「それでお誕生日っていつなんですか?」



 早速計画を立てようと魔女っ子さんが尋ねましたが、リャナンシーさんはとても言いにくそうな表情で言い淀みました。



「ええと、あの…それが、明日なんです。

 ごめんなさい!こんな急に言われても困っちゃいますよね…」



 時間の余裕がそこまでないとは思っていなかったので、魔女っ子さんは驚いてぱちくりと目を瞬かせました。


 リャナンシーさんは言い終わると同時に頭を下げて謝罪をしたまま、申し訳なさで一杯になり縮こまってしまっています。


 魔女っ子さんはひとまずリャナンシーさんの側へと近寄っていくと、優しく背中を撫でながら声をかけました。



「正直ちょっとびっくりしましたけど、そんなに謝らなくっても大丈夫ですよ。

 

 これから大急ぎで練習すればいいんです、まだ半日はじっくり練習する時間が残ってますよ」



 魔女っ子さんは明るく大丈夫だと言い切ると、落ち込んだままのリャナンシーさんの手を取って立ち上がりました。

 

 座ったままだったリャナンシーさんもそれに吊られて一緒に立ち上がり、しょんもりした顔のまま魔女っ子さんの方を見つめました。


 ちょっと強引ではありましたが、半日しか練習時間がないのですから仕方ないと理解して、何も言えなかったからでした。


 



「それじゃあとりあえずシンプルなスポンジケーキを焼いてみましょうか。

 これが作れればアレンジ次第で色々使えますからね」


「は、はい。お願いします」


 

 魔女っ子さんはリャナンシーさんと手を繋いだままキッチンへと移動していき、辿り着いたところで手を離しました。


 ひとまずどんな腕前をしているのか観察することから始めようと、リャナンシーさん1人でスポンジケーキを焼いてもらう事にしました。


 リャナンシーが1人でも作れるように、準備の段階から一緒に確認しながら用意をしていきます。



「必要なものは卵にお砂糖、薄力粉に牛乳とバター…他にもありますが、詳しくはレシピに書いてありますから」



 魔女っ子さんは材料や道具を取りやすいように用意して置くところまですると、リャナンシーにレシピを手渡して言いました。



「とりあえずどんな感じなのか見たいので、これを見ながらできるところまでやってみてくださいな」


「え、ええ…頑張り、ます」



 リャナンシーさんは消え入りそうな小さな声で答えると、ぎこちない動きでお菓子作りを始めたのでした。


 しかし開始早々から魔女っ子さんはどうしたものかしら、と困ってしまうことになりました。



「リャナンシーさん、それはお砂糖じゃなくてお塩ですよ」


「えっ、すみません間違えました」



「リャナンシーさん、どうやったら卵の殻がこんなに入るんですか?」


「すみません、私にもわからないんです」



「リャナンシーさん、薄力粉をふるい入れてるんですよね、どうしてボウルの中にちっとも入ってないんですか」


「すみません、緊張で手が震えて…」



 繰り広げられる失敗の数々に、魔女っ子さんは苦笑を浮かべながら、こう言いました。



「これはちょっと…


リャナンシーさんには、特別な特訓が必要かもしれないわね」


「本当にすみません…」



 焼きすぎて黒焦げになった物や、逆に生焼けだった物など、自分が作った数々の失敗作を前にして、リャナンシーさんはすっかりしょげかえってしまっていました。



「気にしないで、私が手伝ってあげるって約束したじゃない」



 元気付けようと優しく声を掛ければ、リャナンシーさんは薄らと涙を湛えながら、俯いた顔をあげて魔女っ子さんの方を見ました。



「何回か作っているところを見ていて、なんとなくだけどリャナンシーさんの問題点が見えてきたの」


「料理の才能が壊滅的だってことですか…?」


「もう、違うわよ!」



 完全に落ち込んでしまっているリャナンシーさんの反応に、魔女っ子さんはぷくっと頬を膨らませながら反論しました。



「リャナンシーさんが今までしてきたミスって、結局ほとんどが初歩的なミスばかりだったのよね。

それってつまり経験がないからうまく行かないっていう、当然の事だと思うの」


「でも、リャナンシーならそんな状態になること事態が異常なんです。

やっぱり私が欠陥品だから…」


「また言ってるわね、そんな風に自分を責めてたらご主人様が悲しむわよ。

それに、そうやって他のリャナンシーと比べるからいけないの」



 今まで言われたことのない言葉に、リャナンシーさんは落ち込んでいたのも忘れて聞き返しました。



「それってどういう意味ですか?」



 魔女っ子さんはうーんと考えながら、あくまで私の意見よと前置きしてから話し始めました。




「貴女は失敗する度に自分を責めて、少しでも挽回しようと焦って行動するから、また失敗して落ち込んで…

そうやって自分で自分の首を絞めてしまっているのよ」



 言われてみればその思考サイクルには覚えがあったので、リャナンシーさんは確かにと思って頷きました。


 それを横目に見ながら魔女っ子さんは言葉を続けました。



「何度もそんな風に失敗し続けていけば、誰だって心が折れて挫折してしまうものよ。

 大丈夫、ひとつひとつ覚えていって焦らずやれば、リャナンシーさんはいつか料理だってお手のものになるわ」


「魔女っ子さん…」



 優しく励ましてくれる魔女っ子さんの言葉に、リャナンシーさんは感激してまた瞳を潤ませました。


 けれども魔女っ子さんは言いにくそうにしながらも、こうも続けました。



「ただ…リャナンシーさんはその、少しせっかちさんな所があるのが、気になる、かもね」



 魔女っ子さんの頭の中には、早く焼き上げようとオーブンの温度を高温に設定して、ケーキを黒焦げにしてしまった時の様子を思い浮んでいるのでした。

 

 リャナンシーさんも思い当たる節があったのか、恥ずかしそうに頬を染めています。

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