕は笑顔を取り下げはぁーっと大きな溜息を吐いた。

 現状はそう甘くはないらしい。裕は一度も体験したことはなかったが、成績の悪い研はせっかくの夏休みでも補習というものがあるらしいのだ。本人も面倒くさいと言っていたが、一日中一緒にいられると思っていた裕としてもすごく悲しいことだった。

 研は、本来頭は良いはずなのだ。しかしそれが反映されていないのは、本人が自信をなくしているからだろう、と長年研だけを見ていた裕はそう分析する。前髪を伸ばし根暗になり始めた頃からだったか、良かった成績が徐々に落ち始めたのだ。ただ研は裕と同じ高校に通っている。二人の通っている学校は国公立の中でも上位の方で、決して勉強ができるという程度では受かることはできない難関校だ。そこに塾にも通わず受かったということは、研は勉強ができるということだ。

 もしかしたら、目立ちたくない一心で普段から目立たないよう必死に自分の力をセーブしているのかもしれない・・・と色々考えながら、裕は冷蔵庫の扉を開けた。

 さて、昼には帰ってくると言った。昼飯は何にしようか、と冷蔵庫の中身を見て考える。考えられるのは、夏だし・・・・・・そうめんか・・・・・・。

 昔から家でも夏の昼食はそうめんの確立が高く、二人でよく文句を言いながらも食べていた記憶がある。それを二人暮らしの中でもするのは、すごく魅力的だと思えた。

 よし、そうしよう。麺を茹でるとすると・・・・・・研が帰ってきてからで良いか、と思い、裕は勉強を進めるために自室へと上がっていった。


「ただいま~」

「ふぅ~・・・もうこんな時間か」

 凝り固まった身体を伸ばし、机の上の時計を見ると研が帰ってくる時間になっていた。

 研が帰ってきたようなので、準備をしようと参考書を閉じ階下に降りていく。すると研が部屋着でメガネを外した状態で自室から降りてきて『ん』と裕に頭を下げてきたので、癖のある前髪を邪魔にならないように結んでやった。

鍋を取り出して湯を沸かし、麺を入れたところで使うつゆを出そうと戸棚を開いて目当てのボトルを手に取る。ふと目をやると、印字されている賞味期限がすでに切れていることがわかった。

「うわっ、賞味期限めっちゃ切れてた。実家から持ってきたやつだったしなぁ」

「マジ?じゃあ俺、買ってくるよ」

「ごめんな」

 かっこいい姿の研を外に出すのは憚れたが、麺を茹で始めてしまった以上早く買ってこなければ不味いのと火を見ている役も必要であり、すぐに走って行ってしまった研を止める時間はなかった。

“ピンポーン”

 麺が茹で上がったので鍋の火を止めると、インターホンが鳴る。

 麺を茹で始めたときにつゆの賞味期限が切れていることが判明したので、少し早すぎると思ったが、全速力で買ってきたのかもしれないと思い玄関へ向かう。

 おかえりと言おうと思って扉を開けると、そこには研よりも背の低い人物が輝かしい笑顔で立っていた。

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