第23話ー警備休憩、兵器少女の胸の内ー


《しどぉ、北東70m先の灰色のパーカー。お財布スッたぁ》


「あいあい。財布は?」


《外ぉ。中身抜こうとしてるぅ》


「捨てられるとまずいな……灰色パーカー確認したから、財布スられた人補足し続けといてくれ」


《はぁい》


 ネロが目ざとく発見したのは方舟外から来訪した人間を狙うスリである。

 方舟に居住している市民の殆どは電子マネーを使用しているため、セキュリティの固い端末を盗むより現金を狙ったほうが足がつきにくくすぐに身になりやすい。

 そういった現金を持つ観光客などを狙う輩が少なからず湧いてくるのだ。


 ヒナキはセーフティがかかったままのハンドガン、Mod-45を腰から引き抜きながら足音を消しつつ素早く接近してゆく。


(へへ、観光客共め懐のガードがゆるいゆるい。ちょろいもんだ)


 パーカーのフードで顔を隠したスリの男はひーふーみーよーと抜き取った札を数えながら、必要なくなった財布を人混みに紛れて放り捨てた。


 ……が、地面に落ちる直前でヒナキがそれを受け取りながらスリの男の札束をつまんだ方の腕を絡め取って関節をキメた。


「うぎッいてェ、なんだよ!!」


「見られてたよォ、お兄さーん。駄目だなァ人のお金取っちゃあ」


「ちくしょッ……」


 金属音。バネ仕掛けの何かが顔を出した……そう、折りたたみナイフの刃が露出した音だ。

 キメられたのとは逆の手でナイフを取り出し、刃を出したのだ。


 ヒナキはその音を聞いた瞬間に男の関節を更に捻り地面に押し付けるようにして倒し、頭部こめかみにMod-45の銃口を強く押し当てた。

 

 周囲で驚愕した観光客などの悲鳴が聞こえたが、企業の展示スタッフや他の警備が出張ってきて安心してくださいと声を掛け落ち着かせていた。


 ヒナキは耳に装着したインカムを使用し、警備部隊本部へ連絡を入れる。


《こちらパレード特設警備基地。緊急事態か?》


「ノアPMCの祠堂ヒナキだ。観光客を狙ったスリの身柄を押さえた。位置情報を転送するからさっさと来てくれると助かる」


《承知した。すぐに補導人員を向かわせる。人的被害は?》


「金を盗まれた人がいるだけだな。けが人はナシ」


《よくやった。企業連側へ報告をしておこう》


 身柄を補導係に引き渡した後、ネロが補足し続けていた財布をスられた観光客に財布を返却し再び持ち場に戻った。

 やった、これで追加報酬がもらえる。

 ヒナキはそんな事を考えながらほくほくしていたのだが……。


《しどぉ、そっから南の路地で喧嘩ぁ》

「あいよォ」

《しどぉ、80メートル先で人のお尻触ってるヤツぅ》

「うへー、痴漢の対応かよ……」

《しどぉ、展示スタッフに怒鳴って脅してる親父ぃ》

「やっこしぃなぁもぉ」

《またスリぃ》

「おいおい今日何件目よ、流石に荒っぽくなるぜ……」


 ネロは開始から6時間で相当な数の厄介事を発見し、ヒナキに報告していた。

 高いビルからセントラルストリートを見下ろしていたネロは持ち前の視力の良さと感知能力で少しの違和感も逃さない。

 ストリート上空を飛行している下手な防犯ドローンなどよりもよっぽど性能がいいようだ。


 結局なんだかんだ言いながらネロからのすべての報告に答える形で対応していったのだが、休憩に入る頃にはへとへとになってしまい水を大量に飲んでいた。

 ビルの屋上から飛び降りてきたネロが隣にストンと降りてくると水を口から吹き出してしまう。


「ビビった! 目立つ降り方しちゃダメだろが」


「誰も見てない時に降りたわよぉ」


 警備員休憩所はビルの合間、路地にありそこまで人通りは多くないがそれでも人の目はある。

 全ての人間の視線を避け、着地時の音も最小限に抑えることで目立つことなく一気に降りたという。

 100メートル以上もある高さからだ。

 さすがは方舟の最高戦力と言われる程の少女ではあるが……。


「しどぉ」


「ん、どした」


「いっぱい悪いの見つけたけどぉ?」


「あー……」


 そのせいで大変だったんだけどなという言葉をぐっと心のなかに押し込めて、ヒナキは言う。


「よくやったな。結構いい額稼げたと思うぜ」


「えらいかしらぁ?」


「ん? あぁ、えらい!」


「……」


「……?」


 ネロがじっとコチラを見つめてくる……何かを待っている感じがしたヒナキは少し考えを巡らせ、なにかに気づいたのか手をのばす。


「ン……」


 頭をフードの上から撫でてやると満足そうに目を閉じていた。

 まるで顎の下をこちょこちょ撫でられてリラックスしている猫のようだ。


 頭を撫でられることに何やら良きものを感じているらしく、えらいと褒められることをすると撫でてもらえると学習されてしまっているようだ。

 

「頭撫でられるのは好きなんか」


「んー……、好きかもぉ」


「直接撫でてやろうか? フードの上からじゃなくて」


「直接はやだぁ」


「なんでだよ」


 いや、なんでじゃないかとヒナキは自分の発言をかえりみた。

 そもそも幼気おさなげな少女の頭を撫で回す28歳男性というのは客観的に見て事案なのではと。

 すぐにその言葉を撤回しようとしたところ……。


「しどぉが黒い塊にならない保証なんてないでしょぉ。一瞬ならあたしに触れても、ずっと触ってたら他のみたいに黒い塊になるかもしれないしぃ……」


「ああ、そういうことね。あー……だからか、俺に触られるの嫌がってたのって」


「……そゆことぉ」


 生理的に無理とかいう理由で触れられるのを嫌がってたわけではなかったのかとヒナキは安堵した。

 少女は自分に触れられる人間が現れたことでとてつもなく戸惑ってはいたが、初めて感じたあの暖かさを忘れられないでいたのだ。

 だが、数秒触れることは良くても10秒、1分、1時間……。


 ずっと暖かいままでいてくれるのか?

 どこかのタイミングで侵食が発生し、ヒナキも黒い鉱石状の物体に変わってしまうのではないか。

 その恐れが態度に出ていただけだったのだ。


「なんだよ可愛いとこあるじゃんお前! でぇーじょうぶだって俺は! ほっぺたつねってやろ」


「キモぉい!!」


 近づくとキモがられた上ビンタが飛んできたため寸でのところで回避した。

 途中でパァンという音の壁を破る音がして耳鳴りがしているが気の所為だと思いたい。


 走行している内にセントラルストリートから盛大なオーケストラが聞こえてきていた。

 セントラルストリートパレード、そのパレードと呼ばれる所以がそのイベントにあった。


 各企業の最新巨大兵器や二脚機甲戦術兵器などが軒を連ねてストリート上を闊歩するウェポンパレード。

 ヒナキとネロの休憩時間がそのメインイベントと被っていたのだ。

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