「え、お料理が出来ないって…

 本当なんですか?」



 魔女っ子さんはリャナンシーさんの言葉を聞いて、不躾な質問だと承知で聞き返しました。


 だってリャナンシーとは家事を手伝い、身の回りのお世話をすることを生きがいとする妖精なのです。


 料理が出来ない個体がいるだなんて、聞いたこともありません。


 リャナンシーさんもそれをわかっていましたので、気分を害することもなく緩くかぶりを振りながら答えてくれました。



「いいんです、私だって同じように料理が得意でないリャナンシーだなんて見たことがないんですもの」



 リャナンシーさんは一度話し始めたら躊躇いもなくなったようで、続けて詳しい話をしてくれました。



「私は自分という存在を認識した頃から、てんで料理だけは上手くできなかったのです。

 それでも昔は人間の家に住み着いて、料理以外の家事を手伝ったりしていたのですが、最近は妖精の存在を信じる人間など殆どいなくなってしまいました」


「ああ、最近の人間は皆そうだって言いますものね」



 魔女っ子さんはリャナンシーさんの言葉に同調して深く頷きましたが、本物の人間としっかり話した事はありませんでした。


 お母さんが昔はもっと自由に暮らせていたのに、とよく愚痴っていましたので、お姉さんぶっていただけなのです。


 そんなこと知らないリャナンシーさんは、溜息をつきながら話を続けていきました。 



「お礼のミルクも用意して貰えなくなってしまったので、数年前からこちらの方へ越してきたのです」


「まあ、それじゃあここいらのお家に住まわれているんですか」


「ええ、ここより山二つ分向こうにある川のほとりに立つお家に住まわせて頂いています。

 元々このお家には錬金術師のお婆さんが住んでおられたのですが、この方がとってもいい方なんです!」



 リャナンシーさんは先ほどとは打って変わって、明るい笑顔を浮かべると嬉々としてお婆さんのことについて語り始めました。



「私はこんな欠点のあるリャナンシーだというのに、料理は自分が好きだからむしろ任せて欲しいから、ちっとも気にならないと言ってくれて。

 お礼のクリームも一度も忘れずにくれますし、私には勿体無いほど素晴らしいご主人様なんです」



 リャナンシーさんがご主人様との思い出を語っている口ぶりからも、どれだけ彼女の事を大事に思っているかが伝わってきました。


 その後も魔女っ子さんに促されるままにご主人様について語るリャナンシーさんでしたが、ある話題になった途端、また表情を曇らせたのでした。




「私たち妖精には誕生日という概念はないのですが、人間たちは産まれた日を祝ってケーキを焼くのだと、つい先日ご主人様に教えてもらいました。

…なのにご主人様はもう祝うような歳じゃないから、何もしなくていいのだと言って聞かないんです」



「ううん、人によって誕生日をどう過ごすかは違うものね。

もしご主人様がお祝いされるのがお嫌でそう言っているなら、無理に何かしようとするのはやめておいた方がいいかもしれないわ」



 魔女っ子さんのアドバイスに、リャナンシーさんはわかっていると頷きながら答えました。



「それは勿論です!ご主人様を困らせたいわけではありませんので…

けど、誕生日のお話をしていた時に寂しそうなお顔をしていたような気がしたんです」



 その時の事を思い出しながら話していると、リャナンシーさんは改めてやる気に満ちた表情で話し続けたのでした。



「なので私、ケーキだけでも用意できないかしらと思いついたんです。

 今までの感謝の気持ちを込めて作ったものなら、ご飯のデザートとしてでも食べて貰えるかしらって…」


「とってもお婆さんのことが好きなんですね」



 魔女っ子さんが微笑ましそうにわらいながら言うと、リャナンシーさんは素直に頷いて答えました。



「はい、私はあの人のおかげで毎日がとても幸せなんです。

 …魔女っ子さん、どうかお婆さんが生まれてきてくれた日をお祝いできるよう、お手伝いしてくれませんか」



 魔女っ子さんは素敵なお願い事ににっこりしながら、力強く頷いて言いました。



「なんて素敵なお願いなんでしょう!もちろん私でよければ喜んでお手伝いしますわ」



 魔女っ子さんが快諾してくれたのにホッとしたのか、リャナンシーさんは表情を和らげました。


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