第21話ー方舟のスター達ー


 ヒナキの出で立ちは見事までの隠者であるが、ネロはフードで顔を隠しているもののノアPMCの制服を身にまとっており、いつもの拘束衣とはまた違う趣となっている。

 右耳には通信用のインカムを装着しており、それを通してヒナキとハンズフリーで通信が可能となっている。

 そしてもう一つ、背中に背負った自分の身長以上の高さがある長方形のバッグ。

 何が入っているのかは不明だが、少女が担いでいることで相当目立つ物となっており周りからの視線を集めていた。


 メイソン大佐の演説が終わり任務前の警備内容説明も終了したが、任務開始まで1時間ほど時間があった。

 終了後すぐにあるところへ人だかりができており、その先には各企業の特殊二脚機甲搭乗者が兵士たちが装備している兵装にサインをしていたりと忙しそうな様子だ。


 最高戦力であるステイシスを除き、方舟の中でトップクラスの戦力を誇る特殊二脚機甲部隊。

 難関である適性診断が存在し限られた者達しか搭乗できない兵器であるため、企業所属の軍部の顔としてメディアやメーカー製品の広告として広く世間に露出しており、相当数のファンがいる者もいる。


 中でもGNCのパイロット達とセンチュリオンテクノロジーのパイロットは絶大な人気であり、警備を請け負っている社員達が仕事前であるにも関わらずサインを貰いに行っているようだ。


「結月少尉への接触は断らせてもらってるから近づかないでくださーい」


 中には付き人と思わしき社員が人払いしなければならないパイロットもいるようだ。


「結月っていえばあの青い女の人か、すごい人気なんだな。ネロ、知ってるか?」


「しってるぅ。何回かボコしてるしぃ」


「ボコ……? え、なに一応この都市では仲間同士なんだろ。ボコすことなんてあるのか」

 

「あんまり覚えてないけどぉ……」


 なにか含みのある言い方だったためボコしたりする理由があったのだろうが、本人からしてあまり記憶がはっきりしていないためそれ以上のことを聞くことはできなさそうだ。

 ヒナキ自身、方舟の人気者のことはあまり知らない上ネロに関してはまったく興味がない様子だったためさっさと配置につくかと踵を返したのだが……。


「……あの!」


「?」


 後ろから声をかけられた。

 振り返ると青い軍装の女性……センチュリオンテクノロジー所属特殊二脚機甲パイロット結月少尉であった。

 接触禁止という触れ込みだった彼女が、有象無象の中のひとりである自分になんの用なのかと疑問に思ったが……。


「ノア民間軍事会社のシドウさん、よね?」


「ええ、まあ……はい」


 少々不安まじりにそう聞いてきた結月少尉。

 その肩越しに確認できるのは嫉妬やら何やらが混じった相手にされなかった警備社員たちの視線達。

 自分たちは話すことすら許されないのに何故あんな死体漁りの奴らなんかが……といったところだろう。


「えっと、ちょっと聞きたいことがあって……こんなところで話すのもあれだし少し時間もらってもいい?」


「仕事まで時間あるし良いですよ。……いいか?」


 フードを被った隣の少女に視線を落として確認するが、ぷいと首を振られてしまう。

 

「だったら少し人の少ないところに……」


「おっとぉ、駄目じゃないですか。センチュリオン社の姫ともあろう方が遺体漁りなんかしている弱小PMCの男に話しかけちゃ」


 いつの間に近づいてきていたのか、茶髪かつ右耳に目立つピアスを付けた軽薄そうな男が、ヒナキと結月少尉の間に割って入ってきた。


「……伊庭少尉」


「こいつら、最近できた民間軍事会社の方々ですよねぇ。ノアとかいうダサい名前の」


(それは同意)


 ヒナキはコチラをバカにしてくるような目でそう言う男に対し、特になにか嫌悪感を抱くことなく様子を見ている。

 まあ言い方に憎らしさはあるが内容に対して反対するところはない。

 自分は良いがネロの機嫌を損ねないかだけが気がかりだ。


 ちらりと隣を見ると大きなあくびをしていた。大丈夫そうだ。


「なんの用があるかは知りませんが他の方々の声掛けを断って、ろくな実績をあげていないこいつらに話しかけちゃだめでしょう?」


「伊庭少尉、それ以上の暴言はGNCの品位を落とすことになるけど?」


「暴言だなんてそんな。貴方のファンの方々の言葉を代弁してるに過ぎませんよ」


 伊庭少尉。

 GNC社特殊二脚機甲戦術兵器のエースパイロットの一人だ。

 何をそんなに突っかかってくるのかと、結月少尉は美女にふさわしくない舌打ちをしてしまっていた。


「あの、ごめんなさい……。ここで話しかけてしまった私の落ち度だわ」


「いやいいよ。大変だな、人気者は」


 歯噛みしながらとても申し訳無さそうに頭を下げる結月に対しそう言って、ヒナキは再度踵を返そうとしたのだが……。


「おーい待てよ、遺体漁り」


 今度はヒナキ自身が声をかけられた。

 良かったのは黒仮面のおかげで渾身のめんどくさそうな顔を見られなかったことだ。

 相手に自分の感情を悟らせないこの仮面は人付き合いの上で案外役に立つかもしれない。


「おまえらさあ、わかんないか? そんな不審な見た目してっから周りから避けられてんの」


「いやぁ、悪い悪い。ちょっと理由ワケがあってこんな見た目なんだよ。性格まで見た目通りじゃないから勘弁してくれ、な?」


 黒仮面の男の返答が思ったより軽快なものだったため、伊庭少尉は少しばかり面食らってしまう。

 予定ではもっと感情的になって突っかかってくるか見た目通り陰鬱で黙り込んでしまうかの二択だったのだが。


 そもそもこの男より隣の小さな少女から感じる威圧感の方が数倍気になっていたが。

 ずっと首元に鋭いナイフの切っ先を突きつけられているような気分だ。


「あのなあ、困るんだよ。方舟の大々的なアピールを行う祭典にお前らみたいなジメジメした奴らが……」


「Hey、Mr.クソカス。なに厄介な絡み方してんだ、つまんねェことしてンじゃねェよ」


「……ンだよRB。お前遅れて来るんじゃなかったんか」


 ざわついた。

 この集会の場、全体がだ。

 RBと呼ばれた男が横合いから伊庭に声をかけてきた途端、場の空気が変わったのをヒナキは肌で感じ取っていた。


 アッシュグレーのぼさっとした髪と左目の眼帯。

 背中には自分の背丈以上もある巨大なブレードを背負っており、腰には大型のリボルバーを下げている傷だらけの男。

 立ち振舞から相当な練度を持つ兵士だということがひと目で日な気には理解できた。


「ノアPMCの。悪ィな、こいつ最近いいおもちゃに乗り出して調子乗ってんだワ」


「いやいや、あんたが謝ることじゃないだろ。良いよ別に気にしてないからさ」


「懐の深ェ兄ちゃんで良かったなァ、クソカス。ケンカ売る相手は選べよ」


「はぁ? どういう意味だよ」


 ジャケットに両手を突っ込んだまま、RB軍曹は伊庭少尉に対して強い口調でそう言っていた。

 

「RB軍曹……! ご無沙汰してます」


「結月少尉、元気そーだな。ッハ、もう身体は大丈夫ってか?」


「はい。今日から3日間、警備頑張ってください」


「めんどくせェが、まあ仕事だからな」


 RBは結月少尉に向けてひらりと右手を上げつつ、ずっとヒナキの横についていた少女にも声をかけるため腰を落とし、フードの中を覗くようにした。


「嬢ちゃんも悪かっ……げッ」


「……人の顔見てその反応は失礼よねぇ……」


 ヒナキや結月少尉は首をかしげた。

 少女のフード内を確認したRBが予想外の反応を見せたためだ。


「チィ……ノーフェイスの言ってたヤツってなァこれかよ」


 RBは腰を上げて少女から距離を取るように後ろに下がった。

 ヒナキはネロに知り合いかと問うと……。


「……ちょっとだけぇ」


「ちょっとだけってなんだちょっとだけって」

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