アドルフォリーゼの唄

肩メロン社長

001 異世界帰りの元勇者

 異世界を救った。

 いったいどれだけの人間が、こんな俺の言葉に耳を貸すだろうか。


 七〇億の人間に力説してみたとしよう。

 方法はラジオでも、ライブ配信でも、ああ自伝を書いてみるのもいいな。


 まあやり方は問わないけれど、さていったいどれだけの人間が俺の話を信じてくれるだろう。


 想像してみてほしい。


 僕は勇者として異世界に召喚され、魔王を封印したのちに人類を救いました――という話を、真剣な声音で話す男子高校生の姿を。


 ひとり?

 いや十人?

 百は多すぎる?

 なら五十、三十、二十もいない?


 サブカルチャーが猛威を奮っている日本なら、もっと数多くの人が信じてくれるかもしれない。


 輪廻転生やら心霊やら陰謀論とかを一定数信じている者がいるんだから、異世界召喚を信じてる人だっているに違いない。

 

 さあ、どれだけの人数がいるでしょうか。

 


 答えは――さあ、どうだろうか。

 俺が一番知りたいよ。

 

 

 ここまで考えさせといてなんだけど、俺は後にも先にも友達というものに恵まれなかった。

 ここでいう後にも先にも、という時間軸だけど、俺が送還されてきた前後の話だ。


 ただ、なんのソースもない、ただの憶測で言うのなら……きっとゼロ人。

 オカルトを信じるくせに、異世界の存在は信じない。

 きっとそういう人ばかりでこの社会は構成されているだろう。


 ああでも、これはただの予想で憶測だから、信じてくれる人は一定数いるのかもしれない。

 けれど、それを確認するだけの行動力を、俺は持ち合わせていなかった。



 話を戻そう。

 一生分の煩わしさと熱意を体験して、俺は元の世界に戻ってきたわけだけれど。


 悲しいかな。この未曾有な出来事をどうにか共有したいところだが、親も兄弟も、友人ひとりいやしない俺にそれは不可能だった。


 居ないなら作ればいい、なんて簡単なことを言ってくれるなよ。それがどれだけハードルが高いものなのか、たぶんみんなだって知っているはずだ。


 簡単だと思っているようなヤツ、こんな場所までこれを覗きに来ないだろ。来ないよな? 


 それにもう一つ、理由がある。

 むしろこれが一番大きい。

 

 放課後、職員室に赴いた俺に担任はこう言った。



「最近上の空だな、百女鬼どうめき。受験生だってことをそろそろ自覚したらどうだ?」



 受験。

 つまり、俺は高校三年生。

 そして季節は秋。


 今さら自覚どうこうの話ではない。

 致命的過ぎる。むしろ圧倒的。圧倒的、手遅れ。

 ただ死んでいないだけ、みたいな。


 就職組はすでに合否待ち。進学組は必死になって今も勉強している。

 この時期に、未だ進学が就職かを決めかねているこの俺が、この三年間ボッチだったこの俺が、急に異世界体験を隣の席のヤツに語ったとしよう。


 一生涯の恥だ。黒歴史なんて生温い。思い出しただけで赤面もの。一生後悔するし、一生俺を恨むことになる。

 だから、俺は誰とも、この体験を共有できずにいた。



「……こんなはずじゃなかったんだけどな」



 地獄の最中で何度も何度も追い求めた日常は、平穏は……取り戻してみるとどうにも味気ない。


 サンタさんに新作のロックマンを頼んだのに、旧世代のロックマンが送られてきた幼少期を思い出す。


 ロックマンはロックマンでも、やりたかったのは流星の方なんだよな。


 こんなはずじゃない。

 こんなはずじゃないことばかりなのは、まあ今に始まったことじゃないけれど。


 この温度差に、どうやら俺はついていけていないのは明白で。

 


 さらに追い討ちをかける出来事が起こる。

 これを機に、俺の人生は長いながい転落を迎えることとなった。



「――聞いたか? あいつ、後ろに立っただけっていう理由で沢奈さわなのこと気絶するまでぶん殴ったらしいぜ」


「――え、こっわ。百女鬼くんって、そんな人だっけ?」


柚佳ゆかちゃんかわいそ……グラビアの仕事にも影響出るんじゃないの?」



 つい、という言葉では済まされないことをした。

 クラスメイトの顔面を殴った。しかも、女の子。


 背後を気取られるなんて、あの世界では致命的だった。

 だからこそ考えるより先に動けるよう鍛錬を積んだ。

 その時の、あの世界で殺し合っていた時の習慣が、未だに抜けないまま。


 言い訳だ。

 でも、言い訳をしなければ俺のメンタルがどうにかなりそうだった。

 

 殴った相手の親御さんに、俺は何度も謝って頭を下げた。




「――停学がいっかい? 何したの、きみ。……え、女の子の顔面を殴った?」


『さすがです、勇者様。武技において、あなた様の右に出る者はいませんね!』




 勇者だったという過去と今の自分を比較して、惨めになる。




「――うちの会社でも暴力事案起こされると困るんだよねえ」


『勇者様の武勇はわたしが責任持ってこの世界に轟かせますから、安心してくださいね』




 それなら、もう一度あの世界に戻ればいいと願って、夢想して。


 でも、そんな都合のいいことは、二度も起きなかった。




「――他の社員も怖がるし、ちょっとね……」


『勇者様、勇者様。わたしのこと、忘れないでくださいね?』




 倒錯。

 俺は、本当にこんなものを手に入れるために、死に物狂いで戦ってきたのか?


 後悔。

 こんな世界に、戻ってくるべきではなかった。


 虚無。

 ただの人間に戻った俺に、できることなんて何もなかった。



 プライドも自信も何もかもをズタズタに引き裂かれた俺は、いつしか何もかもを諦めていた。



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