ケットシーの王様とガトーショコラ
①
これから私が語るお話は、人間が立ち入ったことのない深い森の奥に暮らしている魔女っ子さんとその隣人達についての物語です。
魔女っ子さんは今年12歳になったばかりの女の子。
人間からするとまだ子供に見えるでしょうが、魔女は幼い内から独り立ちするものですから、魔女っ子さんは小さくとも一人前の魔女なのでした。
森の住人たちも誰もが彼女を頼りにしていて、困ったことがあるとすぐに駆け込んでくるのです。
あら、噂をすればほら、誰かがやってきたようですよ。
♢♦︎♢♦︎♢
「たいへん!たいへん!」
天気の良い午後の事です、魔女っ子さんは暖かな日差しの誘惑に負けて、庭の木の根本で昼寝をしていたところでした。
幸せな心地で微睡んでいた魔女っ子さんの耳に、つん裂くような大声が飛び込んできたのです。
しかし昨日遅くまで夜更かししていた魔女っ子さんは今更目を開く気になれず、ううんと唸るだけで起きようとしません。
「おきてよぉ、まじょっこさん!」
「痛い!起きるからやめてちょうだいカラスさん!」
痺れをきらしたカラスがガアガアと喚きながら、魔女っ子さんの髪の毛を咥えて引っ張りました。
頭皮が引き攣る痛みに、魔女っ子さんは渋々といった様子で起き上がります。
危うく巣材にされそうになった髪の毛ですが、それは見事な赤毛でした。
赤毛の魔女には強い魔力が宿るとされているので、魔女っ子さんはこの髪の毛をいっとう自慢に思っているのでした。
「もう、それで一体何事なの?おつかいは?」
魔女っ子さんは乱れた髪の毛を手で漉くと器用に編み込み直しながら、カラスさんに尋ねました。
このカラスさんは魔女っ子さんの使い魔で、今日は買い物をしてくるよう頼んであったのです。
持たせたはずの籠は空っぽのまま、地面に放り捨てられています。
「ねこのおうさまがぁ、まじょっこさんをよんでくれってぇ!だいしきゅう!」
カラスさんは興奮した様子で落ち着きなく羽を動かしながら、一生懸命話しました。
けれども肝心のお使いの事については頭からすっぽ抜けているようでしたので、魔女っ子さんはじっとりした目でカラスさんを見つめました。
「ふうん、それで、おつかいは?」
魔女っ子さんがひとつひとつ区切るように発音しながら改めて尋ねると、ようやっと主人の表情に気づいたようでカラスさんがびしりと固まりました。
「え、ええとぉ…
わすれてたぁ、ごめんなさい…」
うろうろと視線を泳がしながら、カラスさんは正直に答えました。
カラスさんは頭の良い鳥ですが、同時に多くの事はできません。
大方誰かに頼まれごとをして、それで頭がいっぱいになってしまったのでしょう。
幸いお使い自体は特別急いでいるものではなかったので、それ以上責めることはせず、話を続けることにしました。
「はあ…まあいいわ、それで猫の王様ですって?」
ふうむ、と魔女っ子さんは考えました。
この森にはたくさんの不思議な生き物が暮らしています、それこそおとぎ話の中でしかみたことのない者ばかりです。
カラスさんに行くよう頼んだのはまどろみの谷と呼ばれる場所でしたが、すぐ近くにケットシーが暮らしていたはずです。
きっと彼らに頼まれたのでしょう。
ケットシーとは、猫の姿をした妖精のことです。
彼らは自分達だけで作った王国でえ暮らしているものですが、中には人間の世界で普通の猫に混ざっている者もいるそうです。
何はともあれ自分を呼んでいる者がいるのですから、魔女っ子さんは抑えきれなかった欠伸をひとつしてから、立ち上がってこう言いました。
「ふわぁ…もうちょっと眠っていたかったけど、呼ばれてるんじゃ仕方ないわね。
カラスさん、案内してちょうだいな」
「はぁい、こっちだよぉ!」
魔女っ子さんが家の壁に立てかけておいた箒へひょいと指を振ると、それはふわふわと浮きながらこちらへ飛んできました。
ちょうど腰あたりの位置に浮かぶ箒に軽やかに腰掛けると、そよ風と共にその姿がするすると舞い上がっていきます。
意気揚々と空を飛んでいるカラスと同じ高さまでやってくると、箒は指示しなくても滑らかに動き出しました。
小さくても魔女っ子さんは一人前の魔女ですので、箒くらい息をするように自由自在に操れるのです。
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