4 終わりへの記号
自身の終わりを思うのに大した理由なんて必要なくて、私の場合、それは指を千切るような風の冷たさであったり、ふと見上げた星空の美しさであったりする。
腹に溜まった夕飯の温かさが悲しくて、ふらりと家の扉を開けて出る。
相変わらずのいい天気。別に当てつけだとは思わないけれど、その曇りない空の潔さには私がしがみつけるような取っ掛かりなど見当たらなかった。清い美しさに、自分の心との対比を見て沈みそうになる。
それでも上を向き続ければ、整然とわかりやすく並ぶ星の三連が目に入った。
オリオン座だ。冬の夜空はここから辿っていく。
どれだけ澄んでいても都会の空には透明の上限があって、視力の低い私の目には星座盤にあるような主要な星しか見えない。だから大きな三角形は簡単に見つかる。
三角形。非常に強固な形だ。
それは私に安心と孤独を感じさせる。崩れることのない強さと、だからこそ私の入る隙などない拒絶を。
……前にも、こんなことがあった。
いつかの、家族の解体が決まった夜。あの日も同じ、よく晴れた冬の夜だった。
――よし、夜の散歩へ行こう。
――いいわね。今夜は星がよく見えそう。
――うん。いい思い出になるね。
両親と、妹と、私。四人で話しながらゆっくり散歩をして、近所の公園で星を見た。
あれは終わりに向かって歩いていく、その始まりだった。
次々と、「いい思い出」が作られていく。
私以外の家族はその思い出たちを、これからの糧だというふうに各々の箱へしまい込んでいて、私はそれをぼんやりと眺めていた。私の箱はこれまでの――もっと昔の、家族がちゃんと家族だったころの思い出でいっぱいで、整然とした星座のような、作り物を入れることなどできなくなっていたから。
けれども彼らは私と違い自分に必要なものをきちんとわかっていて、箱の中に仕切板を設けられる人間なのであった。また別の新しいものを入れられるように。
そう思えば、これまで私が集め慈しんできた特等に大事な「家族」というものは途端に色褪せてしまって、まるで頭上で静かに光る三角形のようにすっきりとしてしまった。
記号だらけの箱を見て、私は何度泣いただろう。
私もみんなみたいに整理できたならよかったのに。時折見返す箱の中に、かつての幸福を見られればよかったのに。すっきりという言葉は、私にとってはあまりいい意味をなさない。
それはもう私の望むものとは違うのだと、そんなふうに狭量でしかいられないことが悲しかった。
大きな三角形を目に焼き付ける。
こんなものを箱の中に入れてしまったから、私の心はうまく収まらなくなってしまった。
でも。だけど。
鍵を開けていても、閉めていても、変わらず居座る私の家族は。どれだけ箱が歪んでしまっても、その形を崩してはくれない。
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