第26話ー緊急事態ー


《もしもし》


「はいもしもし、確認終わったか?」


 ガンドックファクトリー社員とヒナキが当たり障りのない世間話をしていると、確認をしていたであろう同僚から通信が入った。

 

《今確認が取れた。代わろうか?》


「頼む」


 確認をしていた社員が不審な動きをしていた社員に通信端末を渡したようだ。

 端末の向こうで話している声が変わった。

 不審な動きをしていた人物に変わるということで、ヒナキも耳をすませ次の言葉を待っていた。


《騒がせてすまない、少し体調が悪くてさっきからめまいがひどいんだ……》


「大丈夫なのか? 立つものままならないくらいなら救護室へ――……」

「しっ」


 通信中に突然ハンドガンを抜き、セーフティーを外したヒナキに驚いた社員が驚き言葉を詰まらせたが、ヒナキが人差し指を黒仮面口前に持ってきて、落ち着いて会話を続けるように合図した。


《どうした?》


「いや、なにもない。で、どうする? 体調が優れないなら外れても良いんだぞ」


《……いや、大丈夫だ。点検もあと少しで終わるからな。それから少し休憩をもらうよ》


「わかった、警備にはそう伝えるよ」


《ああ、頼む》


 そこで通信が切れた。

 間髪入れずヒナキがその社員に対し言う。


「通信中の声に変声ノイズを確認した。通信相手はあんたの同僚じゃないはずだ」


「……!! 私も彼の話口調に違和感を感じていました。微々たるものですが……」


「今すぐ確認する必要があるな。付近の同僚にヘルメットを脱がせて本人確認させてくれ!」


 そう言ってヒナキはガンドックファクトリーの社員の脇を抜けて重粒子砲の制御盤へ向かって走り出す。

 通信の向こうで話していた人物は不審な動きをしていた社員であるはずだったが、耳の良いヒナキはその声の違和感にすぐに気づいていた。


 かなり精度がいいため常人では気づきようもないが、なにかを使用して声を変えて話しているのではと、その変声機と思わしきものの微小なノイズで判断していた。

 

「こちら荒川、全社員へ通達。ただ今よりフルメイル着用者の本人確認を行う。至急ヘルメットを脱いで現場管理者へ確認を取るように対応願う。繰り返す……」


 ヒナキはフルメイルの社員たちがヘルメットを脱ぎ始めた中、ハンドガンを構えつつ走り続ける。

 重粒子砲のコントロールパネルまではそこまで距離はない。

 すぐに到着し、一人ヘルメットを外そうともしていない社員がいることに気づき銃を向けた。


「おい! さっきの通信先のヤツはお前だろ! メット外せ今すぐに!」


「お、おいなんだよいきなり。余所者だろあんた」


「俺もそうだがあんたもそうじゃねーのか。声まで変えてなにしてる」


 ヒナキは右手でハンドガンを構えつつ、左手の人差し指で自分の喉をとんとんと指し示すような仕草をした。

 声が変わっていることに気づいている事を伝える意味があったのだろう。


 突然のことに驚きはしたもののおかしなパフォーマンスではないことは周囲の社員達は理解していた。

 フルメイルを着用していた社員は全員ヘルメットを外し、顔が確認できるようになっているがヒナキが銃口を向けているフルメイルの人物は未だに脱ごうとすらしていない。


 だが、逃げる素振りも見られない。

 全体に本人確認の連絡があったタイミングでこれはまずいと逃げることもできたはずだ。

 それとも銃口を向けられているためメットが脱げないのか、そもそも自分の勘違いの可能性もある。

 

 いや、違う。

 ネロは不審な挙動をしている人間がコントロールパネルに何かを差し込んだと言っていた。 


 逃げない、脱がない、のではなく。


 時間を稼いでいる……が正しいか。


 想定より緊急性が高いと考えたヒナキは引き金を引いた。

 相手は全身防護服を着込んでいて、正面を向いている。

 前面はほぼ防弾プロテクターで護られているが撃ち出すのは45口径の弾丸だ。


 人通りの多いパレードの警備であるため、人体に撃ち込んでも貫通しないよう火薬の量を少なく調整した弱装弾とはいえ……防弾プロテクターに直撃した際には大きな衝撃が生まれ、人体はその場に留まってはいられない。


 1発、2発、3発、4発……。


 連続で胴と足に撃ち込んだ。

 ヘルメットを外さずその場を動こうとしなかったフルメイルの男は身体をよろめかせ、コントロールパネルが露出した。


(あれか……!)


 重粒子砲のコントロールパネル物理コネクタにわざわざ差し込まれた小さな筐体状のもの。

 恐らく何かのデータが入ったメモリ、もしくは遠隔操作用デバイスであろうが……。


 ヒナキはそのコントロールパネルに走り寄ってそのメモリを乱暴に引き抜いた。

 その横でフルメイルのガンドックファクトリー社員に取り押さえられ、強制的にメットを外された男が言う。


「ハッハ! ちょっと遅かったな異世界人!」


「コイツ……」


 ガンドックファクトリーの社員たちが口を揃えてその男が本来そこにいるはずの同僚とは違う人物だということを言う。

 そしてヒナキはその声に聞き覚えがあった。

 先日ネロ=ステイシスを奪取しようと病院に侵入した本土政府軍の一人、コードネーム・アッシュ。

 

 取り押さえられたというのに彼は高らかに笑っていた。


「そのメモリどうするんだ? そいつの中はもう空っぽだぜ」


「捕まったのに随分元気いいね、あんた。悪い! このシステム分かる社員の方、急ぎ確認してもらっていいか?」


 すぐにガンドックファクトリーのエンジニアがコントロールパネルまで走り寄り、システム上なにか不具合がないか確認しようとしたところ。

 すぐ頭上で重粒子砲の砲身が稼働する音が聞こえた。


 見上げるとたしかに砲身が稼働しており、動いている。


「エラーコード99、108、218……なんだこれ、やばいやばいやばい……チーフ!!」


「どうした、何が起こってる?」


「粒子収束設定から目標設定プログラムにエラーが出ているにも関わらず強制実行させられています!」


「ウィルスの類いか……再起動は!」


「コチラからのアクセスを受け付けません。このままだとこのパレードど真ん中で高圧縮エネルギー砲弾が発射されます! 目標は……方舟正面防護ゲート!!」


 今すぐに止めるようにアッシュへ要求するが、へらへらと笑いながら俺には無理だと言うのみで埒が明かない。

 ヒナキはノアPMC社長であるアリアに通信を繋ぐ。


《どっ……どうしました? 次のイベントの準備で忙しいのですが……》


「そのイベントとやら、今すぐ中止させてくれ! ガンドックファクトリーの重粒子砲が電子ウィルスにやられて暴走してんだ!」


《ハァ!? そんなバカな事が……》


「先日厄介事を持ち込んできた政府軍とやらの兵隊がやらかしてる! このままだとこの都市の正面防護壁に穴が空いちまうぞ」


《そんな事が起これば大混乱が発生しますよ! その情報は確かですか?》


「ちょっ……代わるわ」

「もしもし、こちらガンドックファクトリーチーフエンジニア、甲斐谷かいたにと申します。先程彼が言っていたことは事実です。至急、避難勧告を願いたく……!!」


 直後、粒子収束率が最大値である98%に達した重粒子砲、その巨大な砲塔から莫大なエネルギーが方舟都市正面防護壁に向かって放たれた。

 射出の衝撃で通信が断絶、ヒナキや付近のガンドックファクトリー社の社員たちは吹き飛ばされてしまう。

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